ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

穴場

木伏緑地「きっぷしりょくち」

「木伏緑地」へ、行ってきた。
こんな”緑地”聞いたことがない。
どこに有るのだ?
木と言う名がついているから山か?
と思ったら、川のそばだった!
この前、新聞で話題になっていたが…
PFIという市民公募型の施設で
「トイレを作ると言いながら、飲食店ができている」
と言って…商店街から、横槍が入った!
と問題になった施設の公園だ。

一回通ってみると「なるほど、これは面白い。」
ひょとして、企画書に説明は有ったが、気が付かないというか
問題にするほどでもないと、たかをくくったのか…
しかし、”良くできている”「これでは、客が流れる」と慌てたのか…
この発想は、昔の人というか…常識人と言うか…公務員とか…
商売人というか…経営者にはない発想だ。
 まず土地が細長い、車が入れない、入りにくい。
 川が近い。ダムの放流 増水。反乱するとどうなる?
 店が狭い(コンテナハウスのため)
 ウッドデッキは、借景として河川敷の芝生があるが…
 雪の冬場や、雨のとき、カンカン照りの夏も使用できない
色々と考えると、従来の飲食業の立地条件としてはマイナス要因ばかりである。

しかし、考えようによっては、イケるかもしれない。
まず雰囲気がいい。ビルの谷間にあった、川の流れが見える場所である
盛岡は、世界で一番という友人がいる
それは親水性である。川と親しい。通常川に落ちないように柵が設けてある
ところが中心部で合流する北上川・雫石川・中津川と三本の川は、川辺に降りられるようになっていて、できるだけ柵を作らない工夫をしている。
まして中津川は、海から200kmも鮭が上ってくる川で
秋になると、橋の上から覗き込んで見るのが名物だ。

近頃は、こだわった飲み物・食い物が、ちまたに山ほどある
雰囲気も和風・洋風から、なんでもあるといっても良い。
ところが風景は、ここにしか無いという唯一無二の場所である。
こんなところで
静かにぬか漬けで、モッキリを傾けたい、
安いビールで焼き鳥を…
川を見ながら、上司の文句を忘れ
家に戻って、聞きたくない嫁さんのグチを聞く準備をして
いっぱい呑んで帰りたい
サラリーマン時代のころ、よく行った穴場を思い出した。

グローバル気候マーチ

一人の女の子が、初めたという。スエーデンの女の子だという。
高校生のグレタ・トゥーンベリさんは、昨年8月から毎週金曜日に、
学校を休み、国会前で一人、気候変動対策を求める抗議を初めたという。
そのスクール・ストライキに参加し、フライディ−・フォ・フューチャー運動の参加者が、世界で数百万人になったという
今年の9月23日に国連気候サミットに、その声を届けようとSNSで拡散し、
9月20日、グローバル気候マーチを開催する動きが、世界中に広がった。
それを見た金ケ崎の女の子が、フェイスブックで呼びかけた。

行ってきた。
集まっているのは20人ぐらい。ほとんどが20〜30代
見かけた顔が二人。
取材のOさんと、三陸の海を守る会のNさんである。
そういえば、再稼働反対の会も女性がスタートだという
20代30代の若い女性の行動力には脱帽だ。(ついでに脱毛?)
再稼働反対の会は、警察も厳しい対応をしたが、今回はフレンドリーだ。
デモは道の真ん中を歩かせてくれる。
警官が5人もついて信号や車の対応をしてくれる。
言葉遣いも丁寧で、にこやかである。
なんだこの違いは…

途中、横断歩道で停められた若い女性は
「横断歩道で立ち往生させられて…」とブツブツ言っているのが聞こえた
20〜30人の紙製のプラカードを掲げて踊り
ビートルズの「all you need is love」を流しながら歩く集団は
奇異に移ったようだ。何が通っているのか…、不思議なものを見るような…
最後は、開運橋のたもとの河川敷から、
橋を渡る人たちや、土手を歩く人達に、下から呼びかけて終わった。

グローバル気候マーチ?開運橋編
階段が降りれないので上から目線

この気候危機への緊急対策をもとめるグローバル気候マーチにしても、原発の再稼働をにしても、若い人たちが、様々なデジタルな手法で、スピーディに流してくる。それを受け止めて地域のスローな受け皿をつくるのがアナログの年寄りの役目か…と思う今日このごろ。
足のむくみが、ひどくなった(泣)
膝の靭帯が…(大泣)

おくりもの

紅伊豆?サニールージュ?

ぶどうをもらった。御礼だとおもう。
”本を贈ってやった”だけなのだが…
それも自費出版の非売品を預かったものだから、かかった費用は運送料だけだ。
まぁ、いただきものは、ありがたく感謝していただくことにしている。
以前は良かったが、二人暮らしになり、店もしめて人付き合いが少なくなると
大量にもらうと、こまる。
子どもの頃は、そんなに貰い物というのも無かったが…
 最近は貰い物が多い。それどころか農家と付き合うと大変なのである。
食べきれないほど、大量にもらう。
彼らにとっては、野菜は商品なのだが、規格外も大変多くでてくる。
つまり規格外は、農協に出荷できない、
出荷できる産直は、みんな同じ品種で値段のたたきあいになって残る。
出荷の日の朝の産直は、前日の残り物交換会の様子を呈する。
農家でない人が来ると「それもっていけ。これでもかあ〜」
もらった街場の人には、大きくなった子どもたちもいない、
人付き合いも年をとってくるとあまりいない。
仕方がないから隣近所へと言っても、周りは老人世帯ばかりだ。

哲学者の内山節から聞いた話。
「昔は、自家用の畑が見えるところにあって、ちょっとした御礼には
できが良くないトマトが成っていれば、熟した赤いトマトを持っていってやり、
お返しに、まだ大根が小さければ、大きくなった大根をお返しにもっていって、
きゅうりが病気になっていれば、良いきゅうりを持っていき、
漬物が上手ならば蕪を…白菜を…と」
村人は畑を見渡して7〜8回お返しを繰り返すと
部落の人が、だいたい行き渡って過不足が解消された」
贈り物は、そういう意味で過不足を平準化するための文化と言う一面もあった。

最近、お返しは金銭になり、
それも、ほとんど単価がわかるような…
結婚式や葬式も、本が贈られて、それから選ぶようになっている
合理的といえば、合理的だが…
なんとなく、温かい心が感じられない気がするのは、古い人間なのだろうか…
旬のときに旬のものを、少しだけもらうと、なんとなく嬉しくなる。

心配することが多すぎる

県立中央病院駐車場
屋上

いつも障害者のスペースに停める。
健康そうな、こんな大男が障害者のスペースに止めるのは、
心苦しいのだが…
なんと言っても長い距離を歩けない。
階段の段差が、足が上がらない。
仕方がないので、エレベーターの近く、
そして外来病棟から近いところへ車を停める。
そして、いそいそと、障害者駐車票を掲げる。

ところが今日は、満車である。どんどん空きスペースを探していたら屋上に来た
初めてである。それも三階屋上のもう一段上の三階半だ?
なにか、おかしいことが有る日なのだろうか…
ちょっとした変化で、不安と期待が交雑する小心者だ。

いつものことながら、新しいシステムになれるのは時間がかかる。
歳のせいか…
今までは診察カードの番号で呼ばれていたが…
今度は毎回番号が違う。なぜ、こんなシステムにしたのだ。
今までは「903番さ〜ん」と呼ばれれば本を読んでいてもすぐわかったが…
今度は、毎回呼ばれる番号が違う。
「今日は1953番だ。」「昨日は2865番だ」
毎回番号を覚えていないといけない。覚えるために本などよんでいられない。
よその人の番号まで気にしないといけない。
何回も番号で呼ばれて、そのうちに
「お名前でお呼びしまぁ〜す。桜リカちゃぁ〜ん」
なんて呼ばれた人が、腰の曲がったおばぁちゃんでは…
番号は、ちゃんと覚えておけよ!と言いたい。

以前、不法建築か何かでテレビで騒がれた同姓同名の容疑者名で呼ばれた、
待合室から一斉に白い目を浴び
どんな男が出てくるのかと皆に興味津々で見つめられた
”最初から、もっと大きな声で番号を呼べよ”
と寝ぼけまなこで、思ったものだ。
だから待合室でも気が抜けない。
おちおちと寝ていられない。これでは、どこで寝るのだ。
病院の待合室は、読書と睡眠補充の時間なのに…

そういえば以前「なぜ番号で呼ぶんだ!」とクレームを付けて新聞沙汰になり
自殺した県会議員がいた。
今回、県会議員に当選した友人がいる。
やつは番号を呼ばれても、周りの人のことお考えるタイプだから心配だ。
周りの人のことばかり考えて、自分のことは後回し、政治家のタイプではない。
大丈夫か?
心配することが多すぎる(泣)

しゃらくせー

中の橋のシンボル
発酵研究会

開店準備の次の展開が見えてきそうだが…
なかなかスムーズに行かない。
そんなときに気分転換でもないが、真面目な研究会に出てみる。
赤レンガ館のそばである。
暇だから早めに行ったが、一番最初だった。

発酵研究会の会長は、鷲の尾の若社長である。
「客が少ないので中央付近に…」と言う
なるほど、いっぱいになったら300は入るところに、20人だと言う
人集めは、いつも大変である。
有名人を呼ぶとか、ビジネスにすぐ役立つというなら、人も集まるだろうが…

今日のテーマは「ナトカリ食品」である。
発酵研究会でナトカリ食品?
要するに保存や漬物の発酵食品に塩で保存するのを
”減ナトリウム・増カリウムの塩”を利用しようと言う運動の団体の発表である。
ナトリウム摂取をへらすと血圧が下がり
カリウムの摂取を増やすと血圧が上がりにくくなる
だから結論として
塩分を1日10グラム以下にして(減ナトリウム)
野菜を300グラム以上食べることにしよう(増カリウム)
というのが今の状況にある
こんなのは絵に描いた餅だ!と言う主張である(すばらしい
塩を減らすと美味しくなくなる
野菜や果物を毎日300g以上などというのは(兎になれということか?)
豚にみたいに太った奴ばかりで、兎のようなすばしっこい奴は見当たらない

つまり塩味を残してナトリウムを減らし、
カリウムを増やす調味料(ヘルシオライト(塩)を使おうと言うことらしい




これは良いかもしれない。味にこだわっている。
減塩とはいえ、塩味が無い食品なんか食べられたものではない。
塩味を残しながら、カリウムのエグい味を出しゃばらないようにする。

塩というのは重要である。塩味のしない料理など、
菅義偉のいない安倍内閣のようなものである(?)

そんな話を聞いて第二部は、
岩手大学生が日本酒を作るというサークルの発表会である。
こちらのほうが興味があったが、「岩手大学」と言う酒を売っていた。と言う
その在庫が無くなりかけているので、作ろうという話らしい
若い人たちの日本酒離れは、顕著らしい
その原因を、はっきり掴んでいないという
自分たちのことだから、そのへんをきちんと把握して取り組まないと…
と思うのだが…
 小生が学生時代のころは、二級酒しかなかった。
九州の奴は焼酎を呑んでいたが、焼酎は労働者が呑むものだ。と言って嫌った。
そうなのだ!学生には日本酒、それも二級酒しかなかったが、
コンパで、バーテンのアルバイトをしていたおかげで、洋酒はたらふく呑んだ。
と言っても、トリスやハイニッカ、サントリーレッドなど安物ばかりだったが。
当時は、みな貧乏だった。
バイト代が入ったときだけ、行きつけのスナックで、
ハンバーグにオールドの水割りを呑んだのが至福の夜だった。
今の学生は、ワインやカクテルだという。
しゃらくせー!
と言えるのも年寄りのなせる技だろうか…

蕎麦刈り

魔子様の天ざる
入道のすじこそば

久しぶりの外食である。
食道癌で食道を切除、その縫い合わせた所が狭まり、胃に落ちていかない。
つまり食道に、ちいさな関所ができたようなものだ。
その関所に食べ物が滞留し喉まで詰まって、食べられないという状況に陥る。
それだけならいいが、食い意地が汚いから、目だけは食べたい。
つい一口、二口と食べ物をつまみ、押し込んでしまう。それが悲劇。
落ちていかないだけなら良いが、戻ってくる。
七転八倒しながらもどす、という羽目になる。
だから、ほとんど外食しない。宴会も不参加。それでえ〜んかい?(ダジャレ)
昔は、付き合いだけは、いい男だったが、今は付き合いも悪い男だ。
そのほかに、悪いところは根性や。顔。スタイルと、多々ある、(泣)

母の見舞いという名の散歩に行って、顔を見てくる
特養ホームのユニットと呼ばれる食堂でみんなでテレビを見ている母は
小生に面と向かって言う
「息子が見えない。どこへ行ったのかね」
以前は「息子だよ!」とか
「ここにいるよ!」とか言っていたが、最近は諦めた
「どこかに、出かけているんだよ。仕事で忙しいから…」といなす。
昔の話でもすれば良いのだが、それも、ほとんど覚えていない。
仕方がないので、要件だけ済ませて帰る
今回は、ご飯茶碗が欠けたという。

「どこかで昼食を…」と魔子様に言うと
「蕎麦」と、いつも言う
蕎麦しか知らないのか?
そして挙句の果てに「天ぷらそば」を注文する
暑ければ「天ざる」を…
冒険はしない。一途といえば、かっこいいが、それしか知らない。
こちとらは、蕎麦屋に入ったらモッキリを頼みたい
そしてアテは…と一生懸命に考える
魔子様は「蕎麦屋のメニューを眺めながら…
「はなまきって何?」「おかめは?」
「ちいさいころは、たぬき蕎麦しか食べたことがない」と言う
小生だって一緒だ。
近くの八百屋みたいな、なんでも屋で「玉うどん」を湯がき、自家製の汁だった
湯がいた蕎麦もあったが、好きではないから、ウドンだった。
そういえば中華そばも、始めた食べたのは中学生の頃だった。
近くにホルモン屋ができ、家族で初めて行って食べたのが中華そばだった。

久しぶりの蕎麦屋に魔子様はいつもの
「天ざる!」といい
小生は、探しに探して、今まで注文してない「「すじこ蕎麦!もっきり!」
着物姿の女給は「もっきりって?蕎麦前ですか?常温で…」と言った。

閉めたちいさな野菜畑では、手打ちそばをメニューにしていた。
そば粉は、山間部の蕎麦が香りが良いと言う
平場の蕎麦は、山間部の蕎麦にはかなわないと…
それが選べるのが岩手の蕎麦の良いところだったが…

そろそろ蕎麦刈の時期だ。香りのいい新蕎麦は、いつ頃になるのか…


オール電化の豊かな暮らし

5年前だろうか…
ある大手新聞の地域版のコラムを担当していたことが有る。
今頃だろうか…トランス故障で店が停電になったことが有る
そのときに書いた「コラム」が”没”になった。
多分、大手広告スポンサーである電力会社への忖度であろう。
下記は、そのときの原稿である。
関東でも、まだ自然が残っている千葉の房総
被災した施設の担当者や、若い人たちが「オール電化でどうしようもない」
と言っているのを聞いて思い出した。
自然は、想定外である。想定外にどう立ち向かうか?
エネルギーの多様性しかないと思うのだが、
原発再稼働が取り沙汰されるのでは…

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東日本大震災のときも大活躍した薪ストーブ。薪は間伐材である。

以下原稿〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

店が停電になった。
「トランスの故障で交換が必要」と言うことで、回復まで夕暮れ時の4時間、電気が通じない状況が続いた。冷蔵庫・冷凍庫はもちろん、照明もつかない。
唯一暖房だけは、薪ストーブによってようやく暖を取ることが出来た。
数日前にも近所で停電になった。
その家では、暖房も全て止まり、「寒くて困った。」と嘆いていた。
電力会社の対応も拙い点があったが、
修理に来た車には「HOT&GOODオール電化で豊かな暮らし」と書いてあった。
電気が止まるとほとんど生活が出来ない暮らしは、本当に豊かなのだろうか。
やはり生活防衛としてエネルギー源は、多様な方が良いようだ。

農家を回っていると納屋には大きな冷凍庫が大体おいてある。
ある農家の嫁は
「冷凍庫が二台もあり、祖母たちが何年前のイカも保存しているが、
 食べられる代物か?電気代がいくらかかるか…」
別の農家は
「孫が遊んで電源を落として、冷凍庫のものがすべてだめになってしまった」
という
冷凍保存が、万能のように思っているが、
タンパク質はマイナス70℃以下でないと変成してしまうと言う。
岩手は、厳しい寒さの冬が長い。
電気が無い時代は、多様な保存法があった。
塩蔵・乾燥・発酵・むろ等々、そして、その一つ一つに塩加減や、乾燥度合い、発酵菌の種類など、様々な智慧が活かされていた。
先人の技を見直し、化石燃料に頼らない、
地域資源のエネルギーによる暮らしが、いざというとき一番強いように思う。

枝豆味噌?

ある産直へ行った。産直と言って良いのか…
小生がやり始めてから
産直というジャンルが、ごちゃごちゃになった
なぜなら、田舎の郊外の産直なら
「なにか良いのあるかな?」「面白いものが…」
「安いものがあれば…」という期待で入るから、何でも良いのであるが…
街なかにある、ちいさな野菜畑の場合
町中の人が日常の生活の中でメニューを特定して求めてくるのである
昔なら、八百屋は旬のものしか売っていなかったが、今は何でも揃っている
冬でも、きゅうりトマトは、あたりまえに売っている
そんな中で働くのに忙しい主婦は、メニューを決めて買いに来る
もっとも旬の料理を作るという程、レパートリーは多く無いだろう(失礼)
だから、品揃えをキチンとしてないといけない。
つまり街なかの産直は、
八百屋の品揃えと、スーパーの安さと、デパートの品質を求められるのである。
(もっともこんな分類も、ごちゃごちゃになってしまったが…)

だから店としてオリジナリティを出したいと思うと、勢い農産加工品になる
賞味期限が長いから、売り場を埋めるのには丁度いい。
そうすると簡単には塩漬けの漬物であり、それから発酵食品になる
発酵食品は納豆や醤油だが、やはり昔から作っていた自家製の味噌が断然多い。
その味噌が出回っているが、当店の味噌は秘伝豆のオリジナル豆味噌である。
豆味噌は日本では愛知県岡崎の八丁味噌が有名で、他にはあまりない。
米の取れない岩手県北部は、豆味噌を作っていた。
要するに豆を煮てつぶし味噌玉にして、天井の梁にぶら下げて置いた
その味噌玉に家付き麹菌がつき、梁からおろして塩と一緒に漬け込んだ。
つまり大豆と家付き麹と塩しか入っていないのである。
ところが衛生上そんな製法は認められないのである。
だから豆味噌を作るメーカーはほとんど無くなって
軽米町の大黒味噌醤油だけになった。

ところが味噌を製品として購入するようになって、
米みそが美味しくて売れると評判で、メーカーが作るのは米みそ一色になった。
(味噌には三種類あり

乾燥大豆に米に麹をふりかけて発酵させ塩を加えた米味噌
乾燥大豆に麦に麹をふりかけて発酵させ塩を加えた麦味噌があり、
乾燥大豆に直接麹をふりかけたので大豆・麹・塩の表示になる豆味噌がある)

だから当店は豆味噌にこだわった。
乾燥させた秘伝豆でつくった豆味噌「豆蔵」である。

ところが、とある産直では売っていたのは

枝豆味噌?
白味噌?

白味噌の枝豆味噌である。これはどういう味噌なのだ?
秘伝豆は別称「日本一の香り枝豆」というが、それに由来しているのか…
麹を増やすために米・麦・豆が三種類ある。
熟成期間の長さで赤味噌(長期熟成)白味噌(短期熟成)と二種類ある。
まして枝豆というのは大豆の若いもの(未熟大豆)で味噌には普通使用しない。

枝豆で味噌はできるのだろうか…
乾燥大豆を煮る(蒸す)という作業は殺菌の意味もあると思うのだが…
水分が多い枝豆だと過剰な水分で発酵ではなく腐敗するのでは…
それ以前に麹が活動できるのか…
なぜ白味噌なのだ。赤味噌の文化圏なのに…
やはり長期熟成させると腐るのか…

そんな疑問を持って購入をしてみた。
なめた
普通の味噌だ。
煮出した
普通の味噌だ。
昔の豆味噌の香りも味もしない
どういう意味があるのだ

秘伝がブームになっているから秘伝味噌と名付けたのだ
しかし、秘伝の枝豆はこれから9月中旬以降にでてくるのだが…

売れればいいと何でも名前がついてくる。

岩手は広い

「トンネルと2つ抜けて左へ曲がると、もうそこが家だから…」
と、大ちゃんが言う。
”そうかぁ〜、そうだった。トンネルをくぐって、右へ登ってそれから山道だ…”
久しぶりに、いや10年ぶりだろうか…
田野畑の生産者の家を訪ねた。
来るつもりはなかったのだが、急に近くだったのを思い出した。
ちょっと寄って、顔を出さないと…
10年前は、トンネルを抜け、右折し尾根を超えて確か降りたところだった。
走り出して、後悔をした。
いつもは十分に地図を眺めて来るのだが…
10年前に来た感覚が、頭を支配していた

最初の間違いは、トンネルを抜けて右へ行ったのに
その前に右へ行く立派な道ができていたのである。
「あれ?この道か?」
トンネルを抜けない前に、曲がってしまった。
それからが、混乱の始まりだった。
いや!この道か?
左か?右か?
どっちに向かって、走っているのか?
途中、産直で道を聞いた
店員は「グリーンロード知ってますか?」
「そんなの知らない。いいよ、もうナビのまま行くから…」
しかし、ナビは役に立たない。
ナビは、地図の道なき道を車が走っているのである。
そして、ようやく10年前にきた記憶の中の看板が見えてきた。

たっぷりと、ご無沙汰の2時間を過ごし
帰り道、そういえば思い出した。
癌で無くなった主人は、工事中の道路を見ながら
「この道ができれば、一本道で岩泉へ行けるのだが…」
そうなのである。
その一本道を中心にして、
ジグザグに山道を上り下りしながらたどり着いたのである。
大ちゃん!
「トンネル2つ抜けて左」という道案内は正しいが、わかりにくい!

と思いながら、小生も
「店の前を、まっすぐ行って3つ目の信号を左に曲がると葛巻」
という案内をしていた。
2つ目の信号まで5分、3つ目まで1時間、それから葛巻の町中まで1時間

岩手は広いのである。

たぴおか

ひさしぶりに街に出た。
というか、ナナック亡き後の寂れた町を見に行こう…
なにか感じるものが…と思って肴町のアーケード街に行った
人の流れは通常に普通であった。
しかし、それは幻想だった。奥へいけばいくほど
人通りは少なくなり、店も閉めている店が
ポツンポツンが、そのうちにどんどん列をなして…
大通りはまだ夜があるが…肴町は回復するのに時間がかかるのか
知っている露天に店を出している産直に
「どう人出は…」と問うと
「ナナックが無くなっても、あそこは人が集う場所で買い物ではないから…」
「ただ宝くじ売り場が無くなったとたん客は減った」と言う

とりあえず奥までいくと、100円ショップに押されてここまで流れてきたのか大きな文房具店が寂しく開いていた。
その向かいには、昔からホームセンターが…
どちらも家庭では必需品だが、需要が…
100均とネット販売で時代の流れとはいえ
昔は何が有るか楽しみだったのに…

奥まったところになにを売っているのか?スタンドバーみたいな…

タピオカと書いてある。
これかぁ〜今のはやりは…
ふと買い求めてみた。
ご機嫌が悪くならないように魔子様と二人分だ。
驚いた。一個600円と650円だ。
店員は、何回も、いろいろなものをかけまわし、最後に
「食べるときに、かき回してなるべく早く食べてください」
と言って手渡された。
しかし、自宅に持って帰るのだ。
自宅に着く前に、あちこちと寄らないと…
魔子様は「美味しいね」と言って食べた

ちょっと食べると、もう入っていかない小生は冷蔵庫に入れ
翌朝「なんだミルクに蒟蒻玉が入っているのだ」
「こんなのが美味しいのかい?」