ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

ボカシ肥

発酵研究会が設立された。
発酵は、小生のライフワークだ。

何と言っても一生飲み続けている酒は、発酵のタマモノである。
「酒なくて何が己の命ぞや!」と宮沢賢治が唄ったと言う(フェイクニュースである)

酒だけではない。
あの好きで、たまらない納豆
オリジナルで二種類も作って、製造販売している
それだけではない、あの豆蔵(豆味噌)だ!
ようやく日の目を見て、追加、追加で年間安定供給販売ができた。
そして今、実践中の糠漬けである。
悪戦苦闘しながら、少し先が見えてきた。

すべて小生が手掛けた発酵商品である。

 

発酵という事象を知ったのはいつごろだろか…

カビを見たりは、幼い頃から知っている。
しかし、それは単なる黴「かび」だ。
それが「発酵」と言う現象だと認識したのは、40歳になって農業の世界に入ったときだろう。

当時「肥料をつくる」ということから入った。
“肥料は買うものだ“と思っていたのが、“肥料を作る“と言う
その作り方が、”土と米糠と、鶏糞や木くずを、微生物資材と混ぜ合わせて発酵させる“という農法だった。
それを大量に500kgとか1トン作るのである。
その材料をスコップで混ぜ合わせてかき回して積み上げて、上から毛布をかけると、温度が上がってくるのだ。

最初は、”まさか?”と思った。
その内に、毛布を取ると、もうもうと水蒸気を上げてその土の山が50℃〜60℃になるのである。
そしてその周囲には、かぐわしい匂いが漂う。
これが”ボカシ肥”と呼ばれるもので「発酵」だった。
この温まった土を乾燥させて、畑や田圃に散布して肥料とする農法だった。

頭のなかでは窒素やリン酸・カリの詰まった肥料を、きっちり蒔いて植物の生育を促すのが栽培だと思っていた。
その農法は、土の上に単なる土を蒔いて、成長するのを待つのである。
不思議だ?
しかし、それで良いとわかったのは、しばらくしたころだ。

植物の生育は、種のなかに初期生育の養分が詰まっている。
それが温度や水分などの初期条件が合えば、芽が出て根が出てくる。
そして芽が光合成をおこない、根は土の中から水分と養分を吸い上げて成長する。
その養分は土の中で有機質として存在しているのを微生物が分解して無機質として吸収するのである。
つまり微生物が分解するという工程が入るか入らないかで大きな違いが出る。
それが化学肥料主体の慣行農業と、有機農業の違いである。

有機農業には微生物が大きな役割を果たしている。
さまざまな微生物がバランスよく土の中にいることが良い土で
その良い土を作るために「土を発酵させて散布するのである」

つまり温度が上がった土は、微生物のかたまりであるし
温度が上がり蒸発する水分というのは、増えた微生物の呼吸である。

ボカシ肥と言う言葉は、この農法から生まれた
つまり発酵した土の塊が”ボケたような…、ぼぉ〜っとした発酵している”状態の肥料だったので
ボカシ肥」と言い始めたのである

 

土は多様性を持つ。
それを単一栽培で同じ微生物しかいないような土になると連作障害を引き起こす
そのために多様な微生物を大量に増やした土を散布することで、健全な土を作り、
食料生産を永続する農にするのが有機農業である。
付加価値で経済的価値を高めたり、安心安全の作物を作るのが目的ではない

それを理解していない人が多いのである。

 

発酵研究会は、どうやら発酵で工業生産をたかめ商品開発を目的にしているようだが…
小生の思いとは、ちょっとちがうが…
農業における…食料生産における…
ちいさな発酵を提案したいと思う

発酵研究会の記念講演は、○○の素の研究員の講演だった。
アミノ酸の発見と生産技術の歴史と、これからの技術革新と多岐にわたったが…

小生には、ちんぷんかんぷんだった。
帰り際に、有名や豆腐屋のオヤジは
「文科系も来ると言っていたが、理科系ばっかりだ」
と話がわからなかったと言う
良かった仲間がいて…(泣)

母の朝食

ある会合に出た。

会合に出ると、ほとんど自分よりも年下である。
仕方なく自己紹介で年齢を言う
それは「年上だから尊重しろよ!」という意味ではない
「年上なので、新しい言葉を知らないから、わかりやすく言って欲しい」というお願いなのだ
そして「若い人の考え方や風潮を勉強している」という意味もある

そこで二人の子を持つ若い母親が、連れてきた自分の子どもたちを見つめて言った。
「この子達の食事を、これからず〜っと作らないといけないと思うと憂鬱になる」

”えっ!”と思ったが…
そういえば魔子様も新婚のときは「子どもはいらない」「料理は苦手」と言っていた
それがあっという間に「旦那はいらない」「弁当は得意」という風に変わってしまった。
すべて”子どものため”である。
女性は変わる。変わらないのは男かもしれない。

しかし、料理は面白い。
と言うか…母の朝食を作ることを始めた。
今までは、”朝食をそんなに食べない“と思い、
スープぐらいだったのを、きちんと朝食にしたのである。

最初はパンが好きだという母親のためにパンと生野菜サラダにスープだった。
パンはライ麦パンやハード系のパンなどにチーズやハムを挟んで…
ところが残すことが多い。
パンが好きだというのも、菓子パンのようである

しかたなく、玄米に変えたが玄米は残す
すこし固かったようだ。

最終的に基本は、白米と味噌汁、野菜と玉子焼きに魚、煮物にした。
90歳の母は、ほとんどきれいに食べてくれるようになった。
だんだん幼い頃に戻ってくるのだろう
やはり昔食べた食事がいちばんと言うスタイルになった。
いや昔食べた食事の、豪華版だろう

白米をたらふく食べられる時代ではなかった。
味噌汁も具は、豆腐か青菜に限られていた。
野菜も、ホウレン草やキャベツぐらいで、品種もそんなに無い
魚だってほとんどが塩びきと呼ばれる”塩漬けの鮭”ぐらいだろう
“塩びき”がつけば良い方で、卵などめったに食べない。
納豆は漬けた青菜を増量して、醤油をたっぷりかけて食べたようなものだ。

そういう意味では「胡瓜・トマトの生野菜にドレッシング」
「キャベツ・人参・ピーマンのオリーブオイル炒め」
「蒸し野菜」など豊富な野菜料理と、まるまる一個の卵を組み合わせた朝食は
戦前からみたら豪華な朝食だろう

母は、いつも言う
「こんなにしてもらって、ありがとう」
どうやら、母の弟(小生のおじさん)と間違えているようである
喜ばれる。それが作ることが好きになる一歩である。

盛岡の幸せ

冬は湯豆腐・夏は冷奴
コレが夕食の定番である。
何と言っても、それ以上腹に入らないのである。

 


朝出かけるときに昆布を一枚、鍋に放り込んで水を入れる。
帰ってきたら、とりあえず鍋に火を入れて煮立たせる。
そこで火を止めて、豆腐を半丁。5分。
5分の間に薬缶で湯を沸かし、熱燗を…
5分立ったところに、熱燗と湯豆腐が揃い踏み
熱々の燗酒と、ほろほろの湯豆腐が出来上がる

コレがスムーズにいかないと、一日が終わった気がしない
イライラして人に当たる(摩子様のときが多い)


朝、木綿豆腐の三分の一を、奴専用の丼に入れてラップをして冷蔵庫に入れる
帰ったら、おもむろにラップを剥がして、その時々のドレッシングを取り出し
ドレッシングは凝る。

岩塩にオリープオイル
オイスターソースに青じそ
梅酢にいりごま
玉葱とホワイトソース
ベーコンと黒胡椒
……

そして缶ビール(発泡酒とも言う)のプルトップを引き抜く

コレがスムーズにいかないと、一日が終わった気がしない
イライラして人に当たる(摩子様のときが多い)

二人暮らしだから当然魔子様しかあたり用がない。

 

年間に豆腐を多分180丁は食べるだろう

朝食にも…
店の昼食にも…
テーブルに豆腐が上がる場合があるから…

 

盛岡は豆腐の消費量が日本一だという
それは300g計算で年間100丁食べるという

小生のは田楽茶屋の木綿豆腐だ
田楽茶屋の木綿豆腐を知ってるかい?
なんと450gあるのだ
それがなんと140円という、すぐれものだ
それを年間180丁だから、300g換算だと…
いっぱいだ!腹いっぱい!

そしてすべて手づくりなのだ
だから時折、固かったり柔らかめだったりすることもある
それはタマ母さんの愛嬌で、カンベンだ

 

だいたいが豆腐が手づくりでなくて、何が子作りなのだ(意味不明)
昔は町内会に一軒、豆腐屋が有ったのだ。
昔、高校生時代に住んだ北上は、学校へ行く坂道の途中に豆腐屋が有った
今の盛岡にも、ラッパを吹いて自転車に乗っけて売りに来る豆腐屋がいる。
そんな身近な豆腐屋が、都会には無いという

なんと不便な…なんと暮らしにくい場所なのだ。
隣に豆腐屋が有る幸せ。盛岡の幸せである。

そういえば湯豆腐に敷いた昆布を、魔子様は「冷凍で取っとけ」と指示された。
そんな冷凍昆布を、鰹節と煮て御飯のお供に…

日本酒と醤油と豆板醤で辛めで煮詰めてビールのお供に…

盛岡の夏の幸せである。

鉢の皮

大雨である。豪雨である。滝のように流れてきた。
表現が、皆一緒だ。
酔っ払って結婚式の帰りに寄った合鴨稲作農家の武田哲は、

「見ました?結婚式場のそばの中津川!
もう水面が、土手すれすれで、今にも溢れそうで…
気が気でなくて…」

結婚式どころではなくて
たらふく呑んだらしい(?)
中津川沿いの今流行の結婚式場、ハウスウエディングに呼ばれたらしい。

大雨は店にも浸水してきた。

雨樋が壊れているのか…
ものに雨が落ちて水が入ってくるのか?

そのたびに修理するのだが、また新たに浸水箇所がみつかる

 

店の地名は「三割鉢の皮」という珍しい名前だ。
「三割」は、岩手由来の名前だ。
大きな岩が三つに割れた場所という…(大きな岩が三つ有る、三石という神社がある)

〜〜〜〜ブログ引用〜〜〜〜〜〜〜
昔、「羅刹」という悪い鬼がいて、里を荒らしまわっていたそうです。そこで、里の者たちは、この神社の神様に悪い鬼を捕まえてくれるようにお願いしました。
この三ツ石の神につかまった鬼は、大石に縛り付けられ、もう悪さはしないということを誓わされます。その証拠にこの大石に手形をつけて、二度とここには来ないと誓ってこの地を去ることになりました。
大石に手形をつけたことから「岩手」の地名が、「もう二度と来ない」と言ったことから別名「不来方(こずかた)」とも呼ばれるようになりました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そして「鉢の皮」と言うのは
鉢の皮(表面)。つまり鉢用の土が取れるところ、つまり粘土質の土地柄であるという

粘土質なのである。

まだ今のところは良いが、以前の店は、ビニールハウスだった。
市街化調整区域で基礎を打つ建物が建てられなかった。
地面に太いパイプを差し込んで表面をならし、床用のビニールを敷いただけの施設だった。
当然、夏は強烈な暖房がきき、冬は酷寒の日々が続いた。
農作物が悪くならないように外に冷蔵庫を置き、朝夕と出し入れをしなければならなかった。

そして大雨が降ると、水が周辺からなだれ込んできた。

粘土質だから、浸透しないのである。
おかげで春先の雪解け水や、今回のような大雨のときは水深20センチぐらいのときも有った。
店内は長靴で歩かないといけなかった。
それに比べれば…

天国のようなものだ!

大雨になると前の店と「鉢の皮」の由来を思い出す。

びりょく

店に、いつも7時頃来ている。

本当はもっと早く来たいのだが、小生の朝の作業が遅いのか…
魔子様が、認知症の母親の世話が焼けるのか…

もう一つは、孫を保育園を送っていかないといけない。
娘夫婦の子供を7時開園の保育園に送ると、とうぜん7時以降の到着になる

その孫を送っていって7時半頃だろうか…店についた。
梅雨の雨の朝、アナベルの大輪の花が土手に咲き誇っていた。

駐車場には一台の車が…

誰だろう?と思っていると、女性らしい大きな甲高い声で

「すいませ〜ん、無断駐車して!
これから秋田・青森の友の会のメンバーと一緒に出かけるもので待ち合わせをしているのです」と
あれ懐かしい、Hさんの声が…。
相変わらず小柄ながら背筋がシャンとして天を向いて語りかけてくる

「友の会って…何?」
「羽仁もと子の考えに共感した人たちの婦人の友の読者グループ」という

そんなの知らない

全国友の会は1930年 羽仁もと子 の思想に賛同した女性たちによって生まれた団体です。
キリスト教精神に基づく愛と協力をモットーに 健全な家庭をはぐくみ
地域に働きかけ よりよい社会を創りたいと活動しています

よくわからないが、家事とか…育児とか…を勉強する全国にあるグループらしい
たしかHさんは、ガールスカウトの偉いさんで、障害者施設にも関係していて、NPOの理事もやっている女性活動家だ
「台風10号の復旧支援のために岩泉に行くところだという」

 

彼女とはPTAの友達である
初めて中学校のPTAに乗り込んだ時、(乗り込むという気概を持って取り組まないといけない事柄が有った)
孤立無援の小生に、応援してくれた女性が二人いる。そのうちの一人だ。
乗り込んで驚いたことにPTA幹部役員はかざりもの、他の役員は学校の親睦団体、多くのPTA会員は黙って三年すぎれば終わるという団体だった。
学校側は校長はPTA幹部の機嫌取り、先生たちはややこしい事が起きないように…黙って…という形ばかりの集まりだった。

これで子どもたちは良いの?と思ったが…

三年間役員に手を上げつづけ、”今まで自主的に手を上げた人はいない!“と言われたが
クラスの委員長までで、学年の委員長には選ばれなかった。
「あんたは、今頃出てきて…」と言われて
ようするにPYA役員は小学校からの仲良しグループだったのである。

集会で問題提起をしても、先送り。そして次回は無視。
呼び出されて行くと幹部が集まり「集会で喋るな!」と脅し
そんなときに集会で、「キチンと話を聞くように…」と声を上げ
その後もいろいろと相談に乗ってくれ、学校側に話をしてくれたのが一学年上のPTA学年長だったHさんだった。

さんざん三年間学校をかき回したが、結局、何も替わっていない。

学校は…組織は…堅牢である。
文科省。教育委員会、学校、PTA、

そして個人は微力である。ということを知った。

そんなことを思い出しながら、弁当の配達に豪雨の中、出かけた。
こんな雨の中、車の中で食べる弁当だという…

どこへ行くのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

有名と無名

亀の尾の玄米を、もらった
石鳥谷の高橋亮介くんからである
亀の尾は、よく知っているが、食べたことがない
彼に頼んで分けてもらった

物々交換だ
と言いながら、小生のほうが歩が良かった

美味しい米だ

よく考えてみれば、酒米だと思っていたが亀の尾は、良食味の飯米の基本だった
名前だけは「酒用の米」というほうが有名だが

実は戦前の良食味の陸羽132号
戦後のコシヒカリ、ササニシキの祖先である
明治の庄内地方の阿部亀治という人が選抜したという

ようするに田んぼをほっつき歩いて、冷害の年に実っている数本の稲穂をみつけ
それを数年かけて育てて種籾にしたのである
書けば二行で終わってしまうが、
その二行の裏には血の滲むような年月と智慧の集大成が有ったのだと思う

 

以前、志和にOさんという二反分百姓がいた。
彼は慣行栽培の兼業農家である。
家の前の田んぼが、たしか段々畑のように4〜5枚あっただろうか…
一番上にはちいさな細長い田んぼが有って、さまざまな稲が植えてあった。
あちこちでもらった種籾を植え、自分の田んぼで生まれた特異品種を選抜採種して育てていた
彼の段々畑は水が循環するようになっている。
一番下の田んぼまで、水が落ちると車の中古のエンジンでポンプアップして上に上げた
せっかくぬるんだ水を流してしまわず循環させたのである

彼の田んぼは、足あとで踏み固められていた。
通常、田んぼの外から肥料や農薬を動力噴霧器で飛ばすのだが、
彼は田んぼに入って、一株一株の葉色をみながら肥料を振ったのである。
(植物に必要な窒素は、足りているか足りていないかは葉っぱの色に現れる
葉緑素を形成する窒素が多いと濃い緑になり、少ないと薄い緑になる)
それをみて判断するのである。
ようするに稲と対話をするのである。

彼は「93冷害(平成5年の大冷害)」のときに11俵/反の収量を上げた
他の農家は2〜3俵。青刈りと言って稲刈りをするのも手間なので草刈機で刈った農家もいた
タイ米騒動が起きた年である。
彼が言った言葉「あの時 窒素を振っていれば12俵は採れたのに…」
彼はノートに気温・地温・水温。成長の草丈・分けつ本数とうとう成長を克明に記録していた。
そんな彼を、近隣で真似するものは誰もいなかった。

多分、庄内の阿部亀治もそんな篤農家だったのだろうか?
選抜した稲に自分の名前がつき、それが後世に残った。

有名なコメを食べながら、無名の農家を思った。

しかし、亀の尾はさっぱり系だと思ったが、しっかりと粘り系の米だった

これはいけそうだ。

 

 

こうば

トミカと言って、「トミカ」と思うのは、小生だけだろうか…

子供に「トミカ?」と聞いて欲しい
「トミカ」とは、だれもが車のおもちゃだ、とおもうだろう
誰だって、”おとなのオモチャ”とは、勘違いしないはずだ

ところがトミカは「トミカ」ではない
「十三日」と書いてトミカと呼ばせるらしい
十三日に市が立つ日だったのだろうか…
十三日町のことを、むかし盛岡の街中では「とみか」と言っていたらしい
定休日の朝、ネットを見ていたら「とみか」で
トークイベントが有るというので出かけた

注目の「とみか」である。
病院の合間に…仕事の合間に…
昼食と兼ねて…

さまざまな合間が重なって、そのイベントに潜り込むことができた

そのスペースは、シェアオフィスと言う、名前がBUMBOというらしい
がたがたと言う引き戸を開けて覗いた

若者が4〜5人が黙々とパソコンに向き合っていた。
そしてポツリポツリと集まって14〜5人になっただろうか…
トークイベントという会が始まったが…

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「十三日(とみか)」2階のシェアオフィス「BUNBO」を会場にしたトークイベントを開催します。
普段は入居者しか使用できないスペースですが、この機会にシェアオフィスを見学しに来ませんか?

第1回目のゲストは、たくさんの人を巻き込んで、被災した建物をDIYでリノベーションし、気仙沼初のシェアオフィス「co-ba KESENNUMA」を立ち上げた杉浦恵一さん。

杉浦さんは、熊本生まれ、愛知育ちの31歳。
高校卒業後、ヒッチハイクで日本を旅している途中に、東日本大震災が発生。すぐ支援に向かい、そのまま気仙沼に移住し、復興に携わってこられました。
2011年に立ち上げたキャンドルアートプロジェクト「ともしびプロジェクト」は、SNSを使って全国の協力者を巻き込み、手仕事を生み出して、気仙沼市内にキャンドル工房を設立するに至りました。

「co-ba KESENNUMA」は、20代を中心に若者が集まる場所になり、オフィス利用以外にも、セミナーやライブ、ご飯会や落語など様々なイベントや取り組みの発信源になっています。

最近は、お寺の住職とのコラボ企画「坊主BAR」や「他力本願寺」などの企画にも取り組まれ、全国で講演を行っていらっしゃいます。 もっと見る

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ろうそくの話とか…大震災の話とか…気仙沼の話とか…
工場の話とか…、イベントの話とか…さまざまな話がごっちゃになって
意味が不明である

とりあえず「楽しい」「ゆるい」「すくない」「工夫」「自分たちで」とか
話をしている人は、名前が通った人らしいが…
こちとらは知らない

意味不明な質問をして、トンチンカンの理解をして時間は過ぎた

 

帰ってから眠れぬ夜に調べて考えた

ようするにデザインとかクリエーターとか言う人のシェアオフィスで
さまざまな人たちが、あつまる場をつくろう
ということらしい

そこから新しいアイディアや、ビジネスが生まれて新しい展開(街・世の中)ができると言う発想なのだろう

2〜30年前の会社や組織が集まった異業種交流会の、現代版、個人的・創造的の若者版なのだろうと
夜食のラーメンを食べながら理解に至った。

独りよがりの初老の現実情報収集には、もってこいのツールかもしれない
とりあえず情報社会。情報がどんどん流れて廃っていく。
鮮度が大切であるが、それでいいのか…という問いかけもしながら、考えたいが…

しかし、みんなスマフォを持っている。こちとら、もっていても、使いこなせない。
年は取りたくないものだ…

謙遜

こびる食堂のテーブルには「醤次郎」と「唐辛子」がおいてある
カウンターにも、様々な調味料が置いてある
市販されているのも多いが、自家製のものもある

調味料を置くのは、アジアの文化だと言う
そういえば、洋食では調味料はテーブルにおいていない。
コース料理にしてもアラカルトにしても、皿をドーンと置いておしまいである。
「私の料理はこれだ!」と言う傲慢(自慢・個性的)な意思表示である。

 

昔と言っても、東京でギラギラしていた若い時分だ。
六本木の本格的中華料理で接待されたことが有る。

それまで紹興酒に氷砂糖を入れて呑むものだと思っていた
ところが接待した得意先は
「氷砂糖はね、私のお酒は、まだ熟成が進んでいません。どうぞ砂糖を入れて呑んでください」
と言う”謙遜なのだ!”と教えてもらった。

驚いた。
それ以来、氷砂糖を入れないで呑んだ。
それは、それで美味しかった。(酒はなんでも美味しいのだ)

 

日本では、さまざまな食堂で塩と醤油、唐辛子は常備。
ラーメン屋なら胡椒と餃子用に酢とラー油が置いてある。

当店は、岩塩、バジル塩。七味の辛口、大辛口、一味。ハバネロ。沖縄の島とうがらし。

市販の調味料と自家製調味料が、カウンターに置いてある

自家製調味料が、また増えた。

あるとき客が「青南蛮の醤油がないか?」と聞かれた
冷蔵庫を探したら、奥に昨年の夏に作った青南蛮醤油があった。
「これでいいですか?」と渡すと。嬉しそうに持って帰った。
辛味が絡んで、ちょうど冷奴にはちょうどいい。

 

あるとき池波正太郎の小説を読んでいたら「煎り酒」が出てきた
江戸時代の調味料だと言う
醤油は江戸時代が始まってからできた。
高級だったので、庶民は煎り酒を使っていたと言う
日本酒に昆布を入れて、梅干しで煮詰めたものだ。
さっぱりしてちょっと酸っぱい、冷奴にちょうどいい。

 

あるとき。ニラ玉を食べきれないほど大量に韮が余った。
韮を大量に食べる料理を知らない。
仕方ないので当店のオリジナル醤油「醤次郎」につけておいた
その内に何か使えるだろう!と…
開けた見たら韮のいい香り(好みによる)がついていた
韮の薫りの冷奴がちょうどいい、

当店の料理は、お好みに合いませんが…どうぞ自由に調味してください

魔子様に怒られそうだ!

三連休

梅雨は開けていない。
いや始まったばかりなのに…
こんな暑さが、いつまで続くのか…
盛岡が、東京よりも暑いなんて…

いつも、そうなのだが…
雪が降り始める初冬。
暑さが厳しくなる梅雨明け。

この時期は、客が減る。
まだ身体が慣れていないから、外へ出るのが億劫なのか…
食欲が変わるのか…

”今日も暑い”と思いながら、レジに立つと

朝8時から営業していると、知れ渡ったのか…
暑さを逃れて、朝早く買い物に来る

嬉しい!

しかし、立て続けに万札を出された。
給料が出たのか…
ボーナスが出たのか…
「連休用に千円札を用意して置いたのか?」と聞くと
「つい、うっかり忘れた」と魔子様
「忘れた」と言えば、許されると想っている魔子様である
金融機関はあと2日は、すべて休み。
早朝で両替してくれる店も開いていない。
財布の小銭を出し、眞子さまの財布、配達用の財布、梅さんの財布
財布という名のつくものはすべて点検して、もうナイフ(オヤジギャグ)

千円札をすっかり吐き出して、張り紙を出した。

本当は「千円札」ではなく「売上」と書きたかったのだが…

店は売り上げが不足して
大地は水分が不足して…

と思ったら豪雨がやってきた。
店に避難してきたのだろうか…
コオロギが商品の上に止まって動かない。
「ゆずこしょう」なんて辛いぞ!と声をかけながら
水を飛ばしながら外を通る車を眺めた。

 

連休初日は、異常に客が少なかった。
材木町の夜市も、静かだったと言う

この連休はダメか…
国は、連休を多く作れば、観光地に金が落ちるという図式なのだろうが…
出かけられた街の中は、ガラガラである。
朝、雨が降って出かけるきっかけを失い、その後晴れるというパターンが
街中の施設や、都市近郊のイベントにとっては都合がいい

そんな都合のいい天気に何日なってくれるのか…

連休二日目は、晴れていた朝が一転豪雨となり、午後まで続いた。
大雨警報である。極端な天気が続く

遠隔地には、どこにも出かけられない
おかげで家族連れで、食堂が引きも切らない。
テーブル席は満席である。
慌てて羽釜で、ご飯を炊くも…
間に合わない
そして炊き上がった頃には、客はいない。

連休三日目はどんな展開になるのか…

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