内山節と出会ったのは、いつだろう
そういえば今年のように暑かった平成6年の暮れだったかも知れない
場所は八戸。農山漁村文化協会の中期講習だった。
農文協が、東北の農家を集めて行っているセミナーであった。

「本格的な農業を勉強したいのですが.」と岩大の農業経済の先生に言って紹介されたのがこのセミナーである
当時農業生産法人を辞めて、直売所を設立しようと考えていた時期である
まだ具体的な行動はおこしていない失業同然の時だった

集まった2〜30名の農家から白い眼で見られたような気がする
当然だ
眼光鋭い大男が、ボロボロの車に乗ってやってきた(当時の車もボロボロだった、弊衣破帽号は、3台目である)
なにも言わずに黙って座っている
(当たり前だ、しゃべっていることがチンプンカンプンだった。今にして思えば、使用価値とか交換価値とかを語っていたような気がする)
ただただ車と一緒で、ぼろが出ないように黙って座っているだけである
翌年の再会を約して解散したが、帰りの車は、ホッとした気分だったのを思い出す

翌年はは仙台で行われた。しかし叉も、良く理解できず、ただただ座っていたような.
鮮明に覚えているのは、三年目の仙台の青少年会館のことだった。
とりあえず中身は覚えていないが、別に質問をしている訳ではないのに、抱えて来た問題に「脳みそに、スーッと染み渡る答え」が出てきたのである
あのときの感動というのは、言葉で表せないほどの驚きだった
そして参加する度に、質問をしていないのに答えが出てくる状態が続く
それから、内山節に、はまった。

農文協の中期講習は、「東北農家の二月セミナー」と名前を変え、農家の自主組織として未だに続いている
東北農家と名前を付けているが、京都・長野・静岡・新潟・東京と農家以外の人も集まる30人規模のセミナーとなって、毎回参加人数の調整に苦慮している状態である.

「是非、岩手の人にもコレを聞かせたい」と思い。岩泉の”哲学の広場”を経て、「哲学の森」と名付けた講座が、岩大演習林で5年目を迎える

ある人曰く「日本で、哲学者という肩書きだけで食える、唯一の人」と彼を評する