「芋」を、貰った
多分、芋というと多くの人は、馬鈴薯を思うのだろう
馬鈴薯は慶長年間に日本に入ってきたが、日本人の口に合わなかった
明治に入って川田男爵の”男爵いも”が流行って、初めて認知され、食べられるようになったのである

それまでジャガイモは、名無しのゴンベイなのである
それ以前、芋と言えば里芋か長芋である

今回貰ったのは「甚五右衛門芋」と呼ばれる里芋である

なんでも名前を付ければ良いと言うモノではないが…

これは山形真室川の特産品で、1軒の農家で作り続けられていると言う
そのうちに「太郎兵衛芋」とか「次郎左右衛門芋」とか「三郎兵衛芋」とか
「おしん芋」とか「おかね芋」様々な名前の芋が…付けられるかも知れない

そんな甚五右衛門芋を茹で上げて、塩を振って食べてみた

う〜ん、里芋だ。
当たり前だ
岩手の名産「二子の里芋」と同じような粘りがあるが…
そんなに特徴的だとは言えないが……

 

以前、各地に地大根と言われる様々な大根が有ったという
それを「売れる」「金に換えられる」と言う理由で”青首大根”、一色にしてしまった。
各地の地大根が生産されていた頃は、そんなに流通も発達して無くて、大八車で運べるところまでの流通だっただろう

たとえば江戸では、小松菜が小松川付近でとれ、練馬が大根の産地で、それより日持ちする甘藷は川越が産地で…、
距離と産地は、ある程度関係していたのであるとおもう
(葉物は武家屋敷の中で栽培されていたと言う)

そんな産地と流通の関係だから、その混ざり合ったところでは、
区別するために
「甚五右衛門芋」とか「太郎兵衛芋」とか、あったのだろうと想うのだが…