森のそば屋は、平成4年に立ち上がった
山奥の蕎麦屋である。どれくらい山奥かというと盛岡から70kmも奥へ入る葛巻という町にある
昔は林業の町であり、今はワインとミルクの里というが…人口よりも牛が多いというのが売りである
そんな葛巻の町外れに、数戸の集落の中にある。
イメージとしては、森の中にある蕎麦屋だが、森の中ではない
街道から2〜300m入ったところにある
そばには、かつて江刈川分校だった「赤い屋根の分校」がある。もう何年も前に閉校した。

 

ちいさな野菜畑は、平成7年にオープンした。
そのときには、もう「森のそば屋」は、有名になっていた
あちこちのイベントに参加し、パネラーとして高家さんの奥さんが参加していた
最初に出会ったのは、産業文化センターで行われたイベントのシンポジウムだったような気がする
舞台には高家さんの奥さんがパネラーとして並び、小生は当然、客席にすわっていた
「へぇ〜すばらしい集落だ。すばらしい地域づくりだ!」と感心して聞いたような覚えがある

       

その後、「みち草の驛」という産直を立ち上げた
”次から次へと、何という夫婦なのだ。出来たらお知り合いになり、教えを請いたいものだ”
と思って、何かの案内を出した(何の案内だったか忘れた)
そこで高家さん夫妻が連れだって。当時テントハウスだった当店にやってきた
それ以来の付き合いだから、もう10年以上になるだろうか?

産直経営の問題、集落の問題、町役場の問題、家族の問題、様々な問題を
「開けっぴろげでブレーキの利かない奥さん(高家さん談)」が速射砲のようにしゃべり
高家さんは、そばで聞いて。時折ポツリポツリとしゃべるが、実際は深く考え、次から次へ実行をする
そんな仲の良い、尊敬し合う夫婦である。

ところが夫婦は公務員の夫婦である
公務員は、副業が禁止されている。
「副業しているのではないか?」と言うパッシングが相当あったときく
(実際は資金提供の出資であり、それも赤字補填の持ち出しであるが)
そのパッシングを乗り越えて、もう20年近くになる。
そしてようやく定年を迎えて、これから堂々と…という矢先にリーマンショックによる不況である
人生とは、まったくうまくいかない物である

しかし、これは事業だろうか?
確かに物を売るという商売ではあるが…
観光とは縁遠いなにもない集落に、客を呼び、物を売り、収益を上げて地域の人に還元する
経済社会から見放された、効率とは無縁の田舎に、金をもたらす
今の社会では、役に立たないという高齢化された人々に生き甲斐をもたせ
故郷で生きていく事を確かな物にしていく

先日、無職の若い人と話をした
「これから勤める先が、みつかる可能性が有ると思うか?」
「まったくありません」」ときっぱりと言っていた
都会へでれば、何らかの仕事で幾ばくか稼げると言う事もあるだろうが…
それもグローバル化によって、将来も確かなものではない
若い人でも勤めて金を稼ぐと言うのが、不確かな状況になっている
まして、地方の田舎で最後を迎える高齢者は…

ひょっとして森のそば屋は、「雇用の創造」という、とてつもないことをやっているのではないだろうか?
「政治は。税金の公平な再分配」という。
ここべ分配しないで、いざといったら逃げ出す誘致企業に優遇措置をする行政が情けない
故郷に住む人々は、逃げ出すことが出来ない。
これを応援しないで、何を応援するのだろう、
水車のように、故郷が永遠に回り続けて行くために…