数日前、三陸へ行った。
表面は静かで、そして、そのままだった。

 

相変わらず瓦礫が山となり、そして山はきれいに積み上げられ、シートで覆われていたところもある

 

地盤沈下をした海岸べりは、道路が浸水し、車の底が海水に触れることを心配して徐行していた。

 

久しぶりに水平線をみた。
この水平線のかなたから、あの大津波がやってきたと思うと
そのとき恐怖感は、想像だにできない。

帰りの山道は真っ暗で、暗闇とはこんなに暗いものか?
と当たり前のことを思わされた。
ようやく車のライトが見え始め、廃墟になった高田の街をとおり
津波の被害にあった建物のそばを通って帰ってきたが…
車を停めて写真を撮るほどの勇気はなかった。
ここで多くの人が犠牲になったのか?
 
 
本当に復興ができるのか?と思う爪痕である。
今、長くて高い堤防が、作られようとしている
こんな素晴らしい自然を堤防でさえぎられて…と思うのは小生だけだろうか?
たしかに人が作った街を破壊したのは大津波である
しかし、自然にはあたりまえのことである
自然の中にいる人間は当たり前として捉えていかねばならないのに…
それに自然と人間が対峙するという構図を作り出していく
何十万年も…何億年も…自然の中で人間は生まれて死んでいった
そのなかで科学技術の進歩は、自然の猛威を克服する技を身につけたのだろうか?
そうは思えない
それは人間のおごりだろう
同じ事が繰り返される。同じ事が…