ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

オープン

ひさしぶりのブログだ。

「オープン」と書くと、賭け事好きは「オープンリーチか?」と思う
スケベなやつは「十三か?」と思う(関西人しか知らない!)

そうではない

ようやくオープンまで、こぎつけた
おもえば三年前だろうか…
このままではいけない!このままでは…!という危機感が、
「街なかに、アンテナショップを!」と思っていたのだが
具体的には、動き出せなかった。
資金の問題、今の地方経済の落ち込み、場所等々の問題は山積みだった。
もう時間切れだと思っていたところに、スイスイと流れるように話が進んだ。

動いて見るものだ。語って見るものだ。
動いて語って、なんとか近くまで来たが、
それにもまして次から次へと難問奇問が…
4ヶ月かかっただろう
疲れ果てて酒量があがり、疲れ切って酒量がさがった。
ようやくオープンである。

酒も届いた。

あとは客だけだ。開店初日は、客よりも従業員の多い時間がず~っとあった。
体重は500gほど痩せた!

 

 

 

そのうちに…

いま新しいことをやり始めようとしている

あるビルの一角にアンテナショップだ。
10坪ばかりのカフェをやっていたところだ
家賃が高いので困っていたが、「安くする」と言うので決めた

ところが新しいことをやり始めようとすると、今までの仕事を誰が引き継ぐのか?
ただでさえ

「いっぱい!いっぱい!」なのに…

内装の問題、調度の問題、メニューの問題、広告宣伝の問題。資金の問題、そして人の問題。

問題が山積である。

やりたいことがいっぱいあるが、整理できない。
ひとつひとつ解決しないといけないのだが…

そういうわけでちょっと忙しい。

書きたいことは山程あるが、ブログにもなかなか手を出せない

そのうちに

 

 

それはこちらのセリフです

携帯を替えた
ガラケーからスマフォに
使い方が、ぜんぜん分らん

かろうじて「電話を取る」は出来た。
ところが「電話を切る」が出来ない
何回も”電話が横になっている”マークを押したが、そこは「かける」ボタンのようだ
何回も、さっき切った相手の「もしもし」が聞こえる
「スマフォを使いこなせないので…」と返事をするのも恥ずかしい
無言で切ってしまった。

常識はずれだ!(反省)

 

mailも打てない。
検索もできない

 

魔子様が「音声入力でやってみれば?」と言う
「ほら!出るでしょう!”ご用件はなんですか?”」と読み上げた

スマフォは言う
「それは、こちらのセリフです」

魔子様は笑い転げた。

初めて撮ったスマフォの一枚
どうしてもインスタント写真のように見えない。

これは「インスタばえ」と言えないのだろう!

脱産直宣言

背の高い婦人がレジで、なにやら聞いている
客と対応している魔子様が、小生に向かって
「無農薬の野菜を扱っているところはないの?」と聞いてきた
「何?」自分のところで扱っているのに…

と思ったが、どうやらお客は

”無農薬の野菜が選べるような直売所”を探しているようだ

出ていくと
「病気になって初めて食べ物の大切さを知って、どこで売っているのか?探しているのですが…」

こういうお客様が一番、説明の程度が難しい
まず「農業」と言う説明からしないといけないからである
そして「現代の流通」が、いかに問題があるか…
それには「人間の欲」の問題と…
そして彼女は
「ものを見ても…
人を見ても…
自分ではわからないので…」と最後に付け加えた

 

まず今の八百屋や量販店に並んでいる商品がどれだけ国産品の並んでいるか?
海外産は安全なのか?と言って地場産の比率は?
結局、今の時期(4月5月)は地場産(岩手産)のものはほとんどないのである
まして有機農産物など無いと言っても良い
自然栽培というか、自然にできた山菜の時期ではあるが…
それも「栽培」や「自然栽培という、ほったらかし」
それがすぎると「野生化栽培」と言う名に変わる
じょじょに岩手産がでてくるが、あっという間に終わる
岩手の農産物は、品種が満足の揃うのが4ヶ月(7月8月9月10月)しかないのである。

だから産直で食べていくというのは至難の業なのである。
当店も最初から市場流通の仲卸が入っている。
大きな農協系の産直は、ほとんど他の農協や漁協と提携している。
産直という名を借りた量販店なのであり、量販店の中に産直がある。
経営的にも、年間を通じて地場産有機野菜を揃えるというのは不可能なのだ

 

当店が有機農産物中心の街中産直を始めたのはもう25年も前になる
当時、有機農産物は肩身が狭かった
「無農薬です」とPOPに書くと
「わしのは毒薬を撒いて栽培しているのか?」と同じ出荷者から言われると聞いた
だから「無農薬」「有機栽培」とは書けなかったと…

そんな生産地のそばの産直から、消費者に近い産直を始めたのが、ちいさな野菜畑である
有機農産物を栽培している農家が地元の産直ではなく。消費地に近い場所に…
しかし、さまざまな問題があった。
農業は金を稼ごうとすると、ある程度の量が求められる
つまり一つの作物を作るのにも、種はワンロット(小袋)買わないといけない
種取りのばあい、選抜のためにある程度の量を必要とする
自家生産肥料といっても、作る量は最低ロット必要とする
(発酵肥料の場合、発酵させるためには熱量保存のために1トン程度の仕込みをしないといけない)
まして畑が空くと雑草が生えるから、生えない程度の作物を植えないといけない

等々の事情があって、ある程度の量を植えざるを得ない
それが果菜類のように、少しづつ取れる野菜であればいいが。
白菜・キャベツ・大根のように土地利用型は、一挙に収穫が始まる。
収穫が始まると一挙に腐敗が始まる。(野菜は収穫と同時に腐敗が始まるのである)
だから一挙に売らないといけない

だから食べる野菜をすべて産直で有機農産物を揃えるというのは至難の業なのである
まして、それを選べるようにするのは…

だから平成7年に街中産直をオープンして11年後「脱産直宣言」をした

脱 産直宣言!(2006年(平成18年)7月)

 

 平成7年(1995年)7月8日、農家直売所ちいさな野菜畑は、地域を越えた17人の生産者によって、盛岡市の一角で産声を上げた。

企画段階で岩手県の担当者に補助金の相談をしたところ、

「地域を越えた生産者が集まるところは、対象とならない。市町村の単位で有るならば、いくらでも出すが…。」と言われ

「だいたい街中に直売所など建てて、経営的に成り立つはずがない。近くに生協や八百屋。スーパーがある。消費者は、畑や田んぼを見ながら買うのが、好きなんだ」と、いらぬ指導まで受けた。

そのおかげで、一切補助金や、行政からの支援を受けない方向できた。

しかし、その担当者の言うとおり経営的には悪戦苦闘の11年間であった。

 よく「直売所に市場モノが並んでいるのはおかしい」という人がいる。

また「直売所は、地元の物しか売らないという哲学をもて!」という人もいる。

当店は、最初から仲卸を一社仲間に加えた。

岩手の旬は短い。野菜の品揃えが出来るのは、だいたい7月から〜10月ぐらいまでの4ヶ月である。しかし、米・卵・牛乳は、一年を通して生産され販売できる。そして冬には、農家の智慧や技を表現できる漬け物がある。そこで、一年を通じ店に足を運んでもらい、四季の農産物を通して農家の暮らしぶりや、農業のあり方を知って貰おうと、品揃えを充実させるべく、市場流通を加えた。

 そして、経営責任である。「みんなで、やろう」と言う言葉が安易に使われる。“みんなでやる”と言うことは、“みんなで責任を取らない”と言うことであり、変化に素早い対応が、とれない組織体である。協同組合という組織が、今行き詰まりを見せているのがその証拠である。また会社組織は、長くて100年の歴史しかない。平均30年の寿命だという。

その中で農家は、代々続けてきた。8代目9代目等というのはざらであり、それは“家業”として綿々と受け継がれてきている。(1代が30年とすれば、200年・300年と続いている)

 家業としての家族経営、そして年間を通して安定的商品供給の中で、岩手の農業の旬を伝え、農業のあり方を消費者と共に考え、そして高齢化する地域の人達に青果物を届け、地域に貢献をする。

そんな店が「直売所」というくくりで、捉えられて良いのだろうか?

先日、県の農政部から「直売所アンケート」を調査しに来た。

その担当者に“直売所とは、何か?”を問うたところ

「農家が自主的に、地元の農産物を販売する組織体」という。

当店の考え方と違う。そこで「脱 産直宣言」をする。

 直売所より ちょっと市民に近く

 八百屋より ちょっと農家に近く

 量販店より ちょっと農業に近く

 百貨店より ちょっと身近で

そして、地域に無くてはならない存在

はたして、この店を縦割り行政は、どのようにくくるのであろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かまどけし

高校時代の友人が来た。
と言っても彼は、農学部をでて農業改良普及員の県職員として定年退官をした。
平成5年の大冷害のときに彼は、水田の研究担当課長をしていた。

久しぶりにみた同級生は、腹が膨れ上がり無精髭で会話が通じなくなった。
難聴である。

同級生が亡くなったので、その件で来たのか?
と思ったら違った。
道に迷って、見知った当店が有ったので飯を食っていこうと思っただけである
同じ同級生の友人の死は、大々的に新聞やテレビで報じられていたので、知っているのか?と思ったら
「知らなかった?同じ高校・大学だったのに…」と言う
そういえば彼は、学部こそ違え一緒の大学だった
「岩手県で初めての地元出身のアナウンサーだったのに…」
どうやらテレビ局開局当時の就職戦線の大きな話題であったらしい

そんな彼に食べている品種と生産者の名前を見せた
彼はムッとして「この地域にこの品種は合わない。やめておけと言ってくれ」
行政は、その地域の気候特性に向けて栽培品種を決めている。
小生が農業に携わるようになったころは、岩手県北部や中山間地は「政府米」の産地だった。
当時銘柄米と言われた「ササニシキ」「あきたこまち」は指定された地域でしか栽培出来なかった
栽培しても農協が買ってくれなかった

だけど日本人の悲願「美味しいご飯が食べたい」と言う根強いコメ信仰が
隠れて自家用として栽培され縁故米として流通していた。
県北部でも美味しいコメを!と言うのが研究機関の願いだった。
それが出来たので「かけはし」である。
友人は三人の育種開発者の一人である。
それを自慢げに言っていたが、奥さんからは
「あんなに農薬をたっぷり使う品種なんで…」と評価が低い。(笑)

そんな彼と平成5年の大冷害のとき、あちこちの田んぼを見て回ったことがある
多くの田んぼが、ほとんど2〜3俵(120〜180kg/10a  平年作は500kg)しかとれなかった。
ひどいところはコンバインを可動するよりも、草刈機で刈ったほうが費用も合理化できると言って
草刈り機刈って、”切り捨てごめん”のところもあった。
そのまますき込むと来年の肥料の軽減につながるというようなことも、まことしやかに流布されていた。

その年、小生が勤めていた農場は4市町村で23枚の水田を借り入れ、有機質肥料で昨付けした。
殆どが箱苗だったので筋蒔きと言う一株に10本近く苗が入る植え方だった。
だが一つだけポット苗で植えられる田んぼがあった。
ポット苗は種を。手まきで一粒づつ蒔くことが出来た。
23枚の田んぼは、ほとんどが5〜6俵の収穫を上げたが
ポット苗に蒔いた一粒の水田は7俵近くの収量を上げることが出来た。
近くの人は、みな見学に来た
農業改良普及所の所長も、見学させてほしいと案内した
そんなところを水田の研究担当課長をしていた彼と一緒に回ったのである

彼は回ったあと悔し紛れに
「肥料設計が、あたったのだ」といった

嬉しかった。とりあえず認めたのである。
従来の方法と違う、そしてそれが当たることもあるということを…

当時有機栽培とか無農薬とかは。農家自身が半信半疑で

「農薬かけないと、ものが出来ない」
「堆肥はきかない」
「有機質肥料は役に立たない」
「薄まきは、量が取れない」

などと言うことが相当、言われていた
ある研究会では
「おまえら業者に騙されている」とまで面と向かっていわれたものだ
それから25年で、だいぶ変わった。

しかし、当時の出来事で学んだことが数多くある
一株あたりの本数を少なく蒔くことによって稲の葉っぱにあたる光の量が多くなるから密植より効率がいい
有機質肥料は、気温に合わせて肥料の効きが変わってくる
つまり寒いときは効きにくく、暑いと効く。これは冷害のときは稲の生理的にいい傾向である
化学肥料は温度に関係なく肥料が効いてくるので幼い穂がでてくるときに冷害に当たりやすいのである。
堆肥は十分に発酵させて黒い腐植の状態で振り入れてやるべきだ

しかし、またこの条件に合う水田を見極めることも必要だ
行政の一般的に教えるやり方を自分の農地に利用できるように理解することが1番重要なのである
農業は、多くの知識を持って自分の農地で智慧を発揮できるような優秀な人の仕事である

知識だけの人は、机上の論理である。
智慧だけの人は、危機に対応ができない
智慧も知識もない人は、かまど返すしか無い。

デンマークのD

弁当の注文である。
配達先は、国のとある農業研究機関である。

その研究機関は敷地が広い。
それだけではない。あちこちに研究棟がある。
今までも現場の研究棟から配達を依頼された。

そのほかにも指定の野菜を使用した弁当や仕出しの注文がある。
なんでも新しい野菜や穀物を利用して料理してくれと言う注文だ。
どうやらお客様と新品種を試食するような感じだ。

今回の注文は現場の研究棟だ。
麻子様が聞いた注文表には

「B研究棟」とある
いつもはAとかBとかCなどと言うような呼び方をしていない
あの人がいるあの部屋だとか、
あの人のいる赤ちょうちんのぶら下がった部屋だ
(昔、実際にあった。赤ちょうちんがぶら下がって部屋の冷蔵庫にキンキンに冷えたビールがあった)
朝から呑まされた。断ったが、断りきれなかった、いつの間にちいさなコップが…大きなカップに替わって…よだれが…)

そんなので立て看板を見ながらB棟へ行った。
注文表にはB棟の玄関で…とある
誰もでてこないので携帯を鳴らした
携帯を鳴らしても誰もでてこない

おかしい

しかたなく弁当を降ろして引き渡す準備をした
電話がかかってきた

「…棟の玄関で待っているのですが」
「B棟の玄関にいますが…」
「こちらからは見当たりませんが…」
「こちらもみあたりません」
薄暗く広くない玄関である。
”おかしい”

ひょっとして

「なに棟ですか?」
「…棟です」
「デンマークのDですか?」
「えっ?なんと言いました。こちらはデンマークではありません」
「ビルマのBですか?」
「同じアジアですが、ビルマではありません」
「いや…その…アルファベットはなんですか?」
「”D”です」「そうですか、”B”にいますが見当たりません」

とトンチンカンな会話が続いた。
昔、電話で会話をするときに決まった言葉がある
要するにABCDEFGを電話などで言葉で表現するときは間違えないように

アメリカのA
ビルマのB
チャイナのC
デンマークのD
イングランドのE
フランスのF
ジャーマンのG
スケベのH(嘘)

と言うように前に国名をつけて言うということを、教えられた
今はFAXやmailがあるから、そんな言葉が死語になってしまった。

 

余談

「美味しい豆ですね〜」
「これでしょう!この煮豆は…」
「これ!このまま植えても芽が出ますか?」

このところ立て続けに、こういう問いかけがある

たぶん、今までも相当有ったのだろうが
レジに立っていなかったので、わからない

「秘伝豆」を当店では、煮てから塩を振って販売している
これに昆布茶も振って、コクを出している

何回も言っているのだが

たっぷりの熱湯で、三分でいい
ただし一晩シワが伸びるまで。豆を水につける

(皺が伸びるまでと、じっと待っている女性もいるが…
それはいくら待っても無理だ。諦めたほうが良い。
コラーゲンなんか効かない(余談)

その豆を食べて美味しいから植えてみよう
昔の女性は、大豆は植えれば生った。
だから植えれば、生ると想っている
ところが売る前に芽が出てきては商品にならないので放射線とか薬剤を散布して芽ドメをするようになり
蒔いてでも芽が出ないことがある

(子供に期待しても芽が出ないことがよくある
それは貴方の息子だから…仕方がない(余談)

それで最近は芽が出る豆か?
芽が出ない豆か?と聞かれることが度々だ
農家用に真っ赤な薬剤や、真っ青な薬剤を散布している種豆がある
あれは、鳥や虫が食べないように忌避剤を散布している

娘に防犯ブザーをもたせて、悪い虫がつかないようにするのと一緒だ
もっとも貴女の娘だから…多分つかないと思う(余談)

食用の豆を種豆にしても、芽は出る
種用の豆を。食用にすれば最高に美味しい

どちらでも良いのだが種用の豆は、発芽率が85%と種苗メーカーが保証している
食用は、種用の豆から落ちたもの(屑?)が食用に回る
だから食用を植えても芽が出るけど、貴女の息子ほど立派になる保証はない

立派になろうと思ったら。種用の豆を植えて、翌年充実した豆を選抜して作り続けていけば
そのうちに東大に入れるような子供ができる

安くあげようと種豆をケチって良い子供は出来ない!

はるのよそおい


弁当の注文である。
何故か?おにぎりにしている
魔子様に聞く

「なぜ、おにぎりなのか?」
「おむすび」と「おにぎり」
圧倒的に、おにぎりと言う呼び方が多いと聞いた

そういう意味で問うたわけではない?
ご飯を詰めるところを、おにぎりにした訳を聞いたのである

「運動会だから…」

どうやら運動会用の弁当を頼まれたようだ。

久しぶりによく晴れた爽やかに暑い土曜日である。
店には客が一人も来ない

当たり前だ。久しぶりの晴れた晴天(?)休日。買い物よりも野山だ、運動会だ。

農家は田植えだ!

そんなつかの間の新緑の季節を岩手山は覗き込んでいた

そして一本桜も桜を脱ぎ捨て春の粧に着替えていた

 

日本の自然は何を私たちに与えてくれたのか

「花巻にブナ原生林に守られる市民の会」というのがある。
結成30周年記念講演会が開かれるという。

しかし、市民の会が結成された30年も前は「原生林に守られる」という感覚を、小生は持てなかった。
自然は守るべきものであって、守られるなんて…
その感覚が変わってきたのが、24年前に出会った内山節であろう
八戸で出会い、東京で…群馬で…仙台で…西和賀で…葛巻で…岩泉で…あちこちで、毎年、彼の話を聞いた
同世代の彼ではあったが、深い話に聞き惚れた。

そんな話が6月3日(日)花巻なはんプラザの記念講演会で内山節氏が講演をするという
詳細は

「日本の自然は何を私たちに与えてくれたのか」

出会った頃

 

内山節オフィシャルサイト

信用と契約

パソコンの先生である「亮君」から”養分と携帯乞食”と言う言葉を教えてもらった。

その意味とは

契約をそのまま替えず携帯会社の言われるまま契約している人々を「養分」と呼ぶらしい
つまり、現状のシステムを育み育てる「養分」と言う意味だと
携帯乞食は、あらゆる情報を入手して少しでも安い契約を探して移り変わっていく人のことを言うと…

小生は典型的な「養分」である。
請求書には「ご利用月数23年3ヶ月目です」と書いてある

面倒くさいのである。いちいちそんなのを調べて契約に赴き変更の手続きをするのが…
そして根強くあるのが、長く続けることで蓄積される信用というか…安心感というか…お得感というか…
長く続けるメリットがでてくるのだろうと!

そんな常識が吹き飛ばされた。

「法人割引き」と言う格安割引きがあるというので入っている。
登録している番号は、一定の金額を超えたら、まだ容量が空いている他の番号の埋めるから料金は増えないと言う割引である。
だから三台で月20000円以内で収まっている。
ところが亮くんの話だと、スマフォに変えて契約を変えると現金は12万必要とするが、毎月の電話代金が5000円で済むという。
つまり最初の年は同じ金額を必要とするが、翌年から三分の一になるという
驚いた、そんな状況になっているのか?
通信費用情報に疎いと損をするということか…
しかし、落とし穴があるのではないか?といろいろと疑う

どうやら大丈夫なようだ

とりあえず最初の法人名義から、個人名義に変更に行った。
4回通った。
一回目は混んでいた。「平日に来るわ」
二回目は予約で満杯混んでいた。「予約していく」
三回目は「一度に名義変更は2台までしかできません。あと1台は時間がかかります」
「どれぐらい?」「三ヶ月は…」
「どういう意味?」
「2台の携帯代金の振込確認ができてから3台目の名義変更になります」
「それはおかしいだろう?
23年も払い続けて信用されないのか?
まして、クレジットカードまで見せているのだ」

「すみません。会社の規則なので…」
「そもそもその会社の規則がおかしい!」と怒鳴りつける
すまなそうな女子社員の胸には”研修中”の名札が…
「え?あんた新入社員か?」
「あんたが悪いのじゃないが…
上司になぜそんな規則なっているのか?
客から文句があった。と伝えておけ」

4回目で一台を「利用者登録」と言う形で名義変更が出来た
どういう意味なのかわからないが…

このやり取りの中で携帯業界と言う今流行りの業界は大変忙しく動いている
そして日本旧来の「信用取引」というのは、アメリカ型の「契約取引」に取って代わって
信用という財産が蔑ろになっているのが現代の取引なのだ

アメリカ型の契約社会は、どんどん進行してきている。

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