インターネットで、こんな文章を見つけた

 

とうとう、嘉田由紀子さんが動き出した。いろいろな意味でびっくりしたが、環境社会学者から滋賀県知事に転身した時から、ある意味で必然的な流れなのかもしれません。嘉田さんは今までの政治家とまったく違う特質を持っている。それが今の日本の政治に生かされることはある意味では意味のあることだと思う。

いまから15年位前の頃、まだ琵琶湖博物館に勤務されていた頃、研究仲間と一緒に琵琶湖の周辺の集落を嘉田さんに案内していただいてずっと回ったことがある。どこに行っても、誰に行き会っても、ほとんど例外なく向こうから嘉田さんに挨拶する場面に遭遇した。琵琶湖をフィールドとして歩き回った優れたフィールドワーカーだから当然と言えば当然なのだが、彼女が、本当に地域の隅々まで、そこに住む人の暮らしの襞の奥間で入り込んでいることを深く感じながら歩いた、とても豊かな時間だった。

彼女が滋賀県知事選に出馬して、ほとんどのメディアは彼女が当選することを予想できなかった。表面では現職の国松知事が勝つはずだった。しかし、彼女は当選した。メディアは従来のいわゆる市民派の知事として扱ったが、嘉田さんは従来の「市民派」の知事とは根本的に違うのは、地域の暮らしの襞まで分け入ったフィールドワーカーであり、保守でも革新でもなく、従来の政治の図式とはまったく異なる位置づけで地域住民の「政治」にかかわっていることであろう。


ある意味では、今までとまったく異なる部類の政治家が現れたということであった。そのような今までの政治の手法とは異なるやり方を洗練されてきた嘉田さんが中央の政治に対して構えたときどのようなことが起こるのか、大変期待を持ってみている。

彼女の人を引っ張り、一方できちんと理念を通しつつも政治的手腕を発揮する天性の才覚にびっくりすることがある。滋賀県知事選に出たときに、政党に対して推薦から支持に変えることで自らの主導的な立場を確保し、多くの政党が離れたにもかかわらず、自民党本部から袂を別った近江八幡支部など真摯に支持してくれる人をうまく形にしていったことも鮮明な記憶がある。新幹線駅問題で最初から多くの方が絶対挫折すると考えたにもかかわらず、根強く地域社会をつかんで、最終的には、いい意味で、まったく誰も文句を言わない状況を創り出してしまった。

2008年の川の全国シンポジウムは、歌を歌わないという条件で出演して講演した加藤登紀子に対して、嘉田さんが突然歌いだして加藤登紀子を引っ張りだしてそこでデュエットをしてしまうという、会場があっと驚くハプニングがあったが、そういう状況を創り出してしまうこの才能は、「政治家」だと、私は深く感心してしまった覚えがある。

あの、人を惹きつけ、人をうまく踊らせ、しっかりした理念の下に周到なリーダーシップを発揮する、それでいて、地域での人の暮らしの襞にも分けいれるような感覚を持っている。このような人が中央の政治の中で、魑魅魍魎のどうしようもない政治家の中に入ってどんなことをしていくのか、それはとても期待を持って見ざるをえない。

同じ志をもってともに研究をしてきた旧来の研究仲間としても、今回の動き、心から応援したいと思う。