いつものお寺で報恩講が行われた。
報恩講とは、親鸞の命日らしい。
今年は750回忌という

ずいぶん長いこと続いているモノだ!と感心しながら
小生が亡くなったら、7.5回忌も覚えてくれないだろうと思うのだが…
せめて7.5日ぐらいは覚えて欲しいと思う今日この頃である

葬式のときは、短いお経でも
報恩講の時は、長いお経を読む
(お経は「読む」と言って覚えなくて良いらしい。確かに経本広げている)
坊さんが「サボっているのではない」と弁明しておく

そして坊さんの人数が多い。
葬式の時は、一家総出だが…
報恩講の時は、一族郎党そろって経を読むらしい。

その後に講話である。

このお寺は、いつも哲学者の内山節さんを呼んでくれる。
東京電力の文化講演会は1時間100万円くれるらしい。
しかし、その文化講演会なるものは、「原発反対を言わない」と言うことだけが条件らしい
講演させて、その後、別の人が「だからクリーンエネルギーの原発を…」と結ぶという文化講演会らしい。

それを蹴って、薄謝でもこちらに来てくれているのかは、知らん
毎年、もう7〜8年も続いているだろうか?

今回は「わびる」「すくわれる」「ふかいねがい」という言葉を知った。

至福の時間なのだが、眠くなる
前日の深酒の睡眠不足が、たたるのである。
テープ起こしで、もう一度何カ所か聞き直したいものだ。と思う、いつもの報恩講である。