ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

様々な要望

朝、母屋に足の悪い母に挨拶に行く。
このごろ、いつも行く時間より早い
「べんとうの注文で、早く出かけるから…」というと母が
「毎日、イベントで大変だね〜」
「イベントでなく、弁当!」

弁当の注文が、ひっきりなしに続く。
配達した後、反応は無いのだが…
そのうちに、リピートがきたり
食べた人が、紹介をしてくれたり、
店で作っているのを見て、後から問い合わせが来たり

たぶん今の世の中の弁当が、飽きられてきたのだろう
シャケ弁・ノリ弁・ハンバーグ弁当、スタミナ弁当、牛丼、豚丼、天丼、
メインが決まっていて、それを選ぶスタイルになっているのだろうが、
そのため、メインになる素材は限られ、副菜も限られる
「冷凍や事前調理で準備しておける素材に…」

そして「旬」である。
旬の物を使いたくても、量と形が揃わないといけない
大量調理に機械化が必要だからである。
いきおい市場や仲卸からの大量調達となる。
 

そして配達である。
昼食を食べる時間は、限られている
そこへ届けるとなると、一日に何軒も配達できない
また昼食時間の配達要員を何人も雇って、届けることになる
いきおい、大量の注文を受けないといけない

 

そこで少人数用の旬の素材と手づくりで配達する会議用弁当が、受けるのである
弁当屋の通常の弁当よりも、割高だが経費で落とせる弁当が引き合いがある
今まで、仕出し屋で選ぶか、弁当屋に買いに行くか。レストランで弁当を出してくれる所へ注文を出すしかなかった

しかし、一番大変なのは、日々変わるメニューを当日の慌ただしい時間に書き込まないと行けない
これが大変である
予定していた物が、揃わなくて変更を余儀なくされ
出来たら失敗して他に変更したり
直前まで、なかなかお品書きができない
「出来た」と思ってプリントアウトすると
「これ短角ではなく、豚肉よ」と言われて書き直し再度プリントするハメになる

そんな悪戦苦闘の弁当も10月は、半数ちかく注文が埋まった
今まで一ヶ月に4〜5件だったのが…
これをどうやって採算に合わせられるようにするか…
それが問題だ。

2000円の弁当もあった。二段重ねの松茸ご飯にした

 

これも松茸ご飯

 

これはスポーツ少年団が外で食べる弁当

様々な要望がある

「胡瓜をいれないで…」「ダイエット中で…」
「揚げ物を少なく」「会議しながら食べるのでつまみながら…」
「配達する人を替えてくれ…(怒)」

 

晴れ着で危機一髪

「この前の白菜!中華丼で炒めたらなかなか柔らかくならなくて固かった。水分も余りでないし…」
「あれは”黄黄一髪”という品種で早生系ですから、夏の高温の影響で…今度は”晴黄”ですから大丈夫です」
田中清憲は言った。
野菜の名前は面白い、黄芯系の白菜の名前だ。黄黄一発(ききいっぱつ)晴黄(はれぎ)

白菜は、今黄芯系が主流である
外側が緑で、芯の部分が黄色という黄芯系の白菜がほとんど
以前、大手の種苗メーカーの担当者が農家への品種説明会で

「黄芯系は見た目だけですから、自分で食べる分は中まで白い白菜を…」

と説明していたのには驚いた
そういえばほとんど黄芯系で、中まで白い白菜は、なかなか出回らない
田中清憲は
「黄芯系は病気に強いのですよ。白い奴は美味しいけど、病気に弱くて取れない…」と言う

格好だけ良くて中身の無い”誰か”に似ている
(誰とは、口が裂けても言えない。)
わしは、格好は悪いが、中身は重い(体重だが…)(泣)

初冠雪

岩手山に雪が降った

 

新聞には「過去三番目の遅さ」と書いてある
しかし、これは意味があるのだろうか?

初冠雪というのは、盛岡から見て雪が見えれば初冠雪と報じるらしい
誰かが言っていたが、八幡平では、前日に見えたという
数日間、岩手山山頂は雲に覆われていた。
中腹まで降り積もっている所を見ると、相当前から降っていたようではあるが…

これでは見つかったら犯罪、見つからなかったら…と一緒だ(?)

そういう訳で寒くなった。
配達から店に戻ると老夫婦が待ち構えていた
「あの〜庭の木を伐ったのですが…。薪にいりませんか?」
「どんな木ですか?」
「グミとカエデなのですが…」
毎年一件ぐらい、
「庭の木を伐ったから薪にどうだ」
という話がある
店に薪ストーブがあるせいである

しかし、これはすぐ燃やせない。
半年から一年寝かせて乾燥させないと…

薪づくりは一年の作業である
秋に伐採し葉を付けたまま寝かして水分を除く、冬に雪を利用して山から降ろし、
春に玉切りして積み上げ、夏に干す、そして寒くなったら燃やすのである。
昔は、当然の作業として日常に組み込まれていたが、
最近は目先の金になる仕事に追われ、農家もなかなか出来ない
そこで薪を買うハメになる。

なんだかおかしい
金を稼いで、薪を買う
まぁ、
農家でありながら、スーパーから野菜を買う嫁
介護施設に老父母を預けて自分は、介護施設に勤める息子
幼稚園に、子どもを預けている幼稚園の先生
それと、似たようなものか?

今年もストーブを付けた

 

ゲップ

心臓外科の主治医は、定期検診の時に
「報告があった!重症の睡眠時無呼吸症候群だってね」
「いや先生、中程度だって言ってましたよ。まだ安静時無呼吸症候群までは時間があると…(笑)
でも最近、少し胸焼けがするのですが…」
主治医は、にやにや笑いながら
「一度、消化器内科で見て貰った方がいいね。紹介状を書くから…」
 

その日の消化器内科は、混んでいた。若い医師は
「じゃぁ胃カメラを呑んでみましょう、胃カメラの検査は混んでるだよね〜」
「胃カメラは、苦しいじゃないですか?」
「人によるよ!麻酔をするから…」と、こともなげに
そんな三分診療で、予定日を決めた。
 

恐怖の胃カメラである
そうとう苦しいと聞いている
だいたいあんな大きなカメラを呑みこむなんて…(デジカメを想像している)
口が裂ける、喉が通らない押し込まれる。
息が吸えない窒息の恐怖、
やはり口が裂けても痛くないように、麻酔をするのだろう
そんな日々を過ごしながら、当日になった
 

胃カメラは内視鏡室に行った。
内視鏡というからには外視鏡というのもあるのか?
(それは単なる鏡か?)
そんな事を考えながら、注意事項を聞いた
「麻酔をしてから胃カメラをいれます、途中で空気を入れますから…」と

そして、ベッドに腰掛け「これ呑んで…」
なんだか小さな容器に入った液体を呑んだ(造影剤か?)
そのあと、
「これは麻酔ですから上を向きながら嘗めてください」
ちょっと大きなあめ玉のような凍った白い氷を口に放り込んだ。
「あま〜い」(どこかのグルメリポーターみたい)
一〜二分で溶けた。なんだか麻酔が効いたような感じがしない
「横になって…」
ベッドに横になっていると、口に赤ちゃんのおしゃぶりのような物を
ポンとはめ込まれた
(こんな格好は、人には見せられない。まるで乳幼児だ)
いつの間にか青い服をきた医師が…蛇のような物を抱えてそばに立っていた
それをおしゃぶりが空洞になっていたところへ、グィと突っ込んだ
ゲッ!
涙がでる、なかなか入っていかない
ゲッ!ゲッ!ゲッ!

痛いとか苦しいとか言うよりも、なんだか飲み込めない大きな物で喉を圧迫されているような感じだ
数分だろうか、数十秒だろうか、医師は蛇のような物を回しながら、押し込んでいった
喉を過ぎると、今度は胸の中に”太い一本うどん”のようなものが入っているのが分かる
”あ〜あ、入っている。このままどこまで押し込まれるのだろうか?
ひょっとして間違えて肛門まで行ったらやだな。戻すときに付着した物が口の中に…”

そんなことを考えていると、なんだか腹の部分が膨らんでいる。何かを入れたようだ
そうか空気か?
なるほどカメラが、広角で撮りやすいように胃に空気を入れたのだ!
ただでさえ大きな胃袋なのに、こんなに膨らましてどうするのだ!
腹まで、ふくれてきたじゃないか?

と思った途端、抜き始めた。
抜くのは簡単だ。あっという間にポンと抜けた
医者は、ベッド脇のモニターを指して
「ほら、ここにおかしいのがあるね、パイアスピリンを飲んでるから切除できないけど…」
と言う、心臓外科から貰っている薬に血が固まらない薬が入っているらしい
「こんどその薬を止めてから、叉胃カメラを…」という

また再度胃カメラを予約して病院を出た

「麻酔が効いてるから二時間は飲み食いしてはいけない」と看護婦は言う
前の晩9時から何も胃に入れていない。
もう2時だ。合計17時間も胃袋が空っぽだ

こんなことは、人生の中で無い!
あの貧しい学生時代だって、友達の部屋からインスタントラーメンを盗んで食べたり
ソー麺を電気ポットで茹でて醤油をかけて食べたり。
いつでも食べることには、どん欲だった。

さっそく市内ではちょと有名なとんかつ屋に飛び込んだ
「スタミナ味噌ラーメン」を注文した
おおきな器には、赤い汁にたっぷりのもやしと、とんかつが沈んでいた
いざ箸をとろうと。尻を上げたら
尻の方から、大きなゲップがでた
周りを見渡した。回りはこちらを見ている
しらん振りして、大わらわでラーメンをかっこんだ
そうか、あの空気だ!

「胃カメラを呑むと、尻から大きなゲップが出ます」と注意事項にかけ!

玉レタスは?

店でパソコンをいじっていると、背広を着た五十前後の男がノートを抱えて
「すいません、ちょっと良いですか?」と話しかけてきた
真面目そうな…気の弱そうな…その男は

「あの〜こういう物ですが…」と名刺を差し出し
「盛岡で居酒屋を三軒ほどやっているのですが、
野菜が高くて…八百屋ではなく地元のものを直接仕入れたいということで、
商品の値段を調べに来たのですが…。」という

日々変わる値段を書き留めていって、どうするのだろ?と思ったが
「いいですよ。どうぞ…」と言うと嬉しそうに商品の陳列棚に戻っていった。
 

小一時間ほどかかって二軒ほど配達に行き、戻ってきた
その男は、まだいた。
そして近寄ってきて、またまた
「ちょっとお話を伺ってよろしいですか?」と言って座った。
「実は今度、仙台と東京に店を出すことになり〜上司が
”今度の店は地産地消で行くから、この値段を調べてこい”
と言われて…」
ちょっとのぞき込むと、様々な野菜の一覧表が並んでいた
「あの〜、地産地消は揃いませんよ!」
「お店に玉レタスが無いのですが…サニーレタスも…グリンーカールも…」

「あのね!トマトや胡瓜と違って、レタスは一度採ったら、次は出てこないの!
そういう物は、レタス専門の大型農家でないと、毎日収穫出来ないの!
専門の大型農家は、連続して収穫出来るように、種を蒔く時期を考えて何回にも分けて育苗するの!
そういうところから仕入をするなら、ケース単位で引き取らないと…
そういう農家は、場所が遠いから運賃がかかるの!
結果として高い物につきますよ
だいたい、岩手で野菜が揃うのは三ヶ月しか無いんですよ
トマト・胡瓜・茄子などは6月末から9月までだし…
普通の農家は、レタスや大根、キャベツ、白菜は春と秋の二回播くだけだから…
それを採ったら、お終いですよ」

そのおじさんは、一生懸命ノートに書き留めて、
「勉強になります。上司に伝えます」というが頼りなげだったので
「上司を呼んできなさい。話してあげるから…、
信頼できる八百屋か仲卸に、”岩手産のものを中心に揃えてくれ”
と言ったほうが、手間がかからなくて良いですよと…」

外食産業は、メニューが固定化している
それに合わせて食材を調達するのだから、地産地消は無理である
冬場にトマトが必要になり、年中レタスが使用されている
それなのに「地産地消レストラン」などとうたうと、イメージが良くなると思っているのだろう

以前、地産地消のシンポジウムで小生がコーディネーターになり、外食産業の会長に質問をした
「外食産業で地産地消は無理でしょう。安い物を使わないと採算が合わないのだから…」
その会長は真っ赤になって
「そんなことはない、地元物を使っている」と反論したが…
その従業員は
「原価率をいかに下げるかばかりで,評価される」とこぼしていた

これぞササニシキ!

新米のササニシキを貰った。
石巻の渡辺征治からである。
昨年から、当店で扱い始めた、
なんと言っても、宮城のササニシキである
ササニシキの産地として宮城県は。名高い。

ササニシキは、陸羽132号の子孫ではあるが、同じ子孫でもコシヒカリやひとめぼれとは違う

今年、渡辺晴久が作っていた陸羽132号は、残念ながら全て酒米となり、飯米として販売余力がない
(なんと言っても酒が優先なのだ!)

戦前戦後、陸羽132号は、耐冷性の良食味の米として、酒米飯米に利用され、東北で一番の作付面積となった。
その後、宮城県ではササニシキが育種開発され、新潟県ではコシヒカリが出てきた
ササニシキは、陸羽の流れをくんでさっぱり系の和食に合う米として、つい十数年前まで主力の米だった。
しかし、粘りの強いモチモチ感の米の代表コシヒカリの台頭で、ササニシキの一大産地だった宮城県は、ひとめぼれに変わっていった。
コシヒカリ・ひとめぼれ・あきたこまちは、モチモチ感の米だが、その中でササニシキはさっぱり系の米として一部で栽培されている
ササニシキは、作りにくい。草丈が高いので、倒れるのだ。

しかし、モチモチ感の米は食べて飽きる。なんと言っても味に主張があるのだ。
現代の食事が肉食中心に変わってきたために、味に主張を持っていないと負けるのである
だから何杯も食べられない。
宮沢賢治は「一日に玄米4合と…」と書いてあるように、以前の米は「量」を食べたのである
ちなみに一日に4合食べると、一人年間219kg食べることになる
現在は、一人60kg前後であるから、米余りはコシヒカリのせいである(!)

戦前や、米が満足に食べられるようになった近代でも120kgは大体一人の米の消費量であった。
それが60kg前後というのは、他の食べ物(パンなど輸入小麦)の問題もあるが、モチモチ感のコシヒカリなどの影響であろうと思う

ササニシキは、主張しない。
日本人は「口中調味」という技を持っている
洋食は、一皿一皿でてくる。和食は、多くの皿を並べる
口の中で味を調える技を、持っているのである
ところが現代は「ばっかり食べ」という子どもが多くなってきた
一種類のおかずばっかり、食べるのである
出てきた多くの皿から、箸でつまみながら様々な味を口の中で調える
それに合うのが、さっぱり系のササニシキである

日本の食糧自給率を改善するのは、ササニシキしかない(すこしおおげさ)

そんな渡部征治のササニシキだが、
今年はカメムシと高温障害の乳白米が、多少見られる

上がカメムシが吸った跡の斑点米
その下が青米の未熟米
その下左が高温障害の乳白米
その下右が普通玄米

斑点米は、白米にすると見栄えが悪いが味に影響が無い
青米は、白米にすると消える(どんな米でも入っている)
乳白米は、中に空気が入っているだけで味に影響は無い

そんなササニシキを炊いてみた

その炊きあがりのつやは、最高である。
これぞササニシキ!

しかし、少し粘りが…。まるでヒトメボレと遜色ない粘りだ。
今年の高温障害は、様々な影響を与えている
粘りは、温度と関係するというが…

無農薬のササニシキは、滝沢の武田哲が栽培している

 

60年も…

デジカメが壊れた。と言うよりも壊したのだろうか?

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前回のデジカメもそうだが、液晶画面が壊れやすい。
もうすこし、頑丈に作って欲しい物だ
できれば防弾液晶ガラスで…
そうすれば、灰皿代わりに投げ合っても壊れないのに…
飛んできた包丁も受け止めることができる。
夫婦げんかの防御装置にもなり、写真を撮るだけでなく機能がもう一つ増える
たった6ヶ月しか使っていないのに…。

そういえば眼鏡も、最近曇りが取れない
眼鏡をかけて、一生懸命にパソコンを覗いても、なんだかぼんやりとしている
眼鏡拭きでこするのだが…それでも曇りが取れない
ふと、眼鏡を取って片目を閉じてみたら、右目から見た風景がぼやけている
なんだ!目が曇っているのか?
しかし、睡眠時無呼吸症候群がCカップで解消されようとし、ようやく集中力が戻ってきたというのに今度は見えない
60年も使っている眼だ。少々痛んでも仕方がないか?
 

そういえば何故だか、ジーパンがかぎ裂きのように裂けている。
記憶にないが…
膝の付近が少し痛い。ジーパンを脱いで見ると膝が裂けている
なんだ、どこかで転んだらしい
60年も使った膝だから、少々痛んでも仕方がないか?

そういえば腕の痛みも取れない。
前よりは、良くなったが、すこし、痛みが残る
困ることはないが、つり革につかまると痛い、
まぁ、つり革につかまることは無いから差し支えないが…
検察に捕まるよりは、つり革程度ですめば…(?)
まぁ60年も使った腕だから,少々痛んでも仕方がないか?

頭も重い
どれぐらい重いか?と言うと93kgぐらい重い
「それは体重だろう」という人がいるが、違う
体重は、それより300gも軽い
まぁ60年も使った頭だから、少々重くても仕方がないか?

なんだか酒を呑みすぎたような気がする…
それで二日酔いのような症状なのか?
だいたいが人生毎日二日酔いだ!
こんなんで、へこたれたらアカン!
そういえば…
家の前の草むらで倒れて、立ち上がれなかったような記憶が…
60年も呑み続けているのだから、少々立ち上がれなくても…

いやいやアカン、立ち上げれなくなったら極悪坊主の餌食になってしまう

がんばってください?

大和インターを降りた。料金所のおっさんが
「ありがとうございます。がんばってください」という

がんばってください?

そんなこと料金所のおっさんに、今まで言われたことがない
と思ったら、そばに、こんなのが有った。

「なんだ!てめい!
競輪やりに来たと思っているのか?
顔で判断するな?顔で!(怒)」

東北道大和インターの近くに、本田先生の田んぼがある
そこの作業小屋に米を引取に行ったのである
本田先生は、粗食の会長である
違う、疎植稲作研究会の会長である。
「まばらに植えて安定して稲作をする」という東北7県(含新潟)の会長である。
以前は、宮城教育大学の先生をしていたが退官後、宮城県環境保全米ネットワークの理事長も務めていた、

「あんたいくつになった?私は、もう80だよ」というおじいちゃんである
「いやぁ〜新潟は大変だね、一等米比率が20%割ったよ」
「ほら新潟の加藤さんに、二等米をわけて貰って食べたら美味しかったよ。味に替わりはないね」
「高温障害でおきる、乳白米は籾の外側から充実して行くから、中に空気が溜まりそれが乱反射して白く見える」
「一等米と二等米の差は600円ぐらいかな?、宮城も昨年は良かったが、今年は70%前後だ」
「いや来年は、山形の農家からつや姫の種籾を貰ったから、美味しかったら作ろうと思って…」
「高温になると稲は、過繁茂になって、背丈も高くなって、あんまり取れないんだよね」
「連休に田植えをしたところは、天気が良くて活着したから良いできなのだが、その後の田植えはダメだったね」

話が尽きない。どんどん話が変わって
「奥さんは元気かい?お母さんは…、うちの義母は103歳で施設の車いすで…」
「施設にあずけて女房は助かっているよ、もう女房も75歳で老老介護になるところだ」

と話が続く続く、帰り際に
「スダチを持っていきな…、岩手は取れないだろう。ヤーコンもカボチャも…ほら、キーウィはまだ堅いから林檎を入れて…」

 

80歳の本田先生の田んぼを手伝っている上杉さんが、近所にいる。
米と林檎と作っている、高校時代はラグビーをやっていたと言う上杉健弥である。
小生より2〜3歳したか?

彼のりんご園のそばにある直売所で林檎を買おうと思ったら、道ばたの林檎を収穫していた彼と目があった、
「ちょっと寄って林檎を買おうと思って…」
「買わなくて、いいちゃ」とはしごを下りてきた上杉さんは

この秋映えが美味しいんだよ、あんまり甘ぐねんだけど、酸味とのバランスが良くて…」

「こっちのシナノゴールドも美味しいよ」

「色見て、とるんだっちゃ」
と収穫のタイミングを聞くと笑顔でこたえた

「本田先生の米、おれみてねっちゃ。」
と積んできた玄米の袋を開けた

「いいコメだっちゃ」と彼は満足そうに言った

本田先生が肥料設計をしたり草取り等の管理や観察をするが、上杉さんは機械仕事を担当している
「稲刈りはしたが、近所に乾燥調整をたのんで…、仕上がりを見てない」という

「乾燥調整は、親父がセンター長をやっていたのでライスセンターに任せっきりで…」
「今では近所に頼んでいる。今年は雨が多くて、稲刈りが遅れて…林檎が間に合わなくて」
「加工をしたいのだけどヒマが無くて。息子は来年就農すると言っているが…」
「集落営農といったって、この辺は年寄りばっかりで…若者は仙台に働きに行って…」
「つや姫できたら、おくるから…」

などなど、ここでも話し始めたら止まらない

いい加減に切り上げて車を走らせると、出発するまで見送ってくれた
どっさりと林檎をもらった。

南部藩騒動パート2

「おっさん!川に近づけば見られるっと、いうもんじゃながんすよ。
鮭見は、橋の上からのぞき込むのが正式な作法でがんす!」
と声をかけたくなる天気の良い昼下がり、市役所の説明会に出かけた
中津川に鮭が上ってくる時期に、起きた桜山問題の説明会である

だいたい役所というのは苦手だ。
税金の申告書を届ける時と、印鑑証明が必要なときしか、行かない、行きたくない。
あのきまじめな、よそよそしい雰囲気が好きでない
と言って、女子職員が
「あら〜、いらっしゃいスーさん」などと言ってシナを作ってきたら困るが…

8階の説明会場は、満杯だった。時間になってもドンドン人が集まってくる
6〜70人が入る会場に、倍ぐらい入っただろうか?
それでも役所は仕切りを広げ、椅子をおき座らせた
すばらしい対応です。
全ての問題に、こういう素早い的確な対応が役所には望まれます!ニジュウマル!

会場には何故かマスコミが充満しておりました

こういう構図は、マスコミも取り上げやすいのでしょうね
 対立する行政と住民!
 口角泡を飛ばして詰め寄る住民!
 あわてふためき泣き叫ぶ住民!

その住民の代表みたいに、小生がどアップで写されたと、4〜5人から言われた
つけまつげも、アイシャドウもしてないのに…
スッピンが、ばれてしまうじゃないか?
某国営放送に肖像権の侵害だ!と訴えなければ…
「肖像権があるほどの、顔じゃない」と小沢一郎みたいに門前払いで却下されてしまうが…
小沢一郎と同様、顔の悪いのは損をする(泣)

説明会が始まった。
役所らしく、渡した資料を慎重に言質を取られないように読んでいる
そばでニコニコ?ニヤニヤ?笑っている上司がいた
どうやら、これが問題か?

説明会は紛糾した
こちらから見ていると、一方的に攻撃しているようにみえる(マスコミが狙っている構図だ)
前に座っている職員は、うなだれて黙って聞いている
腹の中は何を考えているかわからない

 こういう公務員の態度がきらいだ。
 「上司が何を言っても、私は反対だ!」
 と言うような公務員はいないのか?
 職をなげうって、住民のことを思う職員が…
 いないだろうな。給料が高いから
 やめても民間じゃ使い物にならんだろ

しかし、上司だろうと思う人だけが一方的に答弁する
 その答弁が、絶妙である。
 回答になっていない返事をする 
 う〜ん!上手い。敵ながらあっぱれ!
 あとでテープ起こしをすれば、答えはどこにあるのか探さなければならない

とりあえず弁当の配達が迫っていたので退席したが…

上司のあの余裕のあるにやにやIが気になる
どこに”彼のより所”があるのであろう
お役所仕事だから、法律的には完璧なのだろう
文化庁の予算も取れることが分かっている
それに有識者という学者に文化的裏付けを取っているのだろう
しかし、それだけか?
なにか不気味だ。

町内会にも、市議会にも、話が無くて急に出てきた話、
いや彼らにとっては、市長が替わってから着々と進めてきた仕事なのだろう
その準備が万全なだけに、この程度の反対は想定内であろう

岩手公園の名称を盛岡城趾公園に変えたり
公園を覆うヒマラヤシーダー杉を伐採したり
これは一連の仕事の流れだったのだろう。
後は「市民のガス抜き」だけ?
そんな気がしてならない

多分、彼らの仕事は、時代認識が違っているのだろう?
法律を作ってから動く彼らの仕事は、先を行く時代に着いていかない。

「三丁目の夕日」という映画に代表されるように、今、時代は昭和を求めている
高度成長期からバブルと続き、リーマンショックで、「ちょっとおかしいぞ?」と皆が気づき始めた今の時代
拡大していく経済ではなく、住民がコミュニティを大事にしていた時代。
一人一人が、地域のみんなに見守られていた時代。
それに気がついた若者が、大勢集まって来ている。
そんな時代の象徴が、”さくらやま”なのだ。


 

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