正月に餅は欠かせない。
しかし、最近は売れ行きが悪くなってきた

食べる量が少なくなってきたのか?
作っているサンファームの若奥さんは
「年々、生産量が減って…」と言いながら顔をしかめた

昔は、と言ってもそんなに昔ではない
富士進君が、バイクに乗っていたころである(これは、若い人は知らない)

餅は、ごちそうだった。
正月にしか食べることができなくて。餅つきは一家総出の行事だった
ふかふかに蒸かした餅米を掌にのせて貰って、フウフウ言いながら、独特の香ばしい香りとともに口に放り込んだ
つきたてのやわらかい餅を、醤油をかけて食べ、納豆をかけて食べた

仙台の正月は、餅づくしだった
年末は、ついた餅を固めてから切る。この仕事が役目だったが、固くてなかなか切れなかった
身体の重みを包丁に乗せて切るのだが、子どもの体重ではなかなか切れない
「体重が欲しい」といつも思っていたが…
今は、いらない、かえって、誰かにあげたいぐらいだ。
誰か!いらんか?

元旦に、切った餅を火鉢で焼くのも子どもの役目だった。
仙台では… いや、うちの習わしか?
焼いた餅を雑煮の汁に入れ柔らかくし、それを取り出し
あんこや胡麻、胡桃や納豆をかけ、たらふく食べた後、餅の入っていない具だくさんの雑煮を食べた
毎年。20個は食べていたと思う
おかげでもち肌になった。是非、若い女性に沢山食べて欲しいと思う
歳を召された女性も、もちもちのシワになります(?)

当時冷蔵庫もなく、当然暖房なんて言うのはセントラルヒーティングで…
(部屋の中央に炬燵、もしくは火鉢のセントラル ヒーディング)
餅はすぐ青カビが生えた。それを、包丁でそぎ落とし、水を張った瓶に入れる
水餅である。
ちょっとカビ臭いけれど、それはそれは美味しいおやつだった

今は、カビが生えた!とクレームが付く
「鏡餅を、寒い玄関に置いてあったのに…」
というが、高断熱高気密の玄関は、15度以上ある。昔に比べたら…
カビは15度以上で生える。生えない餅もある
それは餅とは言えない。防かびの保存料を添加した餅もどきである
カビを生える餅を食べようというキャンペーンを張りたい気分だ

また、海外から餅粉を輸入して「もち」を作っているメーカーもある
これはすぐわかる、「茹でると溶ける」のである。
しかし、外観ではわからない

そんなこんなで、安い餅が横行し、きねつき餅がうれない
それに「きねつき」という言葉もわからない人が、多くなってきた

「きねつき」というのは「きつねが、つっつくほど美味しい餅」と思っている人が多い
嘆かわしい時代だ。