「ヒサイチ」に行ってきた。
ヒサイチ
何となく流行語のような…面はゆい感じがする

誘われて初めて行った。
なんだか目的もなく行くのが見学のような…
と言って体力が落ちていて、ヒサイチで何が出来るというのか?

そんなんで行くことを諦めていた。
直接的な知人のヒサイシャは、数人しかいない
間接的には、大勢になるのだろうが…

「大津波にも負けず頑張る母ちゃん!応援ツァー」というバス一台の人数である
三カ所の漁家レストラン・農産物加工所・農産物直売所を回ると言うツアーである。

幻想的な遠野を見ながら、釜石に入った
釜石は、いつもの釜石だった。新日鉄釜石を過ぎるまでは…

後はテレビで見るようなヒサイチの風景が延々と続く
「復興」や「復旧」という言葉をいじっている人が数多くいるが、これは消すことの出来ない傷跡でしかない。
ひとそれぞれ傷跡の深さが違う。「これで復旧はお終い。復興へ…」という簡単に片付くものではない

 

一軒目は、スーパーハウスを利用した漁家レストラン「よってたんせっ」で「半カレー半やきそば」の昼食だった。
以前は漁家の水産物の加工を10年ぐらい続けたが、加工場が被災してから食堂と惣菜・菓子の製造へ変更したという説明だった。
ウッドデッキを利用した食堂であったが、屋根も壁もない青空食堂である。
さしあたって困っているのは、冬に向かって壁と天井が欲しいと言う。

   

カレーは、するすると入ったが…
このレストランのために前沢のシェフが考案した鮭の親子焼き蕎麦は、「無くなった食道」に詰まった。
ワカメ入りの中華麺にイクラと鮭が入った焼き蕎麦だった。
やはり液体を呑みながら入れてやらないと、食道通過は難しい
ラーメン・カレーは、300円。ボランティアやヒサイシャ向けだから安く設定したという
そして新発売の親子焼き蕎麦は700円。これは業者や公務員向けであろうか?
それとも観光客向けであろうか?

 

二軒目は、大槌から高田へ飛んだ。
広田湾の公民館で工房「めぐ海」である。
広田半島は、初めて行ったが、昔小さな頃行った海辺の風景を思い出す
山を上り下りしながら木々の間から海に反射する光がまぶしい。
どこかで見たような懐かしい風景である。

そんな広田半島の先端付近で彼女らは待っていた

    

二軒目は、味噌・惣菜・菓子などの工房を計画している「めぐ海(めぐみ)」である。
昨年10月に開店して半年で被災したと言う
「おやき」が有名で海草や海産物をが入った美味しいおやきだったという
たしかに薄い甘い味で、美味しかった
来年3月に再オープンを目指すという
公民館には、配れなかったのだろうか飲用水が5種類ほど山に積まれていた

一軒目の「よってたんせっ」で、遠野のまごころネットのベストを着たボランティアを多くみた
釜石地域は、遠野をベースにして、ボランティアや物資の配給が上手くいったらしい。
他の地域は、多かれ少なかれ物流上やさまざまな問題があったときく
当たり前だが、ろくに訓練もされていない机上訓練だけで、やれと言われても…
しかし遠野は、丸投げしたという。訓練されたNGOに!
行政の丸投げはよく言われるが、こういう時にこそ「丸投げ」をやるべきではないか?
遠野の本田市長は、すばらしい決断をした。

そして慌ただしく三軒目
ちいさな野菜畑ではなく「小さなやさい屋さん」
慌てて代表の方に「同じような名前ですね」と名刺を出してしまった。

  

平成10年設立30名ばかりの年間二千万を売り上げる小さな産直である。
海が見えないほど遠いのに、津波が押し寄せたという。
近くには70名ほどの海辺の大型直売所が、移動してきたと言う

 しかし、安い。色々と大量に買った。
レジがないので、計算が面倒だな、と思ったら
なんと「ひとつ、ふたつ、みっつ…」とおばあちゃんが数を勘定した
「はい、とぉで1000円」
なんと一つ100円だったのだ
これで商品のない冬場を、どうやって乗り切るのだろう

 

 

被災した「北国の春御殿」を、横目に見ながら帰路いろいろと考えさせられた
家々のちいさな畑には、様々な葉物が植えられていた。

人間というのは、強いものだ。
しかし、人間以上に女が強い(?)
男は、折れるとなかなか立ち直れない。
女は、とりあえず身の回りのものを片付けだす

男は、頭で考えるのだろう
女は、身体を動かしながら考える。

こんな様々な動きが沿岸各地にあるのだろう。
どんな応援、取り組みができるのか?
じっくり考えてみたい
というよりも、はよ行動をせねば…