眠い目をこすりながら、テレビを見ていた
「奇跡のコメ」を作る人の番組だという

そういえば「奇跡のりんご」を作り出す人も話題になっている
「奇跡」「奇跡」と言うが、”常識では起こりえない”と言う意味であるから、本当にまれでないと、いけないはずだが…

「林檎は無農薬栽培は難しい。」と言う常識がある。
小生が農業の世界に入ったときには(20年前)それが当たり前だったが…
しかし日本で林檎を栽培し始めた当時は(100年前)、化学合成農薬など無かったから、無農薬が当たり前だったのだろう
それが、どんどん品種改良によって、糖度の高い林檎が作られ、大きな林檎が作られるようになってきた
(消費者ニーズに合った品種改良である。いや流通のニーズか?)
当然糖度が高くなれば、虫が寄るし、菌もつく。虫だって甘いのが好きなのだ
だから必然的に農薬を必要とする。
大きな果実を採ろうとして摘花をして摘果をする。そうすると少なくなった果実に虫が集中する
そこで農薬を必要とする。ちいさな果実が一杯あれば、虫は分散する。
それを何年もかけて無農薬栽培できるようにしたというのが「奇跡のりんご」である

なんだ昔の栽培方法か?と思うの小生だけだろうか?
確かに、無農薬で作るまでの苦労は、並大抵のことではなかっただろう
その人間の苦労に対する評価だったら良いが、林檎がそれだけの評価を得られるのか?疑問だ
噂では「虫食いで小振りなので生食出来ない物が多く、果汁加工用がほとんどだ」という人もいる

 

そして「奇跡のコメ」である。テレビをみたが…。
これは、なぜ奇跡なのだろうか?
1500円/kgで販売しているから奇跡なのだろうか?と思う内容である
1500円/kgとは、1俵9万円である。今の相場が1万円を割っているから、約10倍である
東京の弁当屋は、それを使って3800円の弁当を限定販売しているという
当店で売っている無農薬米が3〜4万であるから,米の値段は当店の約2〜3倍。
当店の無農薬米弁当の最高価格は2000円である。それも当店の2倍


 

 

稲の栽培にしても、篤農家では当たり前のことで…
慣行栽培では、もっとすごい篤農家もいる
気温・水温・気象状況など、稲の生育状況を何十年と克明に記録している農家もいる
「篤農家とは、記録することである」という
テレビの人が書いているのは「日記」である。記録ではない。

「稲と語り合える」と言っているが、それは表現の仕方で栽培は、観察力である
どんな状況にあるのか、葉色、葉の形、株数、茎数、田植えからの日数、葉の枚数、品種の特製等々、稲の状態を見て判断する。
篤農家の観察力は、すごいものがある。毎日毎日、稲と向き合っているからであろう。
それを「稲と語り合える」と表現するのは、表現の自由だが…
ちょっとした篤農家なら、当たり前のことである

しかし、どうにもならないのが天気である
明日の天気がわからない。数日後の天気が確認できない
だから農業は、お天気商売と言われる

だから収穫したお米は、等しく感謝しないといけないのだが…
それを高く売れたというのが奇跡なら、高く売れる技術を評価しなければならない
ひょっとしたらこの番組は、商売人を評価しているのか?

台風で悩む姿もおかしい、まだ出穂したばかりで…、穂が傾いた時期なら倒れることを心配するが…
肥料も鶏糞に自家採種の発酵菌、鶏糞は食味に悪影響を与えるのだが…
除草も、人手で丁寧にやっているならともかく、動力も使っている

イナ作の無農薬栽培は、ある程度技術が確立されている
それを知らない一般の人は、賞賛するだろう
 「奇跡のコメ」は、マスコミによって作られるのだろう

それよりも地道に日々続けられる農業が大切なのだと思う
この番組には、後継者が写っていなかったが…
この家族は、続くのだろうか?

農業に奇跡はいらない、継続する農業でなければ…