ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

のたり

「つなぎ」に行った

通常「つなぎ」と言うと、”ウナギ”を思い浮かべる人がいるが、全く違う
そういう人は、如何に口元が卑しいか!反省して欲しい。
 ウナギが食べたい暑さだ…(泣)

通常「つなぎ」というと”つなぎ服”を思い浮かべる人がいるが、岩手では全く違う
「つなぎ」とは繋温泉であるし、そちらの方面というか、盛岡の西のほうへ向かうということだ

そこの有る病院に弁当を届けた

35℃を超える暑さの時だ
配達は15分以内である。合計金額が5000円以上である。
しかし、その配達場所は”マップファンウエッブ”によると、29分かかると出た
そんな文明の利器をまったくつかえない魔子様は、29分のかかるところを受けてしまったのだ
ときどき小一時間かかるところも間違って受ける(配達時間はいい加減だ(要相談)

マップファンウエッブが何か?分からない人に説明するが…
要するに出発点と到着地点を示すと、自動的に時間とルートを指示命令してくれるのである
しかし、ワシに命令するとは良い度胸をしている。あとで表に出て貰おう(怒)

 

無事に配達を終えて帰り道、ふとこの,むやみやたらに暑い日に、なぜかラーメンが食いたくなった
1軒の辛いラーメン屋に入った。

頼んだの塩ラーメンの青南蛮入り(小辛)


頼みもしないのにライスがついてきた
(たぶん、辛いからライスを放り込みながら食べろと言う意味だろう)
一口食べたらピリッとする。なるほど辛いラーメンだ
あじっあじっあじぃ〜と言いながらすすり始める

 

ふと目の前を見ると漫画が…おい懐かしいね

ちばてつやの「のたり松太郎」だ。
当時は、(ちゃぶ台替えし世界選手権がまだやっていなくて、寺内貫太郎がナンバーワンの時だった)

発売日になるとビックコミックを買って、得意先へ行く途中や通勤の行き帰りに、よく読んだ物だ
今、電車の中で漫画を読んだり、携帯ゲームをやっているサラリーマンをみるとうんざりするが…
 

へぇ〜単行本が大分揃っている、どこを読もうか?と思ったら、
そういえば何故、松太郎が相撲界に入ったのか?
そのへんがうろ覚えだ

という訳で第一巻を読んだ
老眼鏡を車に忘れたので、ざっと流し読みだ

そうか長崎出身だったのか?
そうだそうだ!中学の美人の令子先生を追いかけて東京に来たのだ!
しかし、小さい頃から大飯ぐらいの乱暴者だった。
これでは、みんな怖がって近づいて来るまい
かわいそうな松だ!

ふと我に返った。だれかに似ている。
今は、ラーメン一杯も入らない小食だが…

初体験

先日、初体験をした。
なんと言っても、恥ずかしい初体験である。
いや…なに…想像するようなそんなものではない。

 

デモである。
昔と言っても、
一人で寝るときにゃよ〜と、夜と朝の間に…、夢は夜開いたり
夜がまだ暗くて、黒猫もタンゴを踊っていた頃だ

学校の裏口からグランドに入るときに、邪魔なものが積み上げて有った
それを周りにいる連中に
「じゃまだ!どけ!」と言って部室に入って行った頃だ
あとから聞くとバリケードで封鎖していると言う事だったが…
そいつらが、いつもヘルメットをかぶって角棒持って、ジグザグに歩くのがデモだと思っていた

だからデモには参加したことがない
真面目なサラリーマンを長いこと続けているのだ
ところがデモに参加するハメになった

盛岡初の金曜デモである

やはりヘルメットは…角棒は…ハンディマイクは…
と思ったが
デモのプロの牛豚一家の組長は、
「いや〜今回は初体験ですから…大人しく…」と言って
寝ないで従業員に作らせた、でっかい横断幕を持ってきた

ジグザクに歩くのかと思っていたら、あんがい素直に二列縦隊で並んで歩く
恥ずかしそうに声を上げて…

「原発反対」「再稼働反対」「子どもを守れ」「大人が悪い」
途中に小声で別のことを言っても、すぐ分かってしまうようなシュプレヒコールである

いらいらした牛豚一家の組長はトサカ頭の副住職と、ゴール直前でついに立ち上がった

大成功である

並々ならぬ統率力
あの響き渡る大声
ハムを作らしておくにはもっいない

”全日本デモ暮らし”の主催者として頑張って欲しい(?)

今回は、盛岡の市民初の金曜デモでも106人が参加したという

しかし、翌日の地方紙には、インタビューに答えた人の
政党の肩書きが書かれていた。
単なる一政党の動きと勘違いされるような書き方である

まったく!!!

もっと盛り上げて”どじょう総理”の奥さんや子ども達も参加できる
市民デモにもりあげよう!

カフェラテ?

暑い、アツイ、あづい。アヂィ~の毎日です。
こんな時に車に乗るのは、エンジンの熱で蒸されてユデダコになってしまう

「じゃークーラーかければ良いじゃないか?」と言う方もいると思うが…

クーラーをかけると、降りるときが暑い
だからクーラーをかけないで窓を全開にする。全壊ではない。フルオープンである。
そして風をじゃんじゃん取り入れながら走る。そして水分を補給する
水分は、店から出るときは製氷機からいれるが…

そんな氷は、すぐ溶けて流れて消えてしまう
しかたがないのでコンビニにトイレ休憩をかねて一個買う
105円である。トイレの使用料金だ

しかし、当店にずんずん入ってきてトイレに入り、そのまま何も買わないで出て行く客がいる
若い女性に多い
うちは道の駅じゃないんだ!と思うのだが…
思ってばかりで行動に移さないのが弱点だ(?)

一個レジに置いたら眼鏡をかけた若いおとこの店員が

「カフェラテ?カフェラテ?」と指を指す
一瞬、蓋の中にカフェラテの素が入っていて、押すとカフェラテになる商品なのか?と思った
「ロックアイスが欲しいのだ!}というと
それを抱えて冷凍庫の棚に戻すと
別の棚からアイスコーヒーを持って来た
「アイスコーヒー!」と言って差し出してきた
「ロックアイスが欲しいのだ!」と再度ムッとして怒鳴り返すと
ビックリしたような顔で
「ロックアイス!」と言って脱兎のごとく
又、冷凍庫から返したロックアイスを持って来た

なんだか暑いと若い奴も気が狂ってくるのか?

若いと言っても
若い中年の牛豚一家の組長や
若さ真っ盛りのトサカ頭の副住職や
税金をとりっぱぐれて涙目の古株の女史などは

”とんちんかん”ではあるが、こんな”ちんぷんかん”なことはしない

ねっ!賢治さん!

宮沢賢治記念館に行った。
と言うよりも、紫陽花で満開の賢治記念館の前を通った。

賢治は農家を指導したと言う
そして農家と共にあったという
本当か?

農家の悲劇を無くそうと、安定した収入を得るための土づくりに石灰の投入を勧めたと言う
そこで東山町の石灰鉱山の営業をしたという

http://blog.chisana-yasaibatake.jp/2012/07/20/draft-article-1072

 

 

その宮沢賢治記念館の前を通って、稲瀬に行った。
稲瀬は、江刺稲瀬と北上稲瀬にまたがる広大な稲作地帯である。
そして玉蜀黍の産地として一時期もてはやされた
一日に1000ケース出荷して、何台も集荷の車がきたという
今は15〜6人の生産者だというが、作付面積が変わらないという

と言う事は、農協出荷が減ったと言う事である
つまり他に出荷していると言う事である
 

農協の紹介で稲瀬の支所に行ったのだが…
そのガランとした倉庫で待っていた職員は申し訳なさそうな顔をして
「さっき電話をしましたが…今日は取れなくて…」
スピード違反をしながら飛ばして来た一時間半はどうなったのだ

 

先日もある生産者に電話をしたら、「倒れて収穫出来ない」というので
突然、自宅に行ったら、車に乗って帰ってきたところだった。
「大丈夫ですか?」
「いやなにムニュムニュ…」

 

農家は、契約という概念が欠如している
それは当たり前だ、自然は人間と契約などしない
その自然と共にある農家が、契約などと言う人間社会の言葉は紙くずのような物である
昔から、そうなのだろう

ねっ!賢治さん!

びふんまつ

有る研究会に出た
「秘伝豆研究会」という

「ひでん」という豆があるが、「秘伝」と勘違いされる
一緒なのだが…
つまり秘伝の秘伝豆なのである(?)

「日本一の香り枝豆」を呼ばれる青大豆である
大豆は、白と青と黒と茶と色別に分けて四種類有る
白大豆は、量産型の大豆で国が育種開発している
その他の色は民間育種である。
 

その「日本一の香り枝豆ー秘伝」の微粉末が開発されたという
微粉末というのは、わずかな粉ではない
微細(びさい)な粉である
どれぐらい細かいか?というと
1200メッシュだという
メッシュという言葉の意味も分からない人に細かさを説明しても分かるまい
まるでベクレルとシーベルトの恋愛関係の複雑さを説明するようなものであるから…

大豆は粉にすることができない
「きなこは、粉になっているだろう」という人がいる
”きなこ”は、大豆の粉ではない
大豆から油を採るように、大豆には油が含まれている。
だから煎ってから粉にしないと粉ではなくクリームになってしまうのである
それが煎って粉にしたのが貴奈子(商品名である。昔の愛人ではない)である。

それが微粉末にできる技術が開発されたのである
もともと米国に有ったらしいが…日本でも開発したと言う

それを利用したパン屋シフォンケーキ、スープ、とりあえずあらゆる可能性を秘めた微粉末である
この微粉末を利用した商品開発、う〜ん面白そうだ

 

 

 

 

モーニングコーヒー

先日のblogで石灰のことを書いた
ー消石灰と生石灰、焼石灰と「しょうせいっかい」が三つもあるー
と書いた。焼石灰は。違うらしい

焼いた石灰のことを間違えたのか?
重焼リンと混同したのか?
とりあえず焼石灰という言葉は無いらしい

 

ところで生石灰だ。これは「しょうせっかい」とも呼ぶし「せいせっかい」とも呼ぶし「きせっかい」とも呼ぶ
ひょうっとして「おせっかい」はここからきたのか?
「生」という感じは、様々な呼び方がある
「はえる」「いきる」「うまれる」などなどに使われるが…
そういえば「生」と書いて「すすむ」と呼ぶ同級生がいた
あだなは「なま」だった。
「元気かな?高橋生は?}

ところで「せっかい」という呼び名だが
むかし、山口百恵の「秋桜(こすもす)」を聞いて「想い出ぼろぼろ」と涙を流した「青春時代」のころ
繊維業界にいた
そこで「きなり」というカラーが有った。
「きなり」というのは「染めたり、さらしたりしていない糸や生地の色。黄みの白」という意味であると教わった
そしてその通りの色だったが

そのころカラーの呼び名で面白いのが一杯あった。
テレフォンブラック・すみくろ(黒は二十四色あるという)
そういえば、派手なラブホテル(行ったことはない)の布団のような桃色を「朝鮮ピンク」という色もあった
当時は電話で色を指図するので、想像を喚起させる色の名称が合ったのだろうと思う

 

 

珈琲は生豆(きまめ)を焙煎をしている
よく考えてみたら珈琲の生豆の色を見たことがない
有る事情があって生豆を買ってきてくれた人が居る

なんと珈琲の生豆は、ねずみ色なのである
上品に言えばグレーだが…

それを焙烙で煎ると…
読めない人のために…
「焙烙(ほうろく)で煎(い)る」と…

あら不思議

  

珈琲色に変わるのである
これが焙煎というやつらしい
この生豆を、焼きたてで珈琲をいれたら最高の贅沢だろう

なんといったって「ひきたてうちたてゆでたて」のさんたてと言うではないか?

という訳で入れてみた。
う〜ん、「違いが分かる男」の。”ひきたて””いれたて””のみたて”のモーニングコーヒーである

美味しいお酒

 

「岩手に美味しい酒がない」と言う人が居る
岩手を知らない人だ
岩手には、南部杜氏というすごい集団がある

 

 

日本には三大杜氏と言って
南部・越後・丹波の三つを言う

越後は「こしの後、だから尻か?」と思っている人がいるが、新潟だ
丹波は、多くの人は「タンツバを吐き出すばばぁ〜」と思っているだろうが(汚いなぁ〜)
違います
丹波は、丹波篠山の黒豆のことで…(なんか違う)
ようするに兵庫県の奥だ

 

越後は新潟で酒造り
丹波は灘で酒造り
南部は出稼ぎで酒を造った

留守にされた岩手でも酒を造ったが昔は、米が作れなかった
岩手は、雑穀と豆の産地だった。
今でも酒米の「ヤマダニシキ」は、県南の方が北限である

しかし,時代は変わった。
酒米も徐々に岩手でも栽培出来るようになった
岩手に向く、そんな品種が作られてきた

そして優秀な杜氏が沢山いる
ちいさな元気な美味しい酒が見つかるのだ

「世嬉の一」という酒蔵でで教えられた。
世間の人を嬉ばす一番のお酒らしい

ちいさな春

昔、と言ってもそんなに昔ではない

千代の富士がまだ現役で、きんさんぎんさんも生きていた
そうそうウォリーを探していた頃だ(?)

よく、一関に通っていた。
新幹線で…
高速を使って車で…
そのころよく警察のお世話になっていた。
高速を4トントラックで飛ばして捕まったのだ
スピード違反ではない
初心者マーク表示義務違反だ
「だってぇ〜トラックを青葉マークを付けて走ったら、かっこ悪いでしょ〜」
と言い訳をしても許してくれなかった

当時東京から帰ってきて、免許を取り中古の”愛のスカイライン”を購入して産業廃棄物の会社に勤めた
そこは、一関の大手電気会社の産業廃棄物の処理を請け負っていた
営業マンとして、作業員として足繁く一関や北上の工業団地などに通ったものだ
そんな大手の電気会社は、環境部門が担当部署で先進的な環境対策をしていた
そんな担当の一人に彼がいた。
いろいろな事があって、その仕事は二年と続かなかった

 

 

その後、友人の誘いで再度、東京へ出て戻ってきた
その頃は、もう千代の富士は引退していた
きんさんぎんさんは、どうなったか?
そういえば菅野美穂が、ヘアーヌードになった頃で…
ペルーの大使館に突入した頃だった
そうそう”たまごっち”が手に入らなくて、いらいらしていた

よく、一関に通っていた
なんの用事だっただろうか?
覚えていないが…
そのときに酒蔵の専務さんと何回か合った
専務さんは、酒蔵の社長の奥さんだった。
 

それから15年も経っただろうか
大手の電機会社の担当は、農業の世界に戻り、小麦を作った
酒蔵の専務さんの息子が、後継者として酒蔵の経営に乗り出した
そして二人が「こはるビール」という二条大麦のビールを一緒に造った

ひょっとして小生にも、不思議な縁の”ちいさな春”が来るかも知れない

お勉強しました

土づくり研究会に参加した。
いや参加したなどと気軽に言ってはいけない
なんと事務局長を仰せつかっているのだ。

それを交流会まで、すっかり忘れていた。
会長がすべて仕切ってくれたのだ。行き帰りの運転手まで…(謝 謝 謝)

どこへ行ったかというと東山町である。
東山町というのは、岩手の県南。一関の横にある。
以前何回も通ったことがあるが、ただの通りすがりの街という印象だったが
また知人から「賢治ゆかりの街」という話を聞いていた

東山は、よくみると石灰の街である。
驚いたことによく見れば石灰を露天掘りしている鉱山があちこちにある。
なんでも低い山並みを四つの鉱山会社が切削しているという。

  

その石灰を目当てに宮沢賢治が来たと言う(詳細は別途)
石灰というのは、農業において大事である
なんと言っても最初に散布するのが石灰なのである
「種を蒔く二週間前に撒け」とどんな本にも書いてある
タダ撒けばいいのではない。
日本の土は酸性土である。それを作物が好む弱酸性にするためにアルカリの石灰を散布するのである
だから過剰にやるとアルカリの土になってしまう。そして土が締まっていく。
だから適度にやらないといけない

よく質問される「二作目や秋作の前にも、石灰を撒かないと行けないのですか?」
日本の雨は、酸性雨である。
せっかく弱酸性にしても。酸性雨で強酸性に変わっていく
だからといって毎回散布するのは、森を見ないで木を見るような物である(?)
やはりpHをはかって散布するのが常道である。

そんな石灰を掘って製品に加工している会社が一つの街に四っつもあるという町だ

しかし、石灰と言っても「消石灰」「生石灰」「焼石灰」と「しょうせっかい」が三つもある
どれがどれか、何をどのようにして使うのか?分からないだろうから…

若干説明しようと思ったが、時間ないのでおおざっぱに…

消石灰は水を利用して生産、生石灰は焼いて生産、
「焼石灰は…」有りそうな名前だけど、無い。たぶん「焼成石灰」のことだろうと会長が言っていた。
つまり石灰を掘り出して、細かく粉砕して炭酸カルシュームが生産され、焼いて生石灰、水で消石灰が出来ると言う

一粒で三度美味しいグリコも真っ青である。

  

今日も又、楽しいお勉強をしてしまった。おしまい

ND

とある町の放射能測定装置をみた
いろいろなカタログは見たことがあるが…
高価な物だけに現物は、そんなに見たことはない
そしてきちんと管理されているから一般の人には見せてくれないだろう
と思っていたが、とあるところで、見た。

それは大きな部屋に三台も置いてあった。
一台450万したという。

測定したグラフも見せて貰った

棒グラフだった。

放射能測定は、微量を測る測定である
測定値から、バックグランドを引いて値を出す。

バックグランドとは、周囲の環境である。それが一定していないと微妙な値が測れない
それが大きな会議室で室温が上がり下がりが激しかったり、また出入りが多くてチリがまったりするのも微妙である
また微妙な値であるから、微妙なグラフが出てくるのだが…

日本アイソトープ協会では、装置のランク付けや計測者の資格試験を行うと言う
あまりにも粗悪な装置や無神経は測定者が横行している現実で…
そして数値だけが一人歩きしている

ND!   不検出!   <25Bq/kg

月別アーカイブ : 2012年7月

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