ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

3月12日

3月11日夜は、ラジオのそばで、一晩中横たわっていた。
「眠る」と言う感覚ではない。ラジオを抱えて横たわるという感覚である。

しかし、このラジオは優れものである。SONYである。たった1000円ぐらいだったか?イヤホンが着いている
これは中央病院の購買で売っている。中央病院は電波状況が悪いので、このラジオは使えない(?)
しかし、イヤホンが使える
入院中に、このラジオを買って、ベッドの脇のテレビをイヤホンで聴くのである。
いろいろなイヤホンを持って行ったが、このラジオは本体が使えないが、イヤホンが一番良い。(泣)
しかし、このラジオの本体が本領を発揮した。前の入院の時と二台持っている。
普通、最近のラジオやレコーダーなどは、イヤホンを差し込まないと聞こえないが…
これは、イヤホンを差し込まないと、大音量で鳴り響くのである
ましでシンプルでスイッチと音量、そしてチューニングしかない。
単純にして、高機能、災害にはもってこいのラジオである。電池も長持ち

とりあえず着の身着のままで横になり、状況を把握するためにラジオをつけ、ただただ聞きながら横たわる
ロウソクをつけたが、余震で倒れるかと思い、消した。
被災地よりは、まだ室内で暖かい布団はある。
夜中のラジオ放送で印象的だったのは、岩手放送の神山アナの陸前高田の中継である。
確か被災した町の裏山で実況中継をしていたと思う…「ひどい」と言う状況は、流れてきた。
しかし、その映像を見るまでは、信じられないと言う感覚ではあるが…

放送を聞いている間に、ときおり強く揺れる振動に驚きながら…
余震は真っ暗な夜の8時頃から9時過ぎまで大きなモノが続いた

しかし、驚いたことに明け方は、新潟や長野が震源の大きな地震があったという
なんだか全国一斉に揺れている、ひょっとして日本沈没か…

そして「神奈川を震源とした大きな地震が…」と、緊急地震速報が流れたのはラジオだっただろうか?
今度は東海地震か?

地震2日目、とりあえず寝不足と混乱のまま朝食をたっぷりと取って、店に向かう
停電は継続、冷蔵庫・冷凍庫の荷物がいつまでモツか…
店の照明は、カーテンを開ければ光は入るが…
問題は、レジである。
水道は出ない。自家水道だから停電だとポンプが作動しない
必要な水は、自宅から持ってくれば…何とかなる
ガスは、プロパンであるから、調整さえすれば使える
暖房は、薪ストーブが問題は無い。

要するにレジさえ出来れば店は動く
食堂も温かいご飯を提供出来る

レジは、全ての単価を覚えている麻子さまの出番である
それを書いて計算する補助がいれば…
(他のスーパーでは、一人の客に一人の店員がつき、購入したモノの値段を書き留めて歩くので、入場制限がされ、長い行列が出来ていました)

ただモノが無い。
今の時期は農家のモノが無く、市場のモノばかりなのだが…
市場のモノもこの状況では、届かないだろうし、とりあえず有るモノを売るしかない
とりあえず食堂で、暖かいご飯を提供しよう。これは絶対にうけるはずだ。
さてしかし、この食堂が営業をしていると言うことは、どうやって知らせるのだろう
岩手放送は「情報をドンドンお寄せください。お店の営業や、開店時間、どんな商品を扱っているか?など何でも結構です」
と言う。しかし、電話が通じない。

「こびる食堂は9時から炊きたてのご飯で暖かい食事を提供しております。」と言う文章を
twitterでは…Eメールでは…両方とも流れた…。しかし、放送されない。
う〜ん何故だ。他の所はドンドン流れる

あとからスズリョ曰く
「電波塔の電気が…問題では?」
通常、店内は無線ランなので、停電のときは中継器が使えない
今回は店外へ電波を飛ばすものを利用したが、中継の電波塔の非常用電源が弱いのか?
結局、情報を流すシステムが、分からないまま、停電が終わったのは二日後だった。

しかし、驚いたのは、食堂の定食が売れるのではなく、お握りがどんどん売れたのである。
ナント2日目から、ガソリンスタンドに、車がどんどん並び始めた。
目の前にも、長い長い行列が出来ていた。

厨房の段取りをしてから、とりあえず情報収集である。

従業員から…客から…ラジオから…
しかし、もう一つはっきりしない。
そういえば…

 いつもラグビーの中継をみているワンセグが…
しかし、ガソリンが少ない。あと三分の一ぐらいしか…
とりあえず、小一時間テレビの被害地の生中継をみただろうか?
すごい、すごい。としか言いようがない

一体全体どうなっているのだ。ますます不安感が募る

2日目の午後、店は停電が解消された。
冷蔵庫・冷凍庫は、助かったが…テレビは置いていないので、情報過疎である
しかし、道を行く人々はみな言う
「自家発電ですか?」
送電経路が周囲と違って、どうやら店を経由して桜台まで行っている送電経路らしい
電気が着いて、自家水道が復旧して、プロパンはすぐ復旧し、これでライフラインは全面復旧
売り物が無くなった。

 

自宅は、翌日の午後、三日目に電気がなおりライフラインは全面復旧した。

3月11日

『手術中は、動けないからね」と手術の説明をした医師は、言った
「咳をしたかったら、手を挙げて…トイレに行きたかったら手を挙げて…眼球に注射針を刺したままストップをしますから…」
と恐ろしげなことを言って…白内障の手術は
「3月11日午後3時から」と決まった。

昨年秋から、変な黒い蚊のようなものが飛ぶ。
本を読むと老眼鏡が曇っているのか、字がかすむというか、曇りガラスを通して字が見える
パソコンも、モニターが一分かすんで読めない。
呑みに行ったみかんやでmicannに「白内障だね」と言われて安心した
これが緑内障だったら偉いことだ
白内障は、簡単な手術で治ると聞いていた。

先日も佐藤政行の社長が「いやぁ白内障を手術すると感動するよ。わたしゃ15年ぐらい前で…。片目だけ、本当は両目をしないと行けないのだが…」
みんなが言う。白内障の手術は、社会が明るくなる。何でこんなのを早くしなかったのだ。社会はこんなに明るかったのだ。
その感動の白内障の手術を中央病院の4階眼科病棟で、3月11日午後3時に待っていた
「今日は、早く進行しているようだから、15分ぐらい早くなるかも…」
と言いながら看護婦は、ホウレン草に味の素をふるように何回も点眼薬を差していった。
「これは殺菌の…」「これは麻酔が入ってます…」

「そろそろ手術室から、お呼びが掛かるかもね」
「もうすこしで…」
「そろそろ…」

と言いながら、それは来た。
6人部屋の二人のベッドの携帯が鳴った
ピーピーピー「緊急地震速報」である

そして

ごお〜

横揺れの大きな揺れ
通りの方に大きく傾く建物。
そして、反対側に反動で大きく揺れる

長い。なが〜い。揺れ、ベッドにしがみつくモノ
看護婦が、病室に入ってこようとして、逆方向に持って行かれる

しばらく、それが続いただろうか?
揺れが少し落ち着き
一斉に、ベッドの脇のテレビをつけた
「震度6強」が見えた
震源地がなかなか表示されなくて、余震が続く

そのたびに看護婦達の叫び声と
眼科は小児科と一緒の病棟なので、子ども達の叫び声が混じる
以前入院していた時にも、地震があった。
看護婦は「震度7まで耐えられるように設計していますから…」と言い放った。
もう中央病院は、小生の庭である。なんでも知っている。

そのうちに「一部屋にテレビは一台にしてください。自家発電に切り替わりましたので…」
しかたなく、長老らしき人だろうか…隣は宮古の人だろうか…、
そのテレビを遠くから眺めていると…
なんだか川のようなものを家か船か…登ってくる。
「えっ〜なんだ、あの絵は…」
宮古から来ていると言う年寄りは、ぼつりと
「宮古だ」と言う

次から次へと衝撃的な映像を見たような気がするが…
とりあえず動転して、
”これは普通ではない、とりあえず病院を出ないと…”

そこへ眼科の医者が
「こういう状況では、手がぶれて手術ができませんので中止します」と
「外出していいですか?」「外出許可を出します。必ず戻って…」

人を受刑者みたいに…言う

とりあえず病院を出た地震から1時間も経っていただろうか?
病院の前の通りは薄暗く、街路灯も信号も、消えている

バイパスは信号がないので交差点は混雑。
工事中に落盤事故を起こしたという北山バイパスを、おそるおそるくぐって

ろくに飯を食っていない、と言うよりも飯が食えない身には、歩くのがふらふらでつらい
身体に力が入らない、足があがらない、前に行かない。

ようやく通じた電話で店から迎えに来て貰った。
真っ暗な店に着いたのは5時半だった。

MTB

最近、盛岡界隈で「MTB」という言葉が、しきりと聞かれます


MTBは、
まったり・たべよう・べんじぇーもん
むらっと、乳首が、バースト
もりおか・たいまぐら・ばったりー
もっと・たべたい・ぶちょうほうまんじゅう
みんな・疲れて、婆サンディー

そんな略語ではありません

これは
Morioka Tankaku Beef

の頭文字を取った言葉です

もりおか短角牛」

 

あの「いわて短角牛ロック」から「山形村短角牛ロック」と

オリコンチャートを席巻した短角ロックシリーズの第三弾

  「もりおか短角牛ロック」

「もりおか短角牛の仕掛け人」CP田口友善が唄います。

CPは、チーフ・プロデューサーです
安いだけの コスト・パフォーマンスや…
安い値段の チープ・プライス…

とは絶対に違います。(英語は難しい…(泣)

 

最後の日本兵

4年前、田舎と呼ばれる岩手の、その中でも片田舎と呼ばれるところから出てきた、日本兵
4年間のお勤めの後、ようやく晴れて勤め人として、凱旋帰国することになりました。

初年兵から二等兵、そして上等兵になったと思ったら、出征です。
故国を守るために、どんなに力を発揮することでしょうか?

暖かく見守ってやりたいと思います、

それではギターも楽譜も忘れて友善さんの借りたギターで唄う、厭戦歌の数々を…

日本兵が、野菜畑で最後の(?)唄になるかもしれない、

聞いたことのある名

そういえば…入院する前、年明けだっただろうか宮古振興局の奴が、

「やぎっこから言われて…」

とポスターを貼っていったが…

へぇ〜これだったのか?

そういえば4年前日本兵と会ったとき、前日の夕食は、辺見さんの手づくりの食事を食べたことがある…そのころ確か「食の匠」に認定されていたと思うが…
たしか、沿岸部から内陸の山間部にお嫁に来た人なので、海の幸・里の幸・山の幸を様々に使いこなせる人だったような…

辺見さんの「牛方丼」
なるほど雑穀飯に中華風か…
なるほどの一品であるが…

当店でやるなら…辺見さんのをヒントに
(すこし試作してみよう)

 

おや、その下のはなんだ。
「季節の宝箱 いわいずみ短角牛ジューシー揚げ」
まず名前が長すぎる!
岩泉乳業が作ったチーズ?
どこで売っているのだ?

名前からすると揚げ方に特徴があるのだろうか?
それとも宝箱というからには素材の組み合わせか?
しかし「季節の…」と詠っているからには、野菜なのか?

へぇ〜ひょっとして当店で使えるメニューかも…
しかし、どっかで聞いたことのある名前だ!

「優秀賞 佐藤嘉彦 盛岡市」とは…

オートミール定食

オートミールに凝っている。
という訳ではないが…

量が食べられないので、消化の良いものを…と思いながら、
白米のおかゆ、玄米の中華がゆ、そしてオートミールと、和・洋・中の粥を楽しんでいる(?)のである
白米・玄米は、以前より、ときおり試しているが…
オートミールは、手術後、初めてである

小さな頃、そう、まだテレビが個人の家に入ったばかりの頃だろうか
外人の家庭ドラマが、いろいろと有った。牧場が舞台だったり、犬が主役だったり…
そんな外人の家庭をあこがれを持って見ていた頃、不思議な朝食が、オートミールだった
それは皿にもられて液体をかけたり、最初から練られているようなものだったり、
なんだか怪しげな、美味しそうな、不思議なものだった

「オートミール食べてみたい。」
と子供心に幼い入道は、強くあこがれていたのである

そういえば、一時期オートミールではないが…
シリアルというのだろうか?
牛乳をかけて食べる洋風の朝食が、流行ったことがある
試して見たもものの、ほんの一時期であった。
あれは続かなかった、金が高かったのだろうか?
それ以上に、飯が美味しかったのかも知れない

 

鎌倉に住む料理家辰巳芳子のスープの本を買った
そこに「オートミール」は有った

辰巳芳子は、言う

「雑穀を食べると良いと言う方が増えている。しかし不思議なことに燕麦、即ちオートミールの奨励はなかなか現れない
北海道も燕麦は馬の食糧との思い込みから脱しきれず、胸を張っての地域興しのきっかけにしていない
オートミールは、栄養消化にすぐれ、作るに手間暇いらず、現代性そのものですのに。
わたしはさらに、このオートミールを強化して、食生活の中心に据え、時間を贖い出す勘考をしました」

当店で扱っているオートミールは、アメリカ産である
これは北海道産だという。

たしかに、燕麦(オートミール)という名前が引っかかるが、癖がない
ご飯でも一緒だが、美味しいモノは飽きる
美味しくないと言うか、癖がないものが長続きするような気がするが…

オートミール、現在試したのは…

熱湯+塩
熱湯+塩+卵
ヨーグルト+牛乳
味噌汁
味噌汁+生卵

結構、癖がないだけに、なんでも会う
よし、オートミール定食を作ろう!

雉と梅

雉がでた。

店にかよう道の山道ではない。

庭の片隅である

「カサコソ」と音がするので、近寄ってみたら,いた

カメラを向けたら、植木の陰に隠れるように、音もなくあるく

追いかけて、じっくりと…ゆっくりと…素早くカメラを…
 

雉は、人をおちょくるように消えた

そろそろ,春か…

 

梅の芽が,そろりそろりと…ふくらんで…

出番

今回の快気祝いは、とりあえず最初の快気祝いである、
3月というのは、いろいろな行事が重なる
第一に学生は、卒業だ。卒論だ。彼女との別れだ。
農家は、会議だ。講習会だ。塩水選だ、種まきだ。
サラリーマンは、移動だ。送別会だ。転勤だ。愛人との分レだ。
自営業者は、申告だ。季節の変わり目だ。

この合間を縫って、快気祝いをしなければならない。
「いや4月で良いだろう」と言う話があるが…
4月は、もうフル回転である。そんなときに「快気祝い?」なんだっけ?とぼけた形なる、
商売(?)は、タイミングの出会いである

今回は、若手の農家のエース、武田哲と岩崎隆が参加してくれた
若手と言っても、武田哲は46、岩崎隆は、32〜3になるだろうか?
武田哲は、2000年の合鴨フォーラムを一緒にやった仲だし
岩崎隆は、中学生の頃からの付き合いで、今はもう4人の子持ちである

この二人が揃って出てくるのは珍しい
岩崎隆はこの前までJA青年部の全国役員をやっていた
武田哲は、地域の役員と某政治団体の青年部長を…
そんなんで、なかなかタイミングが合わない

そのふたりが揃ったところへ、盛岡農政の幹部「友善さん」が揃ったもので…
農政問題の議論が始まってしまった。
これが始まると長い、結論が無いからである
まぁ小生によれば農政問題を語る事は、農家のガス抜きである。

大体が農政問題は、農協の問題と消費者の問題である
農家は、日々土に向かって作っているから、出来た農産物をどうするか?と言う問題が多い
今まではそれは農協が一手に扱ってきたから、農協の問題である
今は、産直や、量販店で消費者が何を選ぶのか?で決まるので、消費者の問題である

農家は、JAが売れなければ、自分の食べる分、自分で売れる分だけ作ればいい
当然、市場には国産が出回らない、そこで消費者がどう考えるのか?ということである
売れなくて困るのは、「農協」と「借金をしている農家(農政に、のっかってしまった)」だけである
消費者も別に中国産があれば、なんとかなる

だから農政の問題と言われる「所得補償」も「TPP」も農家には余り関係が無い。
それを旨い具合に「一人は全員のため、全員は一人のため…」という農協スローガンで引きずられていっているのである
国とか、県とか、市町村とか、大きな地域で物事を考えると、様々な要因が出てくるのでまとまらない
自分たちの集落、隣近所、そんなちいさな単位で問題解決を図って、規模が必要なら集落を足していく、と言う下からの発想からでないと、結論がでない

だけど国政を論じていると天下国家を論じているみたいで、なんだかかっこがいい
だから、あーでもない、こーでもないと、どんどん論じて行くのである

お〜い、友善さんの出番が無くなる。早く解放してくれ

 おまえらは、消費者に、農家の現実を話すのが役目だろう
車が6台もあって車検に100万かかるとか…
農業機械は、補助金なしではなかなか買えないとか…
農家もJAの共同購入を利用しているとか…

疲れ切る

裸になって、横から鏡を見ると「腹が出て、お尻が平たい」
尻の肉が落ちたのである。6年前から…

以前の入院生活は、それほど過酷だった(?)
年間180日は、寝ていただろう

その時も感じたが、出所後、背中が痛い。背筋の筋力が落ちた。
今回も、立っていると…座っていると…背中をまっすぐに立っていられない
すぐ、何かに背中を寄りかかって休みたくなる

しかし、尻の肉も…背筋も…、鍛えようが無い
と言うか、初老となっては、新たに筋肉が付かない、ただ維持するだけである

病院から出てきて、いちばん困ったのは「長時間、背中を立てていられない」のである
と言って「寝てばかりは、いられない」とりあえず自分の身体に負荷をかけて…
すこしでも筋肉が付かないまでも、「慣れる」ように仕向けていかなければ…

「とりあえず最初の快気祝い」は、疲れた。
水割りのグラスを1杯、ちびちびと飲んで。なんとか気を張って立っていたが、やはり座ってしまう
立って…立って…と思っていたが、なかなか注目されないと(?)立てないモノです

今回、やはり注目をされたのは、日本兵であるが…
それも友善さんが来るまでの「繋ぎ」でしかない
1時間半も遅れてきた友善さんは、
あっという間に農家に囲まれ、仲間に囲まれ、歌よりも…とりあえず…当面の問題を…
きっちりと予定より1時間半遅く終了し

しかし、まったく、大変盛況でした。
盛り上がりすぎて友善さんの曲が一曲で終わってしまった

ひこのyoutube
http://www.youtube.com/watch?v=opqcTMYz3LU&feature=youtu.be&a
(野菜畑公式動画「友善&略帽ライプ」は、準備中)

  

 

10名ぐらいかな?と思ったら15名以上になり
9時ぐらいかなと思ったら、11時ぐらいになり
2升で足りるかな?と思ったら3升になり
ビールは足りるかな?と思ったら、余ってしまい

いやいや多くの人に参加いただき、喜んでいただき、多くの出会いを提供出来ました
しかし、一番の収穫は…
「その日の晩は、近年になく、ぐっすりと寝られた」と言うことでした
快気祝いの最大のお祝いは、「疲れ切る」ということだったのでしょうか?

みなさん料理お酒いろいろとご提供有り難うございました
不参加のmicannまで…

快気祝い

「快気祝い」に文句を言う人がいる
もっとも「まだまだ快気していないじゃないの?」と言う
『それも、あたりだ」
まあしかし、「快気祝い」をするまで待っていたら、何時まで待ってもできん
だいたいが老化しているのだから、良くなるはずが無い
症状が治まるまでまって…と言いながらどんどん症状は悪くなるかもしれない

小生の場合は「食えるようになれば良い」のだから…簡単である
後は食欲を増す肴や、食前の一杯が見つかれば良いだけである

ましてこれから桜の季節、花見に酒は欠かせない。
統一地方選もあるし、この辺ですこし、準備運動のための事前運動をしておかなければ…

今日の快気祝いは、大きな目的がある
岩大の日本兵が、いよいよ岩泉の二等兵になってしまうのである。
たしか4年前に、「来年岩大に進学します」と岩手食文化研究会で挨拶を聞いた
もう4年になった。彼の送別会もかねての快気祝いである
岩泉の農業の将来を担う日本兵に、多くの人のメッセージを…
とくに盛岡の短角を熱く語る友善さんには、音楽の先輩としてコラボを…

そして、これからの農業に力を発揮する人たちが…
かれにどれだけの有意義な前向きのメッセージを与えられるか?
それが楽しみである
今若い就農者や、農業関係の若者に金銭以外の本当に有効なメッセージを伝えられるか?

3月、日本兵と友善さんと様々な人が集まれるのは、今日しかない。
今日を持って快気祝いをしなければ…

できれば日本兵の歌と友善さんの歌のコラボが、またインターネットで流れるかもしれません

こうご期待!快気祝いと言う名の、出会いの広場を。

月別アーカイブ : 2011年3月

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