「いつもの事を、いつものようにする」ことが仕事の基本である。
と朝礼で、いつも言っている。
それが、なかなか出来ないのだが…

初詣は、いつものように、いつもの処へ行く。
これは、どうしてもやらねばならぬ。
大雪の昨年も、確かに行った。

昨年今年

なんとなく、神仏は、いつも見守ってくれているような気がして…
それを自分の都合で行ったり行かなかったりするのは、問題である。
神仏に見放されても、しかたがない。

と言うのが、二番目の理由である。
一番目は…なんだ。と厳しく問う人がいるが…

一番目は、これである

なんと樽酒を桝で、いくらでも呑めるのである。
たしかに心持ち銭を投げ入れないと、見栄えがわるい。
また初老の人品卑しからぬ大男が、よだれを垂らして桝酒をすすっているなんていう構図はいただけない

池波正太郎ばりに。さっと銭を投げ入れススッーと桝酒をすすり、さーっとその場を去る
こんな感じでいきたい。と想いながら毎年
桝酒をなみなみとつぎ、塩を嘗め嘗めしながら、しきりと辺りを見回し、もう一杯飲もうか?
イヤ恥ずかしいから、その辺を一回りして…
という構図で、なみなみと二杯飲んで、未練たらしく後にする。のが毎年の決められた出来事である

今年は、呑んでいるそばで、
「あら汚い」などという奥さんが居た
飲み回す桝のことを言っているようだ。
”汚かったら飲むなよ。わしがのんだる!”
とギロッと睨んでしまった。