ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

紹介セール中

玄米を主役にしようと想っている。

自分だけの気持ちだ

このごろ美味しく炊ける確率が高くなってきた
いままでいい加減なものを出していたのか…
とおもわれそうだが、
そこそこのものは、提供できていた
しかし、安定しない
玄米を炊くだけに専念できればいいが…
その他の用事が山ほどある

ふと目を離す瞬間に、ちょっとしたミスが起きる
というか勘違いがおきる
そのミスや勘違いを修正できるのが職人技というものだろう
その粋にはまだ達しないが、近くまでは来ている

やはりコツは「弱火の火の加減である」
圧力を高いままに保つ弱火の加減と時間が「もちもち」の玄米をつくる。毎日毎日4釜を炊き上げて練り上げた結論である。

そんなモチモチの玄米を炊き込みご飯にしたらどうか…

玄米の炊き込みご飯

こんなのはどこにもない
当店自慢の一番だしと、出汁醤油に赤穂の天塩、人参と牛蒡に田楽茶屋の手揚げを切り刻んで…

imgp4980

最後に秘伝豆をちらす

餅米を入れた炊き込みご飯の玄米版

これは旨い

只今、紹介セール中

会いたかった

街を走っていると、街角から素晴らしい岩手山が見える

岩手山は
南から見ると母親らしく優しいゆったりとした印象だが
東側から見ると端正なすっきりとした山容を見せる
そして北側から見ると荒々しい男性的な…父親のような

一つの山で場所によって見方が違い、それぞれにその姿が好きだと言わせる。imgp4986

いつも東側からみているが、時折北側からみる
南側からは、あまりみたことがない

車を走らせていると、ふと素晴らしい南側の岩手山が見えた
慌てて車を止めて写真を撮ろうとすると、後ろの車も停まった
見ていると三脚を取りだそうとしている。

同じことを考えている

そんな坂道をノボリきったところに墓地が有る
市民墓地である。imgp4990

近くへ来たときは、かならず寄るようにしている
なんせ知っている人が、三人も眠っている。

imgp4995 imgp4998 imgp4999

ひとりひとり思い起こしながら探し歩いて見つけた。

案外、記憶というのはいい加減なものだ。
見つけるのに時間がかかった。

そろそろ雪だ。
雪に埋もれて見えなくなるのだろうか…

そのまえに一度会いたかった。

 

がんばって

弁当の注文である
imgp4972

なんだかいつも注文が来る
これで三回目だろうか…
名前が「タカダドウジョウ」と言う

道場だから、剣道か…柔道か…空手の…
いや「ミチバ」と読むのであろうか…
ひょっとして道場六三郎と関係があるのだろうか…
調理道とか…和食道とか…
なんだろうか…

そんなことを考えながら「待ち合わせ場所を…」ということで
そうなのである
弁当を”待ち合わせて渡す”と言う配達である
いつもというか…ほとんどが配達場所は恒久的な建物が指定される
ときおり、このように待ち合わせ場所に持参すると言う注文が有る

知らない土地で弁当を調達するのは大変だろうと
前もって注文して待ち合わせ場所に持参するのである
遠くから来るから盛岡の弁当事情はわからない
まして、どこが美味しいのか…
と言っても、”ほか弁”などのチェーン店ではせっかく盛岡に来た意味がない。
最初のときに、そんな期待に応えたのだろうか…
毎年、待ち合わせ場所を指定し、時間指定の弁当の注文の問い合わせがある

そういえば待ち合わせ場所と言っても時間も大切である
時間と場所がピッタリと合わないと偉いことになる
以前あったのは

「朝の6時にオニギリでいいから、60人分を河川敷の野球場に…」
というのがあった。朝6時にオニギリを配達するのは至難の業である。
なんせ起きるのが3時では遅い、2時頃起きないと…
その前後の用事を考えると、高い単価でも受けられない
「どうしても受けてほしい」と言う電話だったが…

よくあるのは駐車場での受け渡し
(知らないおばさんに”弁当の注文ですか?”と声をかけた)
ビルの入口での受け渡し
(入り口が二つ有って、お互いに違う入り口で待っていた)
カーナビに出てこない待ち合わせ場所
(カーナビは言う”目的地につきました。このへんです”と言うが見当たらない)

そんな数々の失敗を重ねて、選んだのは路上である。
「交差点を渡った所」

12時33分の新幹線でやってきた子どもたちは
待ち合わせ場所にバスに乗り換え、弁当を抱えてまた出発した

どうやら宮古へ復興支援で行くグルーブらしい
毎年、毎年、弁当の注文をくれる

担当者が「この弁当を楽しみにしているのです」と言う

imgp4984

羽釜炊き

こびる食堂で提供するご飯を、5分搗き”にした、
そのほかに選べるご飯として”玄米”も…
玄米と5分搗きの二本立てである。

朝定食の客が、お替わりをしてきた
一人の客は「家で玄米食べているから気にならない」といい
もう一人の客は「5分搗き?」と怪訝そうな顔をした
どうやら気が付かなかったようである。

心配していたが、そんなに問題は無いようであるが…
魔子様が
「ちょっと粘りがたらない」と言う
そう言われてみれば、そうかもしれない

まぁ〜すこし様子を見て反応を伺おう

 

今日は日曜日、雨がパラパラ降って曇り空の寒い日である。
薪ストーブが、嫌に暖かく感じる日だ。
午前中パラパラの客だった。
レジに立って在庫を調べていたらポツリポツリと食堂の客が入ってきたが、立て続けだったのでちょっと心配になった。
魔子様の声が聞こえる。
「ご飯がないので…」
梅さんが「麺類なら、すぐ出来ます」
魔子様が「ご飯がないので…」「ご飯がないので…」

あわてて厨房を覗いた。
「”ご飯が無い”という言い方はないだろう
”後、何分ほど掛かりますが、お待ちいただけますか?”といえ!」

魔子様いわく
「今、3合炊くようセットしたばかりで、
その3合でも足りないほど注文が入っている」

”唖然!”
日曜日の昼早くに、ご飯が無くなるなんてどんな量の管理をしているのだ。
日曜日は遅くまで客が来る。多少多めに炊いても問題はないのだが…
魔子様の心配性は「残ったら困る」のである

だから細かいロットで、何回も分けて炊く
しかし、羽釜のガス火だ。一釜炊くのに早くても小一時間はかかる。
一度に大勢の客が入ると、手に負えない
まして日曜日だと、家族連れが多い。
一家族で3合など、あっという間だ。

次から次へとやってくる客に、店頭売りの”玄米おにぎり”や”赤飯””玄米の炊き込みご飯”を勧めたりして、急場をしのぎながら

慌てて一升炊いた。
一升炊くのに一時間はたっぷりかかる
炊き上がった頃、潮がひくように客は消えた。

%e3%81%93%e3%81%b3%e3%82%8b%e9%a3%9f%e5%a0%82%e3%83%9e%e3%83%bc%e3%82%af085 imgp3542

ほうおん

浄土真宗大谷派騎雲山専立寺にてビックイベントがある

「報恩講」である

報恩講は、ひらたくいえば宗祖親鸞の命日である。
キリスト教で言えば、クリスマスのようなものである
(ひょっとしたら、あれは誕生日か?)

だいたいが浄土真宗と言うのは、よくわからん
日本史で習った、一向一揆と言うは、浄土真宗のことらしい
なぜ一向宗というのだ?いっこうにわからん!

その京都の駅前に本願寺というのが二つ有る
東と西と呼ばれる。なぜ東と西なのだ?
京都に北朝と南朝と二つ朝廷があったが、京都は東西南北なんでもありだ!

そして本願寺派とか、東本願寺派とか、大谷派とか、陸前高田派とか
なんだか学生運動のセクトみたいだが
隣の寺のように相続争いから発展しているのだろうか…

とりあえず人生は惑わせるために、有るようなものであるから
惑わないように教え諭すのが親鸞らしい

その親鸞に匹敵するありがたい内山節が講演するという
ありがたいと言う言葉は、「有りがたい」に通ずる。
ようするに「ありえない=無い」ということだから「無」である

なんだか、わからんようになってきた。
それが、わかるように教え諭す内山節の話を聞きに行くのだ
住職と副住職のお経は、声楽としては最高であるが、ついでだ。

(内緒だが…)

EPSON MFP image

EPSON MFP image

月下氷人

喪中欠礼の葉書が、どんどん届く

店から戻って家の玄関を開け、郵便入れから郵便物を取り出した魔子様が、暗い玄関で、じっとハガキを見ている
「デジさんが死んだ」と大声を出した。
”仲人”である。

最近の若い人にとっては、馴染みのない言葉だが
仲人(なこうど)である。
辞書には結婚の仲立ちをする人とあるが、最近は仲人という言葉も死語になりつつ有る。と言う。
そういえば結婚した娘も息子も”仲人”と呼ばれる人はいなかった。
仲人を立てた結婚式というのは、最近皆無に等しい
一番多いのは九州で、1割程度だという。

以前(昔?=40年前)は、仲人を職場の上司の誰に頼むのかが大きな問題であった。
年始に挨拶に行ったりして派閥ができて、その後の昇進につながるのだろうか…
自分の結婚式のときは、たまたま大阪転勤と重なって、東京の上司と大阪の上司と二人の内のどちらに頼むか?という問題が出てきた。
そのときに大阪の上司は、前回仲人をした離婚問題で奥さんから「もう仲人をしないで…」と言われていた。
これ幸いと、東京の上司に頼んだ経緯がある。
いずれにせよ頼まれ仲人であった。
そんな風習も企業の終身雇用が崩壊するに連れ、職場の人間関係性も壊れ、良いか悪いか別として”職場の仲人”と言われる風習も壊れていった

サラリーマンがほとんどの時代の以前は(もう半世紀以上前か?)男女が出会うきっかけも無く、きよらかな関係(?)から一歩も踏み出る勇気もない男女を、仲立ちするお節介な近所の叔母さん叔父さんが大勢いたのである。。
%e4%bb%b2%e4%ba%ba
しかし、今の結婚しない若者がどんどん増えるのを眺めていると、
「仲人」という「月下氷人」のおせっかいの場がありそうな気がするが…

メニュー

なんと言ったら良いのか
とりあえず仕事が遅い(泣)
能力の限界を感じている
もう人間をやめたい

そんな気がするこの頃だが
秋冬のメニューが今頃出来た

とりあえず

2016秋冬メニュー(案?)魔子様のチェックで変更有り(大泣)

まずは鏡を…%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-17-6-53-33

 

たぬきときつね

トランプが、”ババ抜き”で勝った!とテレビで放映している。
まさかと思ったが、やはりという気持ちもある

それだけ変化を求めている閉塞社会なのだろう。
アメリカは…
日本も同様であるが…
マスコミや、組織にいる人は、変化は望まない。
そこに属さない人々が、いき詰まっているのが目に見えるようである

と言ってもトランプで変化が起きるとは思えない
なぜならトランプの言動は、ビジネスの常套手段である
トランプが、本当のビジネスマンであるならば…

政治屋は、平気で嘘をつく。
政治家は、嘘を突き通して真実にする。
ビジネスマンは、大ぼらを吹きながら落とし所を考える。
商売人は、誠実に嘘をつく。

いずれにせよ、たぬきときつねの化かしあいである。
ずいぶん低レベルの国際社会になってきたものだ
いや、もともと低レベルだったのかもしれない
政治の世界は…

0-95 0-96

 

泥出し

日曜日の昼過ぎ、電話がかかってきた

「あと2時間後、10人で食事に行きたいのですが…」
魔子様は、引き受けたという

あと2時間後は、3時だ。
いつもなら断る魔子様だが、売上が欲しくなってきたのだろうか…

ふと、いたずら電話を思い出した
大量に発注して、引き取りに来なかった寿司屋
通夜と聞いてでかけたら、そんな家はなかったというお寺
タクシー代わりに使われた救急車

それで「名前を聞いた?」と聞くと
「聞いた。雄牛という人よ」
そして魔子様は「予約席を作っておいてよ。
もう、ご飯が足りないから、一升炊いて…
おひたしの青物が無くなった。小松菜を出して…。」という

今、客がいるのに予約の席を作るなんて…
なんでも”せっかち”な魔子様である。
父親の血だろう。
父親は、ひとの家に着くと、すぐ
「早く帰ろう。早く帰ろう。」と言う
東京の下町の、せっかちな人であった。

さすがに、ラストオーダーの3時をすぎると食堂は誰もいなくなった
そこへ10人の客が来た。ばらばらである。
何がバラバラかというと、雰囲気である。
服装は当然だが、男女も半々。年齢も若い人は20代。歳をとっても60代初め。
ふと、リーダーと言う人が見えない。
ただ10人が、店に入ってきて、まとまった一箇所に座って、バラバラにメニューを見て、バラバラに注文して、店の中をバラバラに散開して見て回る。話し声は聞こえない。
買い物は土産風のもの「りんご」「かりん」「缶コーヒー」

そのうちの一人のおばさんがメニューを聞いてきた。
「芋の子定食って何?」
魔子様は一生懸命説明している「イモのコです」
説明に、なっていない。
「あのしと”芋の子”、知らなかった?」
「こちらの人では無いね…」

リンゴを買った若い女性客に「どこから…」と聞いた
「東京から…安家の泥出しに…」という

ふと駐車場を見るとマイクロバスが停まっていた。
なるほど寄せ集めの泥出しのボランティアチームだったのか…

しかし「泥出し」という言葉は最近になって聞くようになった。
以前は、なんと言っていたのだろう
いやひょっとして「泥出しボランティア」という言葉が、最近出来たのだろう
昔は、集落の結のなかで協同で助け合って泥出し作業をしていたのだが…
集落の若者が離れ、高齢化が進み、コミュニティが壊れ、その急遽の一時的な作業だけが残されて、被害の対応がそんな言葉を生んだのではないだろうか…

東京からわざわざ泥出しのボランティアに自分の休日に駆けつけるというのには、ただただ頭が下がる。
まだまだ日本も、都会も…見捨てたものではない。

バラバラに帰った10人の客に
ひたすらに「ありがとうございます」と頭を下げた。

しかし、岩泉に住むIターンの若者が言った
「なるべくして、なったのだ。早かれ遅かれ、山村は消滅に向かう、いずれそうなる。」
山村の再建は、難しい。

imgp4805

はなちゃん

涙が止まらない本を読んだ
「はなちゃんのみそ汁」である
なぜか周りの人は「知ってる」「聞いたことがある」という人が多い

知らなかったのは、自分だけか…

imgp4768

知らない人にあらすじを教える

新聞記者と音楽の教師が、乳がんを患って告知された後、結婚をした。
抗癌剤の副作用で子どもは出来ないと言われていたのが、
子どもを授かり、死ぬ気で産んだ子に「はな」と名付けた。
乳がんと闘いながら子育てをし、子どもに何を残してあげたいか?
それが自分で生きていける、食べていける「料理」であった。
はなちゃんが作る食事は、通っていた高取保育園(福岡)の玄米和食が基本になっていた
そしてその子が5歳のときに母は旅立った。。

と言うあらすじである。
涙なくしては読めない本である。途中で幾度も文字が読めなくなった。
こんなに涙もろかったのか?と自覚した

ふと、ここ数ヶ月、いろいろと悩んでいることが、この本を読んで解決したようが気がする
いや解決というのは、おこがましい。
方向性が見えてきた、ということだろう

まわりにはがん患者が多い。
亡くなった人も多くいる
ガンを抱えて生きている人もいる

以前は脳卒中が一番多かった
ガンは三番目か四番目だったが。寿命が伸びてトップに躍り出てきた
なんせ人間の寿命は120歳。その時の死因はガンである。という説があるくらいだ
寿命が伸びた分だけ、がん患者が増えるのは自然増である。
しかし、それだけではない。
我々団塊の世代周辺は、核実験の影響をモロに受けている
そして添加物だらけの食事や、化学調味料などの不自然な食材、そして外食産業のわけのわからん海外の原材料の影響
つまりガンにならざるをえないものを多く体内に取り入れ、そして体の外からも浴びている。
細胞が変形するガンにならざるをえない
だから我々世代は、それを従容として受け入れざるを得ないのだが…
ただ、次の世代にそれを引き継いで良いのか?

原発にしてもチェルノブイリやスリーマイル、福島の経験がありながら
そして何よりも核廃棄物の無害化が見えない形で再稼働や新規設置に動くべきなのか…
それは次の世代の人達が決めることなのである
今我々はさまざまな実験をして、次の世代の判断材料となるべきでは無いか…

それが食についても言える
食べ物は20年経って身体に影響を与えるという
有機の農産物という触れ込みで店を開いて21年(1996年)になる
開店したころ多くの人が店にやってきた。
「アトピーの医者を知りませんか?」
「アトピーの人の食べ物は…」
そう考えると、その20年前アトピーである原因の食があった。
つまり1975年頃、昭和50年ごろである。
それ以前は外食産業があまりなく、食事は米飯が中心で野菜が主体だった。
東北大学の農学部が1975年頃の日本の食事が一番バランスが取れていた。
という研究発表がある。

昭和50年頃から日本人の食事が変化してきたのである
その蓄積が、今の寿命や病気に多大な影響を与えているのではないか…
それを子どもや孫に引き継いではいけない。
僕ら団塊の世代が体験してきた反省を、しっかりと次の世代に反映させないと…

と大きな問題意識を持ちながら自分の非力を悟って

こびる食堂のテーマを決めた

子どもや孫に食べさせたい食事

1 / 20912345...102030...最後 »