昭和40年代から田植機稲作が始まった。
それまでは、折衷苗代で苗を作り、部落の結で大勢の人が手植えで苗を植えた
当然、苗を植えやすくするために手にとって植えるのは大苗だった。

一日中、腰を曲げてぬかるんだ田んぼでの作業は、重労働だった、
それを解決したのが、田植機だった。
ところが田植機によって家庭で出来るようになり、結が無くなり、共同体が消えた
また田植機は、育苗箱で苗を作り、機械で掻き取るために、一株に小苗を多くの本数が入ることになった

多くの苗を植えたために、葉が重なり一株の受光態勢が悪くなった。
また密植のため、風が通らなくなり、稲は湿った空気に包まれ、イモチなどの病害虫が発生しやすくなった
それを解消しようと、さまざまな農薬が開発され、農薬散布が常態化した

しかし、除草剤などの農薬は、農家の重労働を軽減した。

今、水田稲作は労働が軽くなったが…財布の負担は重くなった

共同体が消え、重労働がなくなった田植機稲作は、米価が安くなる時代、経費の増大に農家はあえぐ

一つ便利なモノができると、その陰でいろいろなことが起きる