「”アスナタの殻”って、なんだ?」
と魔子様に聞く

「そうなのよ!なんだか訳のわからないものが…一杯出てくるの?
 この前なんか、”煎じて飲むものです”と言ったら、蚊をいぶすときに燃やすモノだったらしいわ。
 冷や汗ものよ!」

    

     

沿岸部の田野畑村、熊谷圭徳である。

熊谷家は代々林業家であるが、昭和四十年代に山地酪農の提唱者猶原先生の話に共鳴し、現家長である熊谷隆幸が山地酪農を始め、現在は長男の熊谷宗矩が山地酪農を受け継いでいる
山形の金山町の栗田和則さんは「農林家」と称している
そういう言い方で言えば「酪林家」というのだろうか?
といっても林業の方は祖父が一生懸命だったが、祖父が年老い、亡くなってからあまり手が入っていない

弟の圭徳は、東京の大学の林業科をでて、会社勤めをしていたが、数年前に戻ってきた
長男の宗矩は「帰ってきて、ぶらぶらしてるんですよ、ぶらぶら…」と苦虫をつぶしたように言っていたが、
「今に、助けられるから、ぶらぶらさせておくのだ」
「そうですかぁ〜」とあのでかい声で、明るく返事をしていたが…

山は宝物である。
途切れることのない、エネルギーの塊である

石油は、産業として150年の歴史をもつ
そして今、ピークオイルを迎えたと言われる
たった150年でほぼ、使い尽くさなくても先が見えたと言う事であろうか?
これがオイルサンドが採算に合う科学技術の開発が…
海底の石油を利用できれば…
とか仮定の話をする人がおり
やはり原発だ!原発を推進しなければ…
と危険を先送りしながら、目先の利益に走る人がおり
また自然エネルギーとはいえ、まだ解決しないと行けない問題が山ほどある

その点、山は、ほっとけば30年で雑木が繰り返し再生され、永遠のエネルギーとして利用できる
おまけに、春には山菜、秋にはキノコという食糧や、薬草まで採れる。
なんと言っても山を利用して生き延びてきた実績の歴史がある

哲学者の内山節さんが「江戸時代には”山上がり”という風習があった」という
借金を背負った一家は、山に上がり生活をする。味噌だけは持たせる
一家は、木を伐り小屋を建て、小動物や山菜を食べて生きながらえ、その間主人は江戸に稼ぎに出る
金を貯め、戻ってくると、山から家族を呼び寄せる。
山に上がれば、生きていくことが出来たのである

今、山に上がって生きていく事が出来る人がいるだろうか?
木を伐るにしても、鋸も鉈も使えない。
今の大工は、電動ノコギリと電気カンナやドリルで家を建てる
木を見て、板がわからない学者も居るという
板を見て、木が思い浮かばない建築家も居るという
まして食べてはいけないものを食べる人々が居る
動物でも分かるのに…
その山にいる小動物を獲る技さえ持たない

結局、たった100年で我々は山で生きていく術を忘れてしまったのである
石油文明と貨幣経済の便利な世の中で…
これで良いのか?と思うのは、小生だけだろうか?

山を利用して生きていく技を、是非熊谷圭徳は再現して欲しいと思っているのだが…
先日両親が来た
「圭徳は山に、毎日入って…
先日はミズを採っていたら、熊に出会って、追い払ったら、又出てきて…又追い払ったが、気味が悪くて戻ってきた」

注:冒頭の「アスナタ」は「アスナロ」を読み違えたようです
ヒバのことを言いますが…何に利用するか…枕の材料のようなことが…
だれか分かる人は、教えてください