前回は、解説ばかりで…
結論を書かなかった。


 

日本は、モンスーン地帯に南北に長い島国であるから、多種多様な食材が豊富である。
これが砂漠や草原、ツンドラ、乾燥サバンナ等々は多様な自然のない土地柄で単一の食材しかない。(結論づけて良いのか?)
島国の山国である日本は、狭い国土を利用して多様な食材を利用して様々な地域の食文化を生み出してきた。
山であり、平野部であり、海辺であり、山と海を組み合わせた地域、山と海をうかい組み合わせた地域、など多様な地域があった。

そこに四季があり、複雑な旬ができた。
その旬をいかさずに、産地のリレーをつくり都市へ安定供給を目指したのが現代の農業である。
春先に長崎で採れた馬鈴薯は、夏は関東・東北へと産地が移り、秋は北海道へ…と都市へ年間安定供給の体制が旬を奪った

岩手は夏のホウレン草の産地である。ハウスでホウレン草をつくる。
寒いからではない。雨に打たれないようにハウス栽培(雨除け栽培)である。
雨に打たれて暑さに会うとベト病になる。ハウス栽培は雨により歯の裏に泥はねがしないので綺麗なホウレン草ができる。
しかし、ホウレン草は茎が細いので、こちらでは食べない。都市住人向けである。
ホウレン草の旬は、冬である。
茎の太い、根が赤く、葉のごわごわした肉厚のホウレン草は、甘みがあって美味しい。
しかし、岩手は冬は寒くて成長しないので、雪が降る前に収穫するホウレン草が、普通である。
ところが、関東は夏に暑くて採れないので、岩手が夏のホウレン草の産地となる。

周年でホウレン草が味わえる都市は、食文化は育たない。
たんなる効率的に食事を取るシステムだけである。
それが外食産業をうみ、年間安定した食材で旬のない食事ができた。

それが良いか悪いかは、個々の感性であるから…と言いたいが
そこにさまざまな今の問題の原因があるような気がする

旬の多様な食材は、地域に多様な食文化を産み、人々にさまざまな価値観をもたらす
それが常に相手の価値観を尊重した無事な社会を作るのではないか?

競争ではない。効率ではない。拡大をしない。