ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

幻覚

ふと気になって,もらった文書を良く読んでみた

こちとら「病院は善、寺は悪(一部を除く)」と言う風に受け取っているから、渡された物は、よく見ないでサインをし、そのまま保管場所に突っ込んでおく
今回良く読んでみたら「この治験で知り得たことをみだりに第三者に漏らすことのないよう」とある。
知り得たこと?
なにも知り得たことはない。
たんに「10日間経腸栄養剤をつなぎっぱなしにする」という契約だけだ

しかし、それを知っておけば、契約を結ばなかったかもしれない
だいたいが閉所恐怖症で、点滴でつながれ、半径1メーターでうろうろさせられると言うのは
耐えられないし、できたら勘弁してほしい
点滴が抜けたら、一日でも早くベッドからはなれたい。

そう思っているのに「10日間なにがあろうとも点滴を外さない」という契約は、結ぶはずがない
手術が終わって、ICUに移されたその夜、急にまた別の部屋に移された
ICUは手術後の管理のための揃っている部屋だが、その次の部屋(ICUよりランクが落ちた部屋)に移された
そこは個室だった。真っ白い長方形のベッドがかろうじて入るだけの、後ろに窓があるようだが、見えない
前には解放のドアがあるが、看護士が机を並べてみはっている
そこへ両手に点滴で固定されて、まるで標本の蝶のように、貼付けられてすごすことになった。
この両手の点滴がくせ者である。手の方向を変えようとすると、点滴の警報が一斉に叫ぶのである

24時間一日中、警報のランプの点滅と音と、そして同じ格好で、何日過ごせるだろうか?
丸い壁掛け時計が一つあるが、8時をさしても、朝の8時か?夜の8時か、いや時間が狂っているのか?

三日目だろうか四日目だろうか、幻覚が見えてきた
術後の幻覚と言うと全身麻酔の後遺症といわれるが、術後4〜5日後の幻覚である
真っ白な部屋が木質の模様になったり、青銅色の部屋になったり、丸くなって回転し始めたり、
小動物かちいさな人間が、壁の中を動き回ったり
とりあえずあり得ないことが、次々とおこる。

このままでは気が狂う
思わず「助けてくれ!」と声を出した。
医者と看護士長がやってきたが「部屋がない」との一点張りである

そんなやり取りで時間が過ごしていったのか…
7日目か8日目か…ようやく部屋が変わった。一般病棟のナーススティーションに近い部屋に…
それから次から次へと管が抜け。
部屋が代わり、手術から17日目に管から解き放たれた
もし治験を受けていなかったら、10日ぐらいである程度の管は抜けていただろう

しかし、不思議な感じだ。
経超栄養剤というものを、腸のなかにつっこめば、栄養が足りて体重が減らない
91kgの体重が93kgになってベッドからおりた
人間の身体など、いくらでも簡単にコントロールできると言うことなのか?
しかし、その後93kgの体重は、どんどん落ちて今は85kgである
肝心の胃袋から栄養を補給できないので、減るばかりである

どこまで下がっていくのやら…

桑田と点滴

昨日NHKで桑田圭祐の特集をやっていた。
食道がんで活動を休止し、大晦日の紅白で復帰するまでの5ヶ月ということなのだろうか?

前日には、本屋で「アエラ」を買い求めた。
桑田特集が載っていた。

  

昨年だったが…一昨年だったか、金沢の友人が車で盛岡に遊びにきた。
車の中でかかっていた音楽が、あまりにもうるさいので、
「これなんだ?」と顔をしかめて聞いたら
「サザン」と言う
そういえば、「昔そういうグループがいたな〜」と言う程度の認識である
言葉が、はっきりと通じない歌手はきらいである。
メロディーより歌詞なのだ?
石川さゆりとか…天童よしみとか…

NHKの番組では、桑田も小生と似たような不安や経験、を語っていたが…
桑田の歌詞も、いろいろと意味があったのだ、と改めて見直した
55にもなっていつまでも湘南とサーフィンと、恋でもあるまいに…
(歌詞が意味不明なので、すべてこんな調子だと思っていた)

小生は、11月初めに胃カメラを呑んで「たぶん癌だろう」と思い、告知の11月末までは、やや不安だったが、
癌とわかって、進行度合いの状況を聞く12月末までは、相当な不安だった。

「どこまで進行しているのだろうか?」「ひょっとして転移しているのでは…」
「食道がんは、リンパ節の近くだと言う」「ステージはどこまで…」「余命は…」
「店はどうするか」「新しい手は、今打つべきなのか?」「後継者は…」
等々、そんなことを考えながらの1ヶ月だった。
 

12月末報告「初期の第1ステージ。転移はない。化学療法か?外科的手術か?どちらを選択しますか?化学療法は時間がかかり、手術は3週間程度、根治度は、どちらも同じです」
ほっとした。安心した。酒盛りをした。

そして「外科的手術で一挙に根絶」を選択したが…
そのあと、しばらく立って「消化器センターのセンター長がお話があると言うので、一度お見えいただけませんか?」
今までにない不安がもたげてきた。
ひょっとして「手術はできないほど、転移している」「手術に自信がないので、他でやってくれ」「外科よりも化学療法がおすすめです」等々

”センター長のお話”というのは、結局臨床試験のデーター依頼、つまりサンプルだった。
消化器を手術すると消化器管が働かなくなる。そのために腸に直接栄養を入れて腸から吸収させるのだが、それの新しい商品をテストさせてほしい

と言うことだった。なんだ!そんなことはお易い御用だ。なんでももってこい。すべてOK
安心したのが、話をよく聞かないで了解したのだが…。これが問題だったかもしれない

術後3日目から、10日間、朝6時から夜の10時まで点滴である

     

これは口から入れるやつを直接腸にいれて栄養素を取るのだから、体重が減らない
手術前91kgだったのが、ベッドから出てきたら93kgになっていた。
この治験さえなければ、この後の様々なトラブルが起きなかったかもしれない。

とりあえず、この点滴のおかげで10日間、しっかりとベッドにくくりつけられていた。

小鳥のえさ

土鍋で玄米を1合だけ炊いてみた
湯豆腐用のちいさな土鍋である。

池波正太郎が、小説の中で「小鍋たて」と言い、
ちいさな土鍋に、さまざま魚介類や豆腐を入れて煮て肴として食べるのをまねて買った物である
このところ湯豆腐にちょうど良いので、最近は湯豆腐にしか利用していない
深さといい、大きさと良い、豆腐半丁を湯豆腐にしてゆっくりと2合やるのがちょうどいいのだ。(手術の前は…)

いつもは玄米を3合、南部鉄器の羽釜で炊く。
ふたの重しが鉄で、重さがちょうどいいと思っているからである
ところがそれで炊くと量ができる。

今、術後の食事を様々な人に聞いてみたら、おかゆで一食あたり100gだという
白米1合は、生米で150gである。これを炊飯すると300gとなる。
ところが玄米で二度炊きすると、はかってみたら600gとなった。
二度炊きするから水分を多く含むので、倍になるのだろうが…

しかし、これをおかゆにすると…また倍になるから…
つまり二度だきした玄米50gで、100gのおかゆができるらしい
(下の土鍋で炊いた玄米は、10食分です。トホホ)

50gの玄米おかゆと言うのは、つまり小鳥のえさだ

しかし、この程度にしておかないと、胃袋の用が足さない。
つまり消化仕切れないで、あふれてくるのである。

一体全体、いつになったら食事らしい食事がとれる物か?
腹一杯「食べて」「呑んで」、と言う生活が、したいものだ。

昼飯食い放題!

年末年始の大雪で、大量に倒れた松も…

このところの暖かさで、雪がだいぶ消え、激しくみっともなく、全容をあらわにされた。

市役所の道路管理課は、「雪が溶けたら…」と言う話になっているが
よく考えてみたら「4月でも…5月でも…雪が溶けたら」には、間違いがない
まして今年は除雪の予算を使い果たしたと言う情報が流れていたが…
とりあえず病体にむち打ってと思ったら、そこへ日本兵

「卒業間近で…時間があるので…。土手の整理でも…」

  

う〜ん気が利く

こちとらが病院であちこちを飛び跳ねている間に、目鼻がつくように…

「明日、弟と一緒にまたやりますから、大学は入学試験で立ち入り禁止なんで…」

日本兵ありがと!

昼飯食い放題!なんでも食べて良いぞ!

しかし、彼の仕事を見ていると、「体を使う」と言うことが様になっている。
つまり道具を使うのではなく、体を使って、うまく行くように道具をつかう
と言うやり方である

たぶん、彼のような体の使い方は、若い人に無理だろう
といっても、我々のような団塊の世代の頭でっかちにも無理かもしれない

う〜ん上手いものだ

今までにない感覚

夜、眠れない。
ある程度は、眠ることは可能なのだが…
まとまった眠りが得られない

睡眠薬を大量に飲めば、ある程度と言うか永久と言うか…
まとまった眠りが得られるだろうが…
そこまでは、必要ない。

もうちょっと、せめて5時間は、まとまったぐっすりとした眠りが欲しいのだが…

日中、少々歩いても、そんなに疲れるほどではない
もともと疲れるほど歩く、エネルギーがない

こういうときは、眠気を誘う満腹感を!
と思っても、今の状況では満腹感を得られるよりも、食べ過ぎで不快感を感じるだろう

そうだ。思い出した。
酒を飲んでみよう!

1月27日に入院だから、もう一ヶ月も呑んでいない。
ちょっとで良いんだ。ちょっとで…
すこし、頭がグラ〜ときたら、そのまま倒れ込んでしまえば…
心地よく,奥深く…奥深くへと、誘ってくれる。

「オーイ、酒!」

「食道がん」と宣告されたとき
医者は、即座に言った
「今日から、酒とタバコは厳禁です」

それを聞きながら、毎日、晩酌と一服は欠かさなかった。
「急に止めたら、体に悪い。ストレスが充満する」と…
 

以前、長寿村の研究で有名な栄養学者の鷹嘴テル先生が、言われたと言う
「先生、あれを食べるなこれを食べるなと言いますが、私たちはそれでは何を食べたら良いのでしょうか?」
先生は、はたと返答に困った。そこで「娯楽食」と言う言葉を生み出した
「心の栄養、娯楽食でバランスをとる」という考え方である

 

小生も心の栄養であるお酒は、止められない。
と思っていたが、なんと一ヶ月も呑まなくても…
呑みたいと言う気持ちも、あまりない。
タバコの場合は、ニコチン中毒で急激に止めることは難しいようだが
アル中になるには、まだまだ呑まないといけないようである。

で、心の栄養をとりあえず一杯

エツ!何これ!
あのとろりとした舌の感触が…
あの馥郁とした香りが…
単なるつーんとした舌を刺す感覚と
味が…ぼけた味が…

なんだ!これは…
酒が「不味い」なんて…
こんな感覚は、今までにない、感覚だ

酒とタバコと…

タバコが吸いたい
無性に吸いたい。

のどの渇きが少しはマシになるかも…
脳みそに薄く幕がかかっているような状態が、取れるかも…

何回、自動販売機の前に立っただろう
残念ながら「タスポ」をもっていない

レジに立ってコンビニの、姉ちゃんに
「マイルドセブン、6ミリ 1カートン」と言いそうになりながら
コンビニのすべての飴を,買ってみた

高校の頃、親父の「しんせい」が吸い始めで…
次は、近くの内藤商店で「ハイライト」を…
窓の外からポイポイ捨てていたら、それをおふくろに見つかり…

ようやく家を離れて、おおっぴらに…
浪人のときは下宿のばあさんに怒られ

そうだ学生時代は、寝たばこで布団を焼いてしまった
起きたら部屋中煙だらけで、
「どうやら布団が燃えているらしい」
寝ぼけた頭で、布団を片付けて部屋の隅に積み上げておいたら…
また、早朝に発火、しかたなく外に出しておいたら、跡形なく消えていた

そういえば社会人になっても寮で布団を焼いた
目が覚めたら、部屋中に煙りが充満。
学習機能がはたらき、即、外の鉄製の手すりにかけたら…
朝、手すりの布団をかけた部分だけ真っ黒になり、跡形もなく消えていた。

気に入ったネクタイ、スーツ、コートは、ほとんどが焼けこげが着いている

 

金を稼ぐようになったら、「ショートピース」に変わっていった
それもデスクワークのときは50本入りの「ピー缶」だった。
当時の事務の女の子は、大変だっただろう

そういえば禁煙したことも一度や二度ではない
その度に挫折の痛みを、心に刻んだ
一番長いので6ヶ月
それも酒場の一本で、パーになった
再開するとニコチンの量が減った
ショートピースからショートホープへ
セブンスターからマイルドセブンへ

 

肺がんを心配していたのに…食道がんだとは…
最初の開胸手術のときに、終わってから執刀医の主治医に聞いた
「肺がんを心配しているのですが…いかがでした?」
「肺はきれいだったよ。ただ血液がドロドロで…、やりにくかったよ!」
まあ、目視で見つかる訳ではないが、少し安心した物だ

あと3日で、禁煙1ヶ月だ
しかし酒は、そんなに苦労しなくて止めているのに…

酒は飲む場所も呑む時間もいろいろとある
タバコは…、だんだん場所もなくなり、時間もなくなった来る

保険と…

手術の全貌が、明らかになった。
と大げさに書いたが…
22日間の入院と手術の明細が届いた。

合計金額が約250万である
内訳
 手術料が120万
 麻酔料が 23万
 入院料が 44万
 その他

この250万が患者一部負担金額「15万」になってしまう
本来なら3割負担なのだが、高額療養費という制度で、どーんと安くなるのである

今までの2回の大手術で、学んだのである
「生命保険の特約は、いらない」と…

一回目手術(僧房弁閉鎖不全症)の保険料給付金が2倍になった。成人病特約が付いたのである
二回目の手術(胸部大動脈瘤)の保険料は、特約がつかなかった、
(胸部大動脈瘤の手術は、予防であって治療ではないという理由で…)
破裂したら即死なのに、若いKOボーイの所長は「予防の手術だ」と言う、そして

「金融庁に言われても大丈夫です。契約書に書いてあります」

若い頃から、せっせと系列と言うのでS生命のおばちゃんに言われるまま、積み上げた結果がこうである
結局、病院へ実際に支払った金額は10万にみたない。
つまり保険が入ろうが入るまいが、あまり関係ないのである
毎月積み上げた保険料の方が、高い、それよりも貯蓄していた方がマシである。

保険と言うのは、人の不安感に乗じて儲かる新興宗教のようなものである
とはいえ保険で儲かる方法もある。入った途端すぐ天国に召されることである

ところが、そうは問屋がおろさない。
保険をかけない良いやつは、早くに亡くなる…

やせたソクラテス

金曜日の午後、病院をでてきて、もう5日目である。
そもそも数値が良くなって今後の治療も先が見えて…出てきた訳ではない
最後に抜いたのが、栄養剤の点滴と血液をさらさらにする点滴、だった。
その二本の管が抜けたので脱出してきたのである。

しかし、なぜこんなに足下がふらふらするのだろか?
なぜ、こんなに疲れやすいのだろうか?
何と言ったって、気力がわいてこない。
今までの二回の手術と違う、
やはり60を超えた手術と50代の手術では、体力面でも違うのだろうか

 

しかし、今まで二回の開胸手術は、どちらかと言うと循環器系の手術である
心臓の僧房弁閉鎖不全症や、胸部大動脈瘤は、血液系の手術である

三度目の今回は、消化器系の手術で、これが一番つらかったような気がする

循環器系は人工心臓をつかったりバイパスの輸血をつかったり大掛かりだが
消化器系は、消化器の中を空にしておけば、それだけでいい(と思うのだが…)

ただ消化/吸収/排泄作用が、術後、旨く機能すればいいのである
その機能が旨く行くようにするのが大変なのかもしれない
エネルギーの源である、消化吸収が、なんせまだまだ小さいのであるから…

今回の手術は、腫瘍のある食道を切りのぞき、胃を加工して食道の代わりを作るという手術である
当然、胃が小さくなる。そのうちに伸びてくると言うが…
やはり消化器系の手術と言うことが、一番ダメージが大きいのかもしれない

 

ちょっとこいつは時間がかかりそうだ!
すこし、じっくりと攻めて仕掛けていかないと…

しかし、これで禁酒禁煙ができ、おまけにダイエットまで…
また10kg減量すると、睡眠時無呼吸症候群まで治ると言う。
ダイエットが成功すると、成人病の値がほとんど正常化すると言うおまけまでつく
しかし、禁煙はつらい、40年も続けてきた重度喫煙者である。
本当に、止められるのだろうか?
いつもいつも、頭がぼーっとしている。
一服すれば、スッキリするのだろうと、いつもいつも思うのだが…

さっそく体重が術前より、5kg減である
以前、5年前の手術でやせたウエストで購入したジーンズが、また入るようになった
あと一ヶ月もすれば、あと5kgは減るだろう

「太った豚よりやせたソクラテス」と言う言葉があったが…
やせたソクラテスに、少しは近づけそうだ

告知

「ご家族は?」と若い医者は、聞いてきた
”えっ、単なる結果を聞きに来たのに”と怪訝そうな顔をすると
医者は、察したのか…
「食道癌ですね」
11月26日の朝、消化器内科外来の診察室である

数ヶ月前からか、2〜3年前か…、胸焼けがする。
胸焼けというのか、飲み込むとじんわりと喉の奥が熱く痛む
”熱いのを飲み込んだせいか…”と思っていた。
食べ物を食べても、すこし痛む。
別に飲み込むときだけだから、そんなに気にはしなかったが…

 

10月14日に心臓外科の3ヶ月ごとの定期検診に行った
「どう調子は…」と40半ばの主治医は
「はい美味しくお酒も飲めますし…」というと主治医は笑った
「ただ、この頃少し喉の奥が食べる時に、胸焼けが…」
主治医は、一瞬顔を曇らしながら事務的に
「消化器内科を紹介するから…」と行って机に目を落とした
ひょとしてその時に、主治医は、気づいていたのかも知れない
  彼は、手術中も煙草を吸う医者だった。
  喫煙場所で時々会い、立ち話をしながら一緒に吸ったが、病院内が禁煙になってから止めた
  それから「止めた方がいいよ」と時々言っていた

その日の内に消化器内科へ行くと、40前後の若い医者は、問診票を見ながら
「胃カメラが混んでいてね…この症状は、食道炎か…」しばらく間をあけて
「食道癌ですね」という
問診票に、喫煙と飲酒の習慣を書き込む欄があり。”一日40本 毎日2合”と書いた
なんとなくぴんと来なかったのだが…
10月26日の胃カメラの予約を取って帰った

胃カメラを飲んだが、血液の流れを良くする薬を心臓外科から貰っているので
「患部の切除ができない、血液さらさらの薬を中止してから再度、胃カメラを…」と言いながら
「この部分に、なにか出来てますね」と写真を指さした。
”それなら、最初からやればいいモノを…”と思いながらも食道の中で、何かを吹き付けているのが分かる二回目の胃カメラを飲んだ

11月26日胃カメラの結果を聞きに言った
「ご家族は?」と若い医者は、聞いてきた
”えっ、単なる結果を聞きに来たのに”と怪訝そうな顔をすると
医者は、察したのか…
「食道癌ですね」
そして「『放射線か、手術か、抗がん剤治療をなのですが…まだ小さいですから,放射線で済むかも知れません」
とこちらを心配させまいという心遣いなのか。付け足した
「色々と検査が混んでいるので。日程を決めましょう。」
と言いながら日程を決めて行くと
「12月28日に検査の結果をお話しします。1月から治療を…」という
「今日は、この後、血液検査や心電図等の検査を…午前中一杯かかりますから…」

 

通常告知と言うのは、家族にあって、それから本人に伝えるかどうか?で悩むのだろうが…
今は違うらしい。
本人が家族にどう伝えるのか?悩むのが告知らしい

義兄が胃がんで苦しんで亡くなったときに、告知していなかった
義兄は、次があると期待して苦しみに耐えたのだろうが…

魔子さまは聞く「告知してほしい?」「当然だよ。残り時間を知りたい」と言ったものの
家族より先に本人が知ってしまうと言うのは、設定していない
人生、思う通りにいかないものである

ふじのやまい

「桑田佳祐が、サプライズで出ててきた」と、テレビが報じている
別にそれに、触発されたわけではないが…

ご無沙汰しているblogをちょっと再開してみる

なんせうるさいのだ。
「blogを書いていないが…収監されたのでは…」
「どうやら金沢の主婦殺しが…」
「いや童女誘拐の、ワイセツがらみで…」
「この前みたで…。留置所の雑居房で…」
「死んだんちゃうか?名須川町のお寺さんにでっかい看板がでとった」
「葬儀屋でバイトやっとんやが、この前のほとけさん、似とったで…」

てなわけでこの辺で一発blogを書いておかないと…
そのうちに「ソユーズに乗って宇宙で死んどる」という話になっているかもわからへん

冒頭に書いたように、桑田佳祐と同じ病気である
古くは、岡田真澄・藤田まこと・赤塚不二夫・岸田森・三笠宮・立川談志
最近では小澤征爾・鈴木宗男・桑田佳祐である
「食道癌」である。
テレビ流れているのは、小澤征爾や桑田佳祐の復活ぶりと…宗男の収監姿である
「今〜癌は、たいしたことはない」と言うイメージの画像である
だから食道癌や胃癌は、切ればいいと思っている人が多い
 
食道癌のビギナーとしては、小生もそう思っていたが…色々と調べてみた
 
食道はリンパに囲まれ,転移しやすい
年間1万人の死亡数である
どうやら手強いようである
 
それで「早期の癌を切った」訳である
と言って「切りました。切りました」と言って歩くほどではない
この辺が微妙なところである
昔の金融機関や商社なら、代表者がそんな病気になると、後継者がいなければ『即取引停止』である
「不治のやまい」という分類に入るのだろう
 
という訳で、黙って地下へ潜っていた訳でもないが…退院して3日目である。
健康になって退院した訳ではなくて、数値がよくなりスパゲティ症候群から解放されたので、一刻も早く出てきたのである
 
やはり娑婆はいい、娑婆は…。約1ヶ月ぶりの娑婆である
生きている、と言う事が、身体全体を包んでいる感じがする
冷たい空気も、暖かい空気も、見るモノ、見えるモノ、五感で感じるモノ全てが…
病院は、病気は治すけど、病人は治さない
無機質な室内と…、あのムッする人工的な清潔というよどんだ空気。
生きていると言うことは、やはり「猥雑なのだ」と言う事なのだ
 
 
退院したあと、見舞い持って病院に行った、と言う人もいるらしい
なんと律儀なことよ
誰にも言わないのに、どこから聞きつけて出かけたのか?
ひょっとして「癌」ときき、「お見舞い」を「香典」と間違えたのではないだろうか?
そのうちに「定期割引付き香典債」を販売しなければ…
(これはサブプライムローンに継ぐ日本人向け金融商品の秘密兵器である=まだ内緒だ)
そんな訳で、香典もお見舞いも、もう不要になった。
まぁ手ぶらで、ぶらぶらと暇つぶしに、お店にお出でください
 
ところで今。一番困っているのは、「売上だ」
二番目が「食欲」である
 
「全粥100g」と言うのが問題である
通常なら「○○○キロカロリー」表示なのだが…
退院間際に医者が「タンパク質をこまめに食べなさいよ。こまめに…」と言っていたのを思い出す
 
ようするに胃袋に100gしか入らないのである
それ以上食べると消化不良で吐く。
と言って足りないと、カロリーが不足して動けない
つまり、100gで高カロリーのモノを、よくかみ砕いて唾液の分泌を促して、食べろ
と言う事なのである
それを続ければ、元のように戻れると言う事らしい
(元に戻りたくはないが…せっかくつらい目をしているのだから、少しは残存効果がないと…)
 
しかし、これは難問だ
飯はワシワシ食べて、から茶碗を天に向け、「お代わり」と叫ぶが王道である
それを、ちまちまとグニャグニャ、グチャグチャと噛んで、液体にして呑みこめだと
お代わりはするな、小分けにして何回も食べろと言う
何回も食べるのは嬉しいが… 小分けはいやだ!

月別アーカイブ : 2011年2月

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