ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

深窓の令嬢

「さわのはな」は、若乃花の弟である。というのは嘘。
「幻の米」と呼ばれている、と言うよりも山形でそう呼んでいる「米」である

その「幻の米」を”淳”から貰った。
その貰った真室川産の「さわのはな」を炊いた。

やはりササニシキ系だ。旨いというか。なんだろう。
自分を主張しない、そんな感じだ
しとやかな美味しさと言うか、寄り添ってくる美味しさというか?
ようするに、その辺にいくらでもいる、出しゃばってくる女ではなく…
深層の奥深く”じっと耐えて待つ”という感じの女だ…

いや女の話ではなく,米の話だ。(汗)

そういえば、「さわのはな」を食べたこともある。何時、だっただろう?

ササニシキの前の山形の奨励品種だという。
ササニシキが出てきて、廃れてしまった。と言う
ササニシキが生産量が多く、作りやすいと言う事だったのだろう

たぶん…想うのだが…
「米」という商品は、買いたたかれるのだろう
「さわのはな」という商品は。付加価値がつくのだろう

そういえば新潟では誰も

「うちの米は…」とはいわない
「うちのコシは…」と言う

当たって欲しい人

ドォ〜ンンンンン

キャァ〜〜〜〜〜〜〜

外からの大きな音、店内の切り裂く悲鳴とともに落ちた。

暖かい日だ。ツララから水がしたたり落ちている。

ひょっとして今日は…と思ったら

午後2時30分

 

しかし、こんな氷の塊が、無駄に落ちた

落ちて欲しい人の所には、落ちないモノである
誰とは言わぬが…誰とは…(冷汗)

当たって欲しい宝くじが当たらないように…

平成の開国

施政方針演説のニュースをみた
やはりこの人は、器ではないのだろう
ぎゃんぎゃん攻める人なのだろう

どこへ行くのだろう日本は。
たぶん相当暮らしにくくなるのではないか?

そんな想いで、TPPの話を聞いた。
しかし、議論が盛んだが、その本質が語られることがない
マスゴミも雰囲気で流れているような気がするが…

中野剛志のトロイの木馬を読んだ

TPPで日本農業は滅びる。しかし、農家は滅びない
自分で食べる分だけ作って行けば良いのだから
困るのは都市住民である。
農家とつながりのない人である。

困らないか?中国産が一杯あるから…

いや中国も、大豆も玉蜀黍も輸入禁止に…
オーストラリアは、大洪水だと言っている
アメリカ中部は、水不足で…

逆立ちしながらパンツを…

「何を着ていこうか?」
大体が作業服しか持っていないのに…

昼間のホテルのパーティというのは困る
昼間の公民館のパーティならジーパンで良い
夜のホテルのバーだったらジャンパーで良い
昼間のホテルのトイレだったら、作業服ですますことができるが…

吉成信夫の出版記念パーティは、大勢の人が集まった。
12:30スタートは、昼食時間に合わせてくれたのだろうか?
それとも自分たちが明るいうちに帰りたいという時間なのだろうか?

盛岡から片道1時間30の所に「森と風の学校」がある
代表の吉成信夫の「ハコモノは変えられる」出版記念パーティである。
当時の増田知事から要請を受けて県立児童館「子どもの森」館長に就任した顛末の本である(まだ読んでいない)

10数年前だろうか?
「東山町に変な男がいる」とあちこちから話を聞いた。
岩手の県南部であるから、行ったことがないが宮沢賢治の関係する石灰の鉱山があるという町だ
その町で宮沢賢治の記念館を作るときの話だ。一騒動あったらしい。

その彼の奥さんと始めて出会ったのは、花巻でのある会合だった
彼女も、こちらを知っていたらしい
「盛岡に変な男がいる」と…

変な男と変な夫婦との関係が、そんな形で始まったが…
別に一緒に仕事をした訳ではない
ただお互いを、認め合って、近づかないで、離れないで、という関係である
だから線を引かないで、様々なことを話し合える
多分本の中身は、色々と聞いたことが、当時は公に出来ないことが、書いてあるのだろう

しかし、多彩なひとが集まった

岩手に縁のない東京の男と長崎の女がきて、これだけの関係が作れたというのは、本人達の努力もさることながら増田知事の英断もあったのだろう
増田県政の評価がいろいろとあるが、彼を民間から抜擢したというのは、唯一の功績か?

そしてその彼が、子どもの森の館長を去るというのは、行政の一貫性のなさなのだろう
まぁ彼は、しがみつく様な人間ではないだろうから、この人脈を使って、次の一手を打ってくるだろう

楽しみである

昼間のパーティは、酒が呑めない。車できている。帰ってから仕事がある。
仕方がないので、食べ物を皿に大盛にして頬張っていると、様々な人が話しかけてくる。
声帯麻痺にはこれがつらい。口の食べ物が飛び出ていくのだ
喧噪の中で口の中にモノを入れて、大声で話すという芸当は、逆立ちをしながらパンツをはくようなモノだ(?)

話しかけられないように、そーっと席を外した。

しっかり聞こう

メールが来た。
「東北農家の二月セミナー」の仲間、福島会津の五十嵐からだ。
一回目は聞き逃した。二回目は呑みすぎた。三回目はメモを取りながら聞いたので、内容は覚えていない(泣)
四回目は、しっかりと聞こう!
しかし、何回聞いても同じ話なのだが、いつも気がつくところが違う
人間というのは自分の問題意識で、他人の話を聞くモノだ。
同じ話でも違うように聞こえる。

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本日、内山さんの番組が放送されます。

農文協の『田舎の本屋さん通信』(メルマガ)1月14日号より
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◇内山節さん 4回にわたって ラジオで語る「山村から見える風景」
[放送]NHKラジオ第2放送「NHK日曜カルチャーラジオ」
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毎週日曜20:00−21:00 
2011年1月放送予定
1/9:村の自由、都市の自由 —自然・共同体とともに生きる意味
1/16:伝統社会と街道 —地域における交流の意味
1/23:農のある世界 —農業とは何なのか
1/30:戦後史の転換期のなかで —自然と結ぶ、他者と結ぶ
http://www.nhk.or.jp/r2bunka/ch07/index.html


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人参の苗ください

「培土」と略して言うが、普通は「培養土」という
ようするに種を蒔くときに使う土である

種を畑に蒔けば、そのままおがる(”成長する”という方言)と思っている人がほとんどだろうが…
直接、種を畑に蒔く品種は、少ない。

以前子ども連れた若いお母さんが
「すいません。人参の苗を欲しいのですが…」
「うん?」
「子どもが学校の夏休みの宿題で人参を育てたいというので…」
「学校の先生に言われたの?」
「えぇ〜」

人参や大根は、直下根の伸びが早いので苗箱から突き出てしまう
だから直接。畑に蒔くのである。


多くの農家は、たいていのものは一度培養土に撒いて、苗を育てて移植をする。
なぜそんなテマヒマをかけるのか?「直接、蒔けば…」と思う人が多いだろう
苗袋に発芽率というのが書いてある、だいたい85%なのだが…
85%しか発芽を保証しないのである。それも発芽したからと言って成長がよい良い苗が出来るとは限らない
そうすると畑の面積を有効に利用できない
また初期成育(種が発芽して本葉を展開するまで)の栄養分と、それからの栄養素が違う
もう一つは、直接蒔くと雑草と一緒に成育して、作物か雑草か、見分けが付かなくなる

そんなこんなで、種は出来るだけ培養土で苗を作り、良い苗を選別して畑に植える
ようするに子どもを育てるのと一緒である
赤ん坊の時から白米を食べさせないだろう。
おっぱいから、離乳食、そして通常のご飯。
直接蒔くと言うのは、赤ん坊の時から酒を呑ますようなモノである
どんなガキに成長するか。(小生のことではない…と思う(汗)

 

そんな培養土をつくっている会社を見学した
土づくり研究会の視察研修である

稲・野菜・花の三種類の培養土を研究して作っている会社「三研ソイル」である
稲でも稚苗・中苗・成苗や育てる大きさ、そして苗箱の形状によって何種類もつくり、野菜などは品種別に様々ある

そりゃーそうだ。トマトと葱では、初期の栄養も、成育も違うのだから…

そんな話の中、驚いたのは1.5トンの土に10kgの肥料を均一に混ぜ合わせると言う。
どこをとっても同じ肥料成分が入っていないとクレームになると言う
それは大変だ。

通気性や保水性のために混ぜ合わせるピートモスはカナダ産、バーミキューライトは南アフリカと中国産だという
それも中国のバーミキューライトは産地の新京が、軍事施設に近づいたからと言って生産停止、輸出が出来なくなったという
円高が言われているが、どんどん原材料が高くなり、円高でも追いつかないと言う
そこで日本古来の炭の利用を研究しているという

こんな岩手の片田舎で、それも地に着いた農業の資材が、グローバル経済の影響をもろに受けているのである
これで日本農業は続けられるのか?

アムールの先

レジの裏の作業室で昼食を待っていると…
「あの〜仕入担当者に会いたいのですが…」
という声が聞こえる

飛び込みのセールスのようであるが、大体飛び込みは、ろくなセールスがこない
電子看板屋とか、広告関係がほとんどである

そのセールスは違っていた。
「お客様から手前どもへ、”こんな商品をちいさな野菜畑に置いて欲しい”と匿名の投書があったモノで…」
と言いながらカバンからモヤシを取り出した。

”豆が大きい”
これは豆を食うモヤシだ

だいたいモヤシは、ほとんどが安売りの商材であり、金がないときに食べるものと思っている人がほとんどである
しかし、こんな話がある。(明治期における脚気の歴史」より

人のビタミンC貯蔵量は2〜3グラム程度にすぎず、補給がなければ数ケ月でビタミンC欠乏におちいっていく。旅順においても、明治37年8月頃より壊血病患者 が増加し11月、12月にはその極に達した。開城の前後に及んでは、全要塞がほとんど壊血病患者という有様であった。明治38年1月2日旅順開城時のロシア 軍傷病者は約1万7千人で、そのうち9千人以上が壊血病患者であった。また、全患者の約90パーセントは壊血病を併発していた。
 しかし、大豆は 十分貯蔵されていたといわれる。大豆自身にはビタミンCはゼロであるが、モヤシにすれば100グラム当り25ミリグラムのビタミンCが出現する。壊血病の 防止には十分役立ったはずである。せっかく大豆をもちながら、モヤシとして利用することを知らなかったのである。
 麦飯によって中途で脚気流行を抑えこんだ日本側に対し、大豆をもちながら壊血病を助長させたロシア側は不運であったといわざるを得ない。ビタミン学的にみれば、日露戦争は脚気と壊血病の戦いとみられなくもなかった。
「旅順開城時大量の大豆が貯蔵されていた。日本軍だったらモヤシを作り壊血病患者を発生させなかったはずだ。」

もやしは日露戦争の功労者であり、ビタミンCの宝庫なのである
そんなモヤシが、単なる安売りの商材になっているのは、可哀想ではないか?と”もやしっ子”の入道は立ち上がった。(訳ではない)
ほとんどのモヤシは「緑豆モヤシ」と呼ばれ、中国産の緑豆という大豆である。それを輸入して国内で栽培する。
栽培と言ってもオートメーションされて、1週間や10日でできる。
種は海外産でも、国内で生産するから表示は「国産」という表示になる
北朝鮮のシジミを。日本の海に漬けておいて「国産」と表示するようなモノである

しかし、このセールスが持って来たのは、岩手産のナンブシロメ大豆だという
通常の緑豆大豆と違い、栽培温度・栽培期間が違うのでオートメーション化出来ない。
そこで、特別なムロで栽培し手で袋詰めしているという
手がかかっているから高い。それが問題だ

「どこで売っているの?」
「○○○と…△△△と…×××と…ところが単に並べているので、余り売れないです、説得商品なので、こちらのような対面販売が売れるだろうと思って…」
ムラムラと挑戦意欲が高まった。
「売れない物を売るのが営業だ」と昔、教えられたことがある「売れる物を売るのは女子どもの仕事だ」とも…
(女性の皆さん!小生が言っているのではありません。昔の大阪の先輩が言っているのです。文句があるならそっちへ言ってください(汗)

さて、どうして売ろうか?
そこへ”ひこ”がやってきた。
「これは、ナムルですよ。ナムル!」と言う。
う〜ん、ナムルか〜?  アムールの先だな(意味不明?)

畝栽培と鍬

  

GRAPHICATIONという小冊子がある。富士ゼロックスが発行している冊子だ
「ときどき内山節さんの雉が載ってる。申し込めば、無料で送ってくれるよ」
とタイマグラの澄川さんが教えてくれた

「タイマグラとはなんだ」と言う人がいるが、岩手では有名な地名である
アイヌ語で「盛の奥へ続く道」という意味らしい。
山奥である。どんなに山奥か?と言うと
水道が、源泉掛け流しである。
常時、台所の水道が流れている。
都会の人は、もったいないと思うだろうが…
沢水を直接引いているから、止めようがない
そんな山奥である

そんなタイマグラの澄川さんが教えてくれた「GRAPHICATION]
冊子の中にも表紙にも全く広告がない。企業が作っているのに…
最後に「発行 富士ゼロックス株式会社」とだけある
ちいさなコーナーまで隅々と利用して宣伝している某企業とは雲泥の差、月とすっぽんである。
こういう企業を応援したいモノだ

月に一回届く冊子を、いつもペラペラめくるのだが…
ふと目にとまったのが「農業」という文字
バタバタしていたのでサラーっと読んだのだが

西洋の近代化は、中国から移入された農法によってもたらされた
それは「畝栽培」と「鍬の使用」である
中国では畝をたてて、種を蒔くと言う農業は、紀元6世紀に始まっていた
それを西洋がマネをして始めたのが18世紀だという

中国では、風が通りやすくする。根が絡まないので成長を妨げないから畝をたてて栽培することを発明(?)した。
それに鍬(くわ)で除草をし、また鋤(すき)を作って牛馬に農耕させ、乾燥して固い土地や重くて水分の多い土地も耕作可能にした
それを十八世紀に導入した西洋は、食糧を増産し人口が増え、技術や芸術に余力をさくことが出来てルネサンス・大航海・宗教革命・科学革命・産業革命へと西洋の近代化に大きな役割を果たした。

畝をたてるのは、過湿の土壌で栽培するときに高い畝をたてて水が上がらないように…と教わったが、収量を上げるという意味もあったのだ。
なるほど西洋はそれを利用して、人口を増やし近代化が成し遂げられたのか?
しかし、この話は、もう一歩進んで…

中国は古代・中世において西洋を追い越していたのに、なぜ中国は抜かれたのか?
西洋の封建制は下級の助けを借りて成り立っていたが、中国は上意下達の官僚制度で科学の発展を阻害する役割しかはたさなかった。
という見方もあるが、
中国は自然環境がゆたかなために現象をそのまま受けいれ原因を解明しなかった。
西洋近代科学は、自然の征服という発想から抜けきれない
自然と対立する西洋的な発想の反省が迫られている時代、西洋の知とアジアの知を結合する時代、文明の転換期にさしかかっている。

と結んである
ここにも和辻哲郎の風土論が表れてきている
風土の違いが根本的に発想まで違い、その違いを認め合うことが必要なのだと

女は冷たい

つららです。つらら。ツララ。漢字で「氷柱」と書くらしい。
なんで「つらら」なのかというと
wikipediaによると
語源は「つらつら」の転といい、古来は氷など表面がつるつるし光沢のあるものを呼んでいたとされる。古くは「たるひ(垂氷)」と言った。この言葉は東北地方方言の「たろひ」などに残っている。

そういえば「たろひ滝占い」と言って、滝のつららで豊凶を占う神事が石鳥谷であったと思うが…

「金が貯まるように」とつららを放っておいたら。こんなになってしまった。

   

つららを落とすべきか?割るべきか?

ツララにまつわる民話が多々あるという

「つらら女」と言うらしい
独身の男が、自分の家の軒下にぶら下がったつららを見つつ「このつららのように美しい妻が欲しい」と嘆いていると、その願いの通り美しい女が現れ、妻にして欲しいと願う。この女はつららの化身だったのだが、その顛末には諸説ある。

その1 – 女は男と夫婦になったが、なぜか風呂に入るのを嫌がった。男は無理に勧めて入浴させたが、女は一向に上がってこない。心配した男が風呂を覗くと、女の姿はなく、湯船に氷の欠片がわずかに浮かんでいた
その2 – 大雪の夜、とある夫婦の家を1人の女が訪ね、宿を借りたいと頼んだ。夫婦は快く承知した。そのまま雪で外出もままならない日々が続き、女はその家に泊まり続けた。夫婦は気を利かせて風呂を沸かしたが、女はなかなか入らない。しかし夫婦の勧めを断りきれず、女は悲しげに入浴した。ところが女は一向に上がってこない。心配した夫婦が風呂を覗くと、女の姿はなく、天井から1本のつららがぶら下がっていた
その3-急にやって来た女は男と結婚したものの、春になると、女は姿を消してしまった。男は女に逃げられたものと思い悲しんだが、その年の内に別の女と再婚した。そして冬。男のもとへ、あの女がまた現れた。男が再婚したことを知った女は怒りのあまり、つららに姿を変えて男を刺し殺してしまった
その4-すが女房 結婚祝いの席でのこと。女が酒の燗をつけに台所に行ったが、なかなか戻らない。待ちきれない男が台所に行くと女の姿はなく、水浸しの着物があった。つららの化身の女は、台所の火の熱で溶けてしまったのである
その5-かねこおり女房 – 急にやって来た女は男と結婚したものの、春になると、女は姿を消してしまった。男は女に逃げられたものと思い悲しんだが、独り暮しの不便さに耐え切れず、別の女と再婚した。そして冬。軒下に大きなつららがぶら下がっていた。男は通行に邪魔といって、つららを叩き落した。家の中にいた妻が、男の悲鳴を聞いた。驚いて外へ出ると、男はつららに首を貫かれて死んでいた
なぜツララは、女なのだ。やはり女は、昔から冷たいのだろうか?60年の生涯で、女にあたたかくされた覚えがない(泣)

農業問題研究会

結城登美雄は、ここ10年前ぐらいから知った。
民族研究家という肩書きである
民俗学者宮本常一を「先生だ」という

遠野物語の柳田国男は御用学者だという人がいる
それにいたいして、宮本常一は在野の民俗学者だと言う

民俗学はあまり興味はなかったが…
なんかの拍子で、宮本常一の本を読んだ。
はまった、
何冊か本を持っている。まだ読み切れていない。
なんせ書いた本の数量が膨大なのだ
全国を歩いて旅して回り、古老の話を聞き文章に現したモノだ
彼は、ノートもメモもとらず、話を聞き、帰ってから、その言葉を一字一句違えないで、記録したという
目の前でノートを広げたり、書いたりすると「語る人が構える」からと言う。
ものすごい記憶力である
明治生まれで昭和50年代まで生存していた。

その宮本常一を師と仰ぐと言う結城登美雄
噂は聞き、何回かすれ違ってはいるが、彼の話は聞いたことがない
彼の書いた本は、一冊持っているが

その彼を、基調講演の講師として佐藤政行種苗の農業問題研究会が呼んだ。

  

佐藤政行種苗は、平成7年から毎年冬に農業問題研究会を開催している
農家を集めて、メーカーや商社に自分の農業の問題点を個別に聞けるという目的であるが…
展示即売会と個別テーマの分科会、基調講演会。そして大交流会を温泉で行う
農家はどちらかというと資材を安く買えるのと、宴会が楽しみのようである。

冬で店はヒマとは言え、日常の作業はいつもある。
それに宴会は苦手である。声が出ないので隣の人に声をかけられても、話が通じない
仕方がないので黙々と呑むハメになる
そんなわけでここ数年、参加したことはない
今年は、基調講演の講師が結城登美雄だということで

「いちどしっかり聞いてみよう」と出かけた

月別アーカイブ : 2011年1月

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