決算が終わった。
と言うよりも、税理士から怒られる時間が過ぎた、と言うべきか
売上が減り、利益も減った
よく考えてみたら昨年は「春は冷たく、夏は暑く、実りの秋にモノが出てこない」と言う一年だった。
春の冷え込みで野菜苗や花壇苗は、成育が遅れ、売るタイミングを逃した。
あの酷暑の夏に、客は出歩かない。またあの暑さでは、食欲もなく、火を使って料理しようという気もおこらないだろう
そして出来秋。林檎の贈答用が全くと言って良いほど出てこない。売り玉がないのだ。
一年間、手の打ちようがない気象条件と販売環境だった。

昔、商社にいた時分によく言われた
「”売れない”という言い訳はするな。売れている会社があれば、そこよりも努力が足りないのだ」とよく言われた
商社というのは、売る仕事である。
とりあえず売り玉を求めて…客の要望に添って…と言う事で売上を上げていく
売り玉が無かったら作る。買う客を探して売る。売れない在庫を売る。
地域を限定しない。商品も限定しない。売れれば良いのだ。

ところが店舗を構えた八百屋は、地域が限定される。遠くからわざわざ買いに来ない
八百屋に電気冷蔵庫を並べても、客は求めないそして商品は、一日一日と悪くなる。
以前は街に八百屋が一軒だけあったが、今は量販店ができ、大規模駐車場がある大型ショッピングモールができた。
30万人の盛岡で、30万個の胃袋に入る量しか売れないのに、それ以上に店と商品が並んだ。
競争である。

その競争に勝てなければ、生き残れない。
勝つためには、品揃えをよくして値段を安くする。お客は喜ぶが、農家は泣くし、店も利益が上がらない
資本力のある量販店は耐えられるが、個人商店では限界がある。
結局、八百屋がつぶれ大規模店だけ残り、そこまで行けない生活弱者が困る。
ドイツでは、生鮮品は、毎日のモノだから、「歩いて買いに行けない所へ店を出しては行けない」と言う法律が出来たと言う

便利に安くて効率的な買い物が出来るという仕組みは、結局、不便な生活を強いられる
と言って目先の事しか考えられない消費者を責めることは出来ない
地域とは何か?地域で快適に暮らすには…

先日、過疎化した集落で、お店をみんなで作ったと言う番組があった
一方、インターネットでその日のうちに入手出来るというシステムも紹介された
生きていくシステムは作れるが、暮らしていく地域は守らないと行けない

しかし、暮らしを守るために、目先の競争に勝たなければいけない(泣)