「飛行機をくれたおじさんが死んだよ」と魔子様が息子にメールをした

”飛行機?”
何の飛行機だろう。紙飛行機を作ってくれたのだろうか?
それとも自家用のジャンボジェットだろか?(笑)
息子が小さなころ、「子ども料金のうちに…」と言って初めて飛行機に乗って札幌に行った
その時のことなのだろう。
 

札幌の叔父が亡くなった。
突然の連絡だったが。向こうは三ヶ月近く入院をしていたらしい
父方の親類は、父の末の妹しか残っていなくて、その連れ合いである
小生は記憶にない、会ったことも無い(と思う)叔父さんである
いつも親類で何かあるときは、叔母が来ていた

叔母が悲しんでいるだろうと、母が「代表して参列してこい」という
連休直前で、様々な用事があったが、とりあえず切符を…と思ったら
花巻→札幌便は、満席だった

「土曜日の朝9時に自宅に行け!」という母の指示だったが
前日の飛行機は取れない
しかたなく列車でと思ったら、9時に札幌市内の自宅に着くには夜行しかない
とりあえず夜行でも…と思ったら「指定席が売り切れ」という
「じゃ〜朝につく列車は、ないですね」というと窓口の人は
「自由席がありますよ」という

えっ!札幌まで夜行の急行自由席!
一瞬、学生時代の事を思い出した
上野から夜行の急行で盛岡に帰ってきたこと
受験の時は、北上から自由席で上野まで行ったこと
昔は、夜行の急行は当たり前で、立つこともしばしばだった
”指定席など高くて買えない”という記憶があるが…

新入社員のころだったろうか、年末に帰省するのに夜行の急行に乗ろうと上野のホームで並んでいた
列車の乗車口で、駅員がひとりひとり切符を点検している
改札口で切符にはさみを入れたのに、なんだろう?
と思いながら、自分の順番がきた。
駅員は「整理券は?」と聞いてきた
「えっ!」と聞き返したら
気の弱そうな駅員は、焦ったように「どうぞ!」
と言ったので、列車に乗り込み、新聞紙を床に敷いて寝た!
 当時、年末の夜行の急行は、指定以外の自由席でも「整理券」が必要だった
純粋に知らなかったのだが、何故乗車させてくれたのだろう?
そのときは、黒いスーツに夜なのにサングラスをかけ、すこし、ドスのきいた声で「なに!」と言ったような…

そんなことを思い出した「夜行の急行自由席」である
しかし、朝9時に着くには、それしかない。
「青森まで指定を取りますか?」というので
盛岡から青森まで指定を取ったが、青森駅の、あの長い桟橋のようなホームを走らないと行けないと、おちおち酒も飲めない

と思いながら、駅でモッキリをのみ、缶ビールとウィスキーを抱えて乗り込んだ
 

いよいよ青森駅である
乗り換え口は、前だろうか後だろうか
この辺の感覚が、大分鈍ってきた
とりあえず荷物と飲みかけのウィスキーを抱えてホームに飛び降りた
突然後から、リュックを背負った若者が2〜3人、勢いよく追い抜いて走っていった
「やばい」
こちとら、よれよれの腹が出たおっさんも、一生懸命走ったが、(多分早足程度だったかも)
ここで負けたら、また新聞紙だ!と思い必死だ
「てめぇい、俺より先にのったら、ぶっ殺すぞ!」と叫んでも声が通らない
エスカレーターを、二段おきに飛び跳ねて(気持ちはそうだが、足が上がらない)
転がり込むように列車に入ったが…
なんと、がらがらだった。

まったく心臓に悪いぜよ!
と竜馬風に嘆きながら、残り少なくなったウィスキーを口の中に放り込んだ

しかし、なぜ急行の座席というのは”こびと仕様”に出来ているのだ
ぜんぜん、横にも縦にも後にも前にも、足が伸ばせない。
前のおっさんを、どついて座席を広げようか?と思ったが…
これなら床に新聞紙を引いたほうが…ゆっくり出来る
とウトウトしながら,なんども目が醒め、どうやら朝のようだ

札幌は、早朝から大賑わいだった
さすが違うな?
大安売りか?タイムサービスで並んでいるのか?

と思ったら「紅葉のツァー」のようである
そんなに並んで大勢で行くのが楽しいのか?
と思いながらサウナを探していたらどこにもない

タクシーが止まったので乗り込み
「このへんにサウナ無い?」
運転手は「この辺は知らないなぁ〜」というので降りた

交番があった
「このへんにサウナ、無い?」
「すすきのだったら有るけど…駅前は…」

という訳で、ドトールで二時間も珈琲を飲むハメになった

葬儀では、故人が好きだったと言うプラモデルの帆船が飾ってあった
そして87歳で亡くなった叔父は、「プラモデルづくりが大変好きだった」と喪主代理の婿が語った

そうか、その叔父さんが、息子に大量のプラモデルの飛行機をくれたと言う
その息子の感激を覚えていたのか?魔子様は…