久しぶりに北上に行った
今摺り米用玄米の引取である。

先日、有る雑誌から取材を受けた
その校正原稿が回ってきたが
プロフィールに「北上出身」と書かれていた
そうか〜もう今年で63歳
”青春時代は北上で、そして仕事人生の大半は盛岡で過ごしている”と言っても過言ではない。
もう立派な岩手県人である。
今まで「仙台出身」と書いていたが、仙台も故郷という意識はない
と言って北上出身か?と言う疑問も残る
北上は親父の都合で9年間住んだが、親戚がいるわけでなく、お墓があるわけでもない
ただ青春の多感な時期をすごしたところである。
「初恋もした」「挫折も味わった」「ラグビーに熱中した」「勉強はあまり…」
ところが、そんな想い出は仙台にはない
小学校三年までの9年間と浪人時代の1年間いただけである
幼少時代の想い出は断片的なものでしかない
浪人時代はパチンコと下宿仲間のブリッジしかない(汗)

もうそろそろ「仙台出身」という肩書きを外してもいいのではないか?と思って
その雑誌から「北上出身」と名乗ることにした。

そんな想いを持って新年、北上に初めて行った。

花巻から北上に入ると急に車が多くなる
北上インターから高速にのる車の列らしい
そして、北上らしく、のっこりと雪が…
そして道路は、デラデラのツルツルである。


出かけた農家の奥さんは腕をつって…
「東京の人を笑えん。駐車場ですべって骨折して…」と綺麗に正月飾りを飾った玄関で笑った