ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

茶色の弁当?

「茶色の弁当と違って…」と言う人がいた
「茶色?」箱の色か?と思ったら
焼き肉、焼き魚、と肉魚料理はだいいたが茶色である
味というのは自分の身体の組成に近いほどすぐ吸収しやすく美味しいと感じると言う
つまり肉魚は美味しいと感じるらしい
だから、ちまたには肉魚弁当が溢れているのだろう

 

そんな高タンパク質を売り物した弁当ではなく、身体に優しいからふるな弁当という評判である

これは精進麻婆
  
揚げ茄子に生姜/大蒜/胡桃/唐辛子などの片栗で溶いてかけた物。
 
これは、からふるさらだ。短角と赤ピーマンに大豆もやし、胡瓜をドレッシングで和えた
 
これは、かれー煮
定番の馬鈴薯・人参に、隠元のグリーンが添えてある
 
食事は、綺麗に楽しくなくちゃ〜といいながら
毎日むっつりと、湯豆腐をつっつき熱燗を呑んでいる入道です

乞うご期待

また、おかしな事をやっている
こんどはボリだ

ボリというのは、多分昔、暴力団の居酒屋でぼられた人が酒の肴にぼりぼりと食べていたので名付けたのだろう
しかし、食べても音はしない。これはキノコだ

三陸の海を守る会の世話人が「大量にボリが採れる」という
その放射能を水に浸漬することによって、少なくすることはできるか?と実験をしたいと言う

白犬(尾も白い)

しかし、問題は採ったボリに放射能が入っているか?である

博多(測った)

微妙に出た。
う〜んこれで結果はでるのか?

上から    浸漬水

水に浸したボリ    生ボリ

結果は乞うご期待!

今昔

稲刈りのシーズンである
県南の方は、大分進んで終わっているような所もあるらしい

昔は、天候が悪くてもどれかが助かるように「早生」「中生」「晩生」と三種類植えたものである
今は、金になる品種しか植えない
だから平成5年の大凶作のとき、米が足りなくなった。
昔は、農家は確実に採れると分かってから前年度の新米を食べたモノである
今は、金さえ出せば買えるから、稲刈りしてすぐ新米である

今は、大規模で大型機械で一挙にやっつけるから、一挙に終わる
大型機械は、一人で運転できるから、一人で終わる
(夫婦二人でやれば効率が良い。一人が稲刈り、一人が籾の運搬)
乾燥機の容量があるので、それに合わせて稲刈りを進めるが、大型専業農家になれば、乾燥機も二台三台と数量を揃えている


昔は、藁立てが、一日腰を曲げているつらい作業だった

このおばあちゃんは、コンバインで籾を採った後の藁を立てているのである
その後、酪農家の牛の敷き藁か?餌に売る(?)のである。
自分のところで使う藁は少ないが、野菜の畝に雑草防除や水分の蒸発を防ぐために敷いたりする。
昔は、大量に堆肥にして土に戻した物だが…

昔は、籾の着いた藁を立ててある程度乾燥させてから、干したのである

干し方は

 よく見られるハセガケ(ハサガケともいう)

これは県南に多いホニオ
多分、穂の仁王さまというイメージだとおもうが…

岩手県北部によく見られる家型(?)の乾し方

機械の強制乾燥よりも、天日乾燥の方が美味しいと言われる
熱をかけて強制的に水分を抜くよりも、徐々に抜いた方がタンパク質が変性しなくて美味しいに決まっている
強制的に熱をかけると、胴割れと言って米粒にヒビが入ったり割れたりする。
そうなると炊飯したときに均一に炊けないし、ノリ状になってしまう
(胴割れは、過塾させたときも起きます)

しかし、天日乾燥は天気が勝負です。雨と晴れが交代交代だと乾きません
晴れがしばらく続くことを祈って乾燥させます

乾燥度合い今農協指定は、水分15%(古々米になってもカビが生えないように)
天日乾燥は、たぶん16.5%ぐらいしか水分は抜けません
だから天日乾燥は、農家から直接に買わないと手に入りません

そんなテマヒマをかけて天日乾燥は合うのか?

でも、美味しい米を食べたいモノだ!

あそこにひとつ

ひさしぶりに雲一つ無い空を見た。

こういう風景を見ると、いつも思い出す.

サザエさんだ

運動会で壇の上にたった校長先生が挨拶
校長先生「今日は、雲ひとつない良い天気で…」
「先生!」と列に並んでいたカツオが、手を挙げて

「あそこに、ひとつあります」

あな

ポチッと空いている穴。
なんだか「けつのあな」のような…
「けつの穴が小さい」とよく言われる
だから、じっくりと見たわけではない。
しかし、穴が”小さい”とよく分かるものだ
あれは、すぼまっているのに…

いや話が飛んだ
これは「あみ」である。
「ネット屋」という人がいる
砂浜でおちゃんこ座りをして「あみ」を直している、ほっかむりの婆さん達のことを言うらしい
その「あみ」とは違う

「あみたけ」である。
「あ!みたけ!」というと地名である
「あみだ!けっ!」と言うと真宗を冒涜している
「あっ!みたっけ!」というと方言で「見たようだ」を意味する

話が飛んで飛んで
これは石鳥谷の熊谷哲が採ってきた「網茸(あみたけ)」をミキサーで攪拌してきたものである
これをパンに塗って食べると言うものではない
放射の測定のために切り刻んでミキサーでかき回して容器に詰めた状態なのだが、詰めた容器の底から空気が抜けた穴である。

これを塩漬けにして大根おろしを添えて、モッキリで一杯。応えられない
塩漬けにすると一年中食べることが可能だ。

放射能は、NDだった。

文と理

先日、若い友人が、友人を連れて来た。
「農学部出身なので理系なのですが…」と彼女は言った

先日、農学部出身の若い友人がきたので
「おい理系だろう。パソコン教えてくれ」と言ったら
「農学部でも色々ありますから…」と言う返事が返ってきた。
農学部と言うのは、雑多な人種がいるのか?

 

小生も浪人した11月までは理系だった。
ところが物理が伸びない
これでは、理系の職業についても難しいかも…
と言って急遽、文系に転向した

 

最近考えることがあって
ふと人生では、どちらのほうが得なのか?と思った
得という考え方はいけない。
どんな特長があるのだろう!と思った

広い文系と深い理系

若いときは一緒だろうが、年齢を重ねるにしたがって
広い知識と交際は、ゆたかな蓄積となるのだろう
深い知識と新しい技術は、蓄積を必要としないのではないか?

文系的ゆたかさと、理系的進取の気性を兼ね備えた生き方がいいのか?
しかし、年齢を重ねるに従って、新しい事は覚えがたい。

結局は若いときと歳を重ねてのときとは、一緒になるのか?

しなびた家

盛岡の街には、ふる〜い…ひなびた…家がある
そのひなびた家には、しなびた人達が住んでいるという訳ではない
しなびた人達は、たぶん”しながわ”あたりに住んでいるのだろう(?)

しかし、ひなびた家を見るのは楽しい
その〜なんと言うか、歴史を感じさせる
歴史の漢字というのは、「歴史」である。(おちょくるな!)

そんな街中を走らせていると
こんな、ひなびた家もある。
今にも倒れそうな…
夏は涼しさが満喫できそうな

これからの季節には、寒風が吹き抜けていきそうな
そんなひなびた、しなびた盛岡の町家も岩手山に見守られて歴史を重ねてきた

シカと

百合が咲いた。

ほんの少し前までは、蕾だったのに

このように人生には、ちいさなパッとしない生き方をしていても
おうおうにして大輪の花を咲かせることがある。
だから、ちいさなパッとしない生き方をしている人を、シカとしてはいけない

 

年寄りだと思って、シカとするなよ!

 

百合は、沢内の友人から貰った物です。
しかし、大輪の花を咲かせても、咲いている期間は短い(トホホホ…)

ワンカップの理由

”盛り場ツアーは、金曜日に…”というイベント「盛金デモ」である

また遅れてしまった
だいたいが、6時集合、6時半出発というのは、そんな厳密な時間に仕事が終わるか?
時間通りに終わるのは公務員ぐらいなものだ

6時に店を閉めたいと思っても、客が入ってきたら
「デモに行きますから閉店です」なんと言ったら客から怒鳴られてしまう
6時ギリギリにきて、こびる食堂で飯を注文する客もいる
「ラストオーダーは過ぎました」などと杓子定規(しゃくしじょうぎ)のようなことを言っていたら店が成り立たない
  物を知らない若い人向け解説、杓子定規=しゃくしとはおたまの事で定規は三角定規、お玉のような定規で測ること(?)
ときどき仕入れ先が「6時過ぎに、ついでに納品に行きますから、開けて待っててください」
などというソーセージ屋もいる。

またせっかく6時に閉めても後片付けをしないと魔子様に怒られる
そんなこんなで店を出るのが6時半も近い
もうデモは出発した後だ
しかたがない、近道をして酒屋によりワンカップを買うハメになる
まったく困った物だ(?)


 

大穴

秋である

車を走らせると、黄金色の田んぼが波を打っている
波を打っていれば良いのだが…

波が動いていない状態もある

倒伏である
しかし、このような全面倒伏というのは大変だ。
コンパイン(キャタピラ付き稲刈機械車)の爪が入らないから、手刈りである

手刈りは、手で刈ると思っているが、
一番に腰にくる。長時間腰を曲げて頭を下げて刈るのである
東北に脳溢血が多いのは、「漬け物など塩分が多い食事のせいだ」と言う人もいるが
頭を下げ続ける農作業で「頭に血が下がってくるせいだ」と言う人もいる

だから、かかととお尻がくっついているような短足の人は、頭をそんなに下げなくて良いのでうってつけの仕事だが、
小生のように足が長いと、稲穂のように頭をたれる、つらい作業である

よく倒れたのを、雨風のせいにする農家がいる。
たしかに台風で風速30メートルというような風が吹くことがある
しかし、それでも倒れないような稲をつくるのが篤農家である。

考えられる原因は、細い茎の苗
また原因は第五節間の成長期に窒素が効き過ぎて伸びることである
それと稲作りの穂重と茎のバランスである。
だが、それらを考慮しても天候にまた左右される

自然の中で作る技は、難しい
しかし、難しいから楽しいのだ
いつも言う「農業は競馬と一緒だ」と
あらゆる予想をして、土を作り、肥料をやり、管理をする。
その予想どおりに出来たときの喜びは、なにものにも替えられない喜びである

みんなが外れるなかで、一発大穴を当てたようなものである

月別アーカイブ : 2012年10月