「町屋カフェが出来た。」と言ってパンフレットを持って来た人がいる

非常にわかりにくい地図であるが…
まぁ盛岡の街を熟知している人なら、たどり着けるだろう

盛岡の街は、迷路である。
戦争のときに被災していないせいだろう
(戦争というと今の若い人はイラク戦争と思うだろうが…、違う
西郷隆盛と戦った西南戦争である。というのは古い人の嘘。
満州事変から、日中戦争・太平洋戦争という大東亜戦争である。というのは昭和一桁から団塊世代か?)

だいたいがメインストリートの中央通りの突き当たりに市役所がある、後は中津川である。
まるで戦国時代の城の建て方である。


 

90度の直角の道あり、T字路有り、だんだん道が細くなってくるところがあり、そのうちに道が消える
そんなバナナという人がいるだろうが…

しかし、今開発している盛南は違う。
(盛南開発といって、盛岡の南のすばらしい田園地帯を埋め立て、宅地かと商業地とか、バイパスをつくり盛岡を大きな街に…という都市計画である)
新しい盛南は碁盤の目のような道路である。(なぜ碁盤というのだろうか将棋盤でもよさそうなものだが…)
これは味気ない。
やはり道路は、この先がどうなっているのだろう?と言う期待感が無ければ…
歩いている意味がない
車だって、何が飛び出してくるか分からないところを速度は出さないだろう

以前の都市計画は、効率化で作られているので、わかりやすいと言う都市計画だが
(なぜか?それは多くの人に理解されやすい計画でないといけないからである。このへんが理科系の弱点なのだ)

本来は人間が住みやすい都市計画でないといけないはずである
その住みやすさ暮らしやすさ歩きやすさ、そのような数値化できない物が旧市街に残っているのだろう
それが歴史なのだ。理科系ほど歴史から学ぶ物が多いはずである。

味気ない都市計画は、たぶんあっという間に取り壊されるものになっていくのかも知れない