ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

マスゴミ

ゆれた
長く揺れた

ひょっとして…と思ったが…
大丈夫だった
パソコンを開いても、画面がなかなか開かない

暗くなった夕方だった
雪が積もった夕方だった
冬の夕方は、暗い。

暗い中であの災害が起きたら…
寒い中であの災害が起きたら…

津波は…
原発は…

やはり地震国日本に原発はいらない

そんな言葉を隠そうとしているのがマスゴミである

http://yokodo999.blog104.fc2.com/blog-entry-825.html

おかえし

バイパスを上がって左折した。
いつも工事中で上がれなかった脇道が開通していた。
火葬場という天国に続く道だ(火葬場だから白黒写真にした)

いつの間に開通したのだろう
しかし、これで便利になったが、情緒が無くなった。
春は桜、夏は若葉、秋は紅葉という門前を通り、木立に囲まれた坂道を上がって行くことが出来るのだろうか?
おりしも東京では、火葬場が足りなくて1週間や10日待ちが当たり前だと国谷裕子は言っていた
都会では、おちおち死ぬこともできない

 以前の火葬場で父をみおくった。もう何年前になるだろうか?
テントハウスで営業していたころだから、もう10年ぐらいになるろうか?
ゴルフの打ちっ放しで倒れ、高次救急センターへ運ばれ、あっという間に亡くなった
自宅に連れて帰って、翌々日には骨になった。
なんとなくスピーディで、何の感慨もないままイベントが終了したという感じだ
親父が逝った歳には、まだ10年ほど早いが、そろそろ準備をしておかないと…
その前に生前葬で予行演習をしておきたいが…

香典がどれぐらい集まるか期待したい
お返しは、気持ちだけで…、

独り言

いよいよ選挙が始まった。
あちこちから街宣車のがなり立てる音が聞こえる
しかし、なぜ名前だけ連呼するのだろう

あんなのは関心のない有権者にとっては単なる雑音だ
関心がある有権者でも反対候補の陣営にとっては、騒音以外の何者でもない
黙ってあちこちをかけずり回れば、化石燃料の無駄遣いだし
がなり立てないと盛り上がりに欠けると想っているのだろうか?

まぁ選挙は住民の意思を表示する民主主義の基本だから…というが
しかし、よく考えて見よう

民主主義とは何?

以前、法学部出身の友人に聞いた
「少数意見を反映させる政治」という言葉が返ってきた
そうすると少数意見の小さな政党が生き残れない小選挙区制は、民主主義ではない。
二大政党を目指す小選挙区制は、単なる多数決政治である
と言う事は小選挙区を変えるには、多数をとらないと小選挙区制度は変わらない

ようするに少数を大事にするには,多数の賛同が得られないといけない
ところが民主主義で多数の民意といい、間接民主主義という多数党の横暴で政治は進んでいく

 

また「政治とは富の公平な再分配である」と誰からか聞いた
富める人から貧しい人へ、経済の都会からくらしの地方へ、

ところが富める人は、「働かない」といって職のない貧しい人を責め
都会が利用する「やっかいもの(原発)」を地方におしつけてグローバルの波に乗って世界へ羽ばたき、
地方は豊かな大地を汚染されて途方にくれ、都会のゼネコンに食い物にされる

以前は、地方の農村に「票」があったから大事にされた
いまは少なくなった人口で票もなく、落ち込んだ地方経済からの税収も少ない
今は、都会に「票」も「税収」もあるから都会が大事にされるという政治が進んでいく

 

地方の少数意見は、ほとんど無視されるという構造である
初冬の朝の独り言である

 

 

観光カード

若い女性が4人きた
若い男が連れて来た

総勢、全国の出身地が違う学生5名、囲炉裏を囲んで話をした

以前、島根から来た若い女性が、岩手を回って取材した場所が観光カードとなって戻ってきた
その若い女性は、島根の小さな町でつぶれかかった旅館い入り、若者の雇用を創造しているという

この観光カードは、地域に行くことによって、困っている人を助けると言う事と
そこに若者が働く場所をつくるキッカケづくりになれば…という発想らしい
そして、それが岩手の復興に役に立てば…

「大変面白い発想だ」と思うが、そう簡単ではない

第一に困っていることを助けると言うことは、単に作業をすれば良いと言うことではない
仕事と作業は違う。作業は言われたことをやるだけであるが、仕事はその人の役に立たないと行けない
困っている人の問題解決は、仕事をしなければならない
仕事をだれが教えるのか?
忙しい中せっかく教えても、すぐ交代して、ただただ忙しいだけで彼らの好奇心を満足させるだけになるのではないか?

第二に、「仕事に対して利益が上がらない=人件費が払えない」と言う事である
「低賃金で良い」と言っても、働いている人はいつまで我慢できるか?と思う

資本主義経済の問題は、「拡大し続けないと利益もあがらない」と言う事である
人を雇う(経費を掛ける)ことで売上が(利益が)上がらないと成り立たない
保険のセールスや、百科事典のセールスが、その例である
人を雇って、その人の親戚縁者を勧誘して行き渡ったら、お終い。
そんな仕事が昔から、多い
まして地方は、人口が少ない。人口が少なければ需要が少ない。
単一な需要ではなく、複合的な需要の仕事を組み立てないとやっていけない
複合的な仕事は、なかなか出来る人がすくない
ましてこんな時代の若者は、単一の作業しかできない人が多い

ちょっと思いついただけでも、こんな大きな問題点がある
それをクリヤーするには
「地に足を付けると言うことであり、新しい循環型の地方経済の仕組みを考えなければならない」
そんなことをコンコンと二時間伝えたが…
分かってくれたかどうか
彼女らは「一度岩手にきて、きっかけ作り」「観光でも何でも、キッカケづくり」と言っていた
確かにキッカケが無いと知ることが出来ないのかもしれない

昔、東京で「岩手宣伝会議」というのが有った
G大の学生達が企画した会議だ
あちこちから岩手に集まって来た「G大の学生」と、岩手から出て行った「岩手出身の東京在住の学生」達が、
東京で「岩手を盛り上げるにはどうしたら良いか」と言う会議だった
そこへ東京で働いている社会人、東京から岩手に戻ってきた社会人が、学生達の応援団として大勢参加した。
当時、東京から岩手に戻ったばかりの小生も参加したが、その会議は一回で終わってしまった
あれを何回も続けることが、必要だったのかも知れない。
そんなことを、ふと思った若者との出会いであった

KOKAN

誕生日プレゼントを貰った
魔子様が変な目で「あんた達プレゼントをやり合う関係なの?」言う

初老の男同士がプレゼントをして悪いか?
酒ならいいが?肌着では悪いか?

肉が落ちて骨皮筋右衛門になった小生が、盛金デモでも暖かく参加できるようにと言う配慮であるろう
重い1升瓶を下げて歩くよりも、軽い4合瓶で済むようにと言う配慮かも知れない

小生の一世代上には「らくだの股引」という暖かい肌着があった
「らくだの股引」というが、上下なのである
なんでも中央アジアが緑の国のころ、大繁殖して砂漠化の原因になったラクダを殺戮し、
はぎ取った毛皮の使い道に困った華僑が日本人向けに開発した商品だという
確かに美少年時代、周囲の大人はみんなベージュというか薄茶色の色を重ね着していた
「あんなラクダの皮を来ていると、”ノートルダムのせむし男”のようにラクダの怨霊のコブが出来るのではないか?」
と子供心に思った物である

プレゼントは、着てみると暖かい
まるで常磐ハワイに居るようだ。いや常夏のハワイのようでもある(両方とも行ったことはない)
魔子様が言う「厚そうだけど、案外来てみると薄いのね」

そうだ薄くても、しっかりとKOKANめるのが良いのだ!

 

(太字斜線部は、小生の想像です。薄茶色のキャメルという色がラクダに似ているからと言うデマもあります)

キーがない

Nボックスは優れものだ

なんと言っても高い。
トサカ坊陰鸞なら、棺桶ボックスが立てに入るのではないか?と無茶苦茶な想像をするだろう
デモハム屋なら、枝肉をぶら下げてシナチクから工房まで運べるか?と荒唐無稽な想像するだろう
子どもなら万歳をしたまま、運べるだろう
大人なら漫才をしながら、運べるかも知れない

このスペースは、自転車を運べるという
しかし、車に自転車を積んでどうすんだ
最初から自転車で行けよ!と思うのだが…

この広い荷台は車いすを乗せるために作られたと言う
縦のしきりを外すとスロープになるという
上のしきりを外すとオープンカーになるという
横のしきりを外すと軽トラックになるという
優れものである

そんじょそこらの若者よりも
ずっと、ずっーっと優れものである

ただ欠点が一つある
動かしかたが、分からないのである
乗った瞬間にキーを差し入れるのだが、キーが無いのである
車屋は、渡してくれなかった
「キーをくれ」と行ったら”一口かまぼこ”のような物を渡された
「これをポケットに入れて、ボタンを押せ」と指図された

押したらエンジンがかかった
しかし、これは不便だ
ポケットが無い服は着られない
上着に入れて、忘れたらどうするのだ
ぼこんとポケットが膨れあがった無様なスタイルは人に見られたくない
大体に、かまぼこと間違えて食べたらどうすんだ

毎日毎日、車に乗る度にキーを差し込むクセが抜けない

うーん考えれば考えるほど不便だ
ましてキーが無いと言う事は、
キーマンとキーポイントとか、キーボード・キーパーとかという言葉も死語になってしまうじゃないか?

そんな文化が無くなる社会が、本当に良い社会なのか?と本田宗一郎に問いたい!

N360

昔、N360と言う車があった

昔と言っても、「むかし むかし」と重ねるほどの昔ではない
トワエモアというデュエットが、オリンピックの唄を歌ったり
浅間山の山荘が全国でテレビ中継されたころだ

高崎で友人が乗り回していた車が、中古でボロボロのN360であった
いつも乗せて貰いながら、純情でウブで小心者の小生は
「車の運転は難しいだろうなぁ〜自分は出来るのだろうか?」
「車は、高いだろうな〜、何時になったら買えるのだろうか?」
と心を痛めていた

内心は
「運転手付きの車に乗ってやる。運転する奴の気が知れない。なんと言ったって酒が呑めないではないか!」
と、まだ覚え立てのモッキリを片手に誓ったものだ!
モッキリは、覚えるものか?どうか?は知らん。
桜山で呑み屋を休業中の人は、生まれたときから握って世に出てきたと言う

そんな懐かしいN360がリメイクしたという


そして今注文しても、「来年の7月納車」だという。
なんでそんなに、時間がかかるのだ?と聞くと
「ツートンカラーを塗り分けるのが手塗りだから」と言う
「塗料が他に飛び散らないようにするのが大変だ」という
しかし、そんな技は自動車メーカーなら当然のことだが…
そんな手業に頼らないといけないことが売り物になっていると言う
まぁ儲けるには、人がやれないことをやるしか無いのか?

しかし、そんなに注文が入っていると言うことは
還暦すぎた団塊の世代が退職金をはたいて懐かしいと買うのだろうか?
ひょっとして、車好きのあの住職が狭い敷地に三台目として置くのだろうか?

ランチボックス

「電話ボックス」という言葉は、もう死語になったのだろうか?
多分、30代の人々は「子どもの頃にあった」とか
20代の若者は、「なにそれ?」と言うのだろうか?

そういえば電話ボックスがあるのは高齢化した松園に一カ所、たしか有った
携帯を持っていない人が、使うのだろうか?
ところが中に、人が入っているのを見たことがない

昔、都会でピンストライプのスーツを着てトレンチコートを羽織ってぶいぶいと飲み屋街を歩いていた頃だ
電話ボックスの前には、いつも長い列があった
そこで切れ切れに漏れでる声を、聞くともなしに聞いていると
「別れてくれ」
「かぁちゃん!金送れ」
「捨てないで」
「金返せ」
「愛しているわ」
さまざまな人生の修羅場が展開していたのである

そんな人生の修羅場を乗り越えようと決めたわけではないが

  
車を変えた
弁当配達用の「ランチボックス」である。

月別アーカイブ : 2012年12月