足が悪い老女の一人暮らしがいる
いつも配達をしている
廊下の奥から手押し車を押しながら出てくる

「お宅の饅頭は、美味しいね。入ったらすぐ持って来て」
「子ども達にも贈ってあげるから」といつも言うが

この時期は
「わらび入った?わらび!息子達が岩手の柔らかいわらびを、食べたいって言うの…。東京のわらびは固くて…。私も食べたい!食べたい!」
「うるいが入ったら、すぐちょうだい、すぐね。ウルイの味噌汁が食べたい。食べたい。」(ウルイは大葉擬宝珠「おおばぎぼうし」の若葉である)

「今、山菜は放射能の問題で、なかなか入りがたくて…、出来るだけ入ったら持って来ますが…」

そして、老女は小生に手を合わせるのである
お釈迦様を拝むように…
お釈迦様ではない、和尚でもない。入道だが…

山菜は岩手の(東北の?)大切な食文化である
それが放射能で30年食べられなかったら、若い人は忘れて…
そのうちに単なる雑草になってしまう
それが良いことなのだろうか?


どう思う?
東京電力と再稼働を決断する野田総理に問う!