ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

冷えた

窓ガラスが凍った

冷えた!

そういえば最近この「冷えた」という感覚がない
以前は…と言っても、20年前は、こんなものではなかった。

油断すると、水道が凍結するのは当たり前だった。
「水を降ろしておいて…」と今は認知症だが、当時はしっかりしている母に言われて、
お江戸の生まれの魔子様は、台所の棚に乗せてあるポットの水を下におろしたそうだ

スープの冷めない距離に孫がいる家がある
築40年は経っているだろうか…
ドアが凍りついて。あかないと言う
寒すぎて2歳の孫は、家に帰りたくないと言う

店は冷え切っている。
以前は、砂利をしいたテントハウスだった。
外気温と室内と一緒だった。
大根が棒のようになった。
卵も凍った。凍った卵は、割れない
リンゴの蜜のところが凍った。溶けても売り物にならなかった。

今の店の基礎は、コンクリートだ。深く打ってある。
それでも室内は冷えている
冬でもソフトクリームが時々注文がある
ソフトクリームの設備は、水冷式である。その水が凍った。

ボイラーで沸かしている温水も出てこない
ボイラーに供給している水道が凍ったようだ

魔子様は喜んでいる。
江戸と違って”ごきちゃん”がいない。
当たり前だ。この寒さで生きられるゴキブリがいるか?
ゴキブリのような男はドテラを着て生息しているが…

 

そんなときに小正月だ。
お粥を振る舞い、ミズキ団子を飾った。

ミズキ団子は小正月のお飾りだという

岩泉の彼は言う。「岩泉らしく質素だから…」
赤・黄・緑のカラフルな団子ではなく、そば粉と米粉だけの質素なミズキ団子だ
無病息災・商売繁盛・飲酒呑友・家内安全・桃色遊戯・

さまざまな願いを込めてミズキ団子を焼いて食べた

45年後の結論

友人から貰い物だ
最近、貧乏になってきたせいか…
貰い物が多くなった

「ほんの気持ち」が嬉しい
「酒の…」と言っていたので「酒か?」と思って開けたら
手づくりのパンと、鶏が入っていた

手づくりのパンは、魔子様が早速切り分けて口に放り込んだ。
「うまい」というより、作り慣れた人のパンだ。上手だ!旨い!

 

そして鶏である。
これを内臓の部分に何か入っているに違いない
解体するには…
やはり解体学校に入って勉強しないと…(と昔は思った)
今はネットで調べられる
もも・手羽・胸・乳・尻と切り開いて行くが、包丁が問題だ
(あこがれの乳はない、哺乳動物ではない)
この手の肉は、洋包丁で良いはずなのだが…
その包丁が切れない洋包丁なのだ
毎日、きっちりと研いでいない
仕事と一緒で、行き当たりばったりである。
バサバサの、ばらばらの肉塊が出来た。
しかし、口に入れると香ばしくて塩気が強くて旨い
なるほど「酒のあて」である。

 

彼と「売る」ということを話した。
もともと農業は原始時代から自給自足だった。
それが物々交換になり、貨幣経済になった。
しかし、日本の隅々まで貨幣経済が行き渡ったのは、つい最近昭和50年代である
山形の知人は、少年の頃、軽トラで売りに来る人と「米と魚を交換した」と言っていた
1930年の恐慌は、岩手の山奥では、だれもそんなことを知らなかったと言う
貨幣経済は、浸透していなかったのである。

ところが貨幣は、その手軽さから、そして保存性から可及的速やかに広がって行ったのである。
何と言っても、持っていて腐らない

食べ物は、どんどん腐る。
腐るから、本来はいる分しか作らなかった
それが武士が生まれ、都市と農村に分離してから、武士や都市のぶんまで作らないといけなくなった。
徴税や貨幣目当てに…
以前は不足していたから、ほとんど作ったものは供給された
昭和30年台に米が完全自給された。
その後、農産物も余剰ができ「売る」ということが重要視された
卸売市場法は、昭和30年代だった。

そして飽食の時代は、輸入農産物と大量生産技術によって余剰のものを「売る」ということが技となり。力となった。
小生22歳のときの、「卒論」と言う丸写しのレポートは「流通業に卸売は必要か?」で商社に入社した。
そして45年後の結論は

「作るのは楽しい。売るのは難しい」
「良いものはい売れるではなく、売れたものが良いものである」

 

少し端折って書いた

詳しく書きたいが…今は時間がない。後からじっくりと書こう!

 

 

栄養指導してみろ2!

栄養指導と言っても、ようするに、食べている量の数字分配にすぎない

タンパク質は何グラム摂っているか…
脂質は何グラムで
塩分は…

そして余っている分を減らせ!
減らす代替商品を提案する
それが栄養指導である

小生の場合、絶対量が足りないのである
今の栄養学は十分な摂取量が確保されていることを前提として、偏っているから変えろと言う
食道がんの手術をした執刀医は術後
「高蛋白高脂肪の食事をしろ!」と指導した
術後5年、足がむくみすぎた小生に、腎臓リュウマチ科の主治医は
「逆です」と言った
管理栄養士は
どちらとも、はっきりしなかった
なぜか朝のお菓子の一口を
「替えてチーズにしたら…」と言うアドバイスだけだった。
糖尿の心配をしている総合診療科は
「血糖の波が大きくならないようにのべつ幕なし食べるのは、それでいい」と言う
消化器内科は
「食べる量を増やすには食道を広げないと…バルーンやる?」
ようするに食道に胃カメラをいれて風船を広げるのである。
もう10回以上やっているが、体の中というのは柔軟である。
風船が膨らんで食道が広がっても、すぐもとへ戻るのである

要するに西洋医学は、その場その場の対処療法である
そこで東洋医学の鍼医が登場するのである

「酒飲めばいいよ、酒呑めば…。」
「蒸留酒はだめ。醸造でないと…酒やワインは良いがウィスキーはだめ!」
「汗を出せ。汗を…風呂に入って…」
「水分を取るな」
「足のむくみは、身体が水分を保持できなくて下におちるのだ。内蔵を強化しないと…」
そして
「バランスが良ければ、それでいい」と言う

「救われる」

 

昔、と言っても15年まえぐらいか…
鷹觜テルという栄養学者の晩年に知り合った
某国立大学の名誉教授をしていた
栄養学で有名な先生だった。
医者と一緒に山梨の山村棡原村の長寿の健康調査をした
長寿の村が、街へ続く道路が一本通っただけで「逆さ仏の村」になったと言う
ようするに高齢者よりも若者から先に亡くなっていくのである。

これより引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(古守豊甫・鷹觜テル著『長寿村・短命化の教訓:医と食からみた棡原の60年』(樹心社、1986年)より)

山梨と長寿との関係については、もっと古くから注目、研究されていました。
それは、急峻な山に囲まれた地域、上野原市「棡原」地区の長寿の状況です。
棡原の入口にある記念碑「長寿村棡原」には、次の言葉が刻まれています。

『・・・古来、村人は健康で人情に篤く、粗衣粗食、耕雲種月の日々を楽しんできた。
穀菜食を主とし、肉食を嗜まず女性は多産且つ母乳豊富、老人は皆天寿を全うしまさに、身士不二の桃源郷である・・・』

昭和43年、この棡原住民の生活を微に入り細にわたって疫学調査したのは、甲府市の古守病院院長・古守豊甫と東北大学医学部の近藤正二教授。彼らは、雑穀や野菜を中心とした粗食と、高齢になっても辞めない(定年がない)労働が長寿の元になっていると分析しています。
厳しい生活環境であるにもかかわらず、住民は、腰も曲がらず、寝たきりになることもなく、夫婦ともども長寿を全うする棡原の住民。経済成長が山間地に及ぶと、生活習慣は大きく様変わりしました。
80・90歳代の親よりも、50・60歳代の子どもが生活習慣病になり、親よりも先に亡くなってしまう「逆さ仏」現象が目立つようになったのです。
古くから当地の疫学研究を続けてきた古守医師と、栄養学者の岩手大学・鷹觜テル教授は、棡原に起きた短命化現象を研究、昔の食生活に比べ、住民の動物性タンパク質や脂質の摂取量は増えた一方、各種ビタミンやミネラル、食物繊維の摂取量が減少していったことから、両氏は、食生活の変化が長寿村・棡原を崩壊させたと結論づけました。

健康長寿日本一に関連深い山梨の郷土食「ほうとう」

引用終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

その鷹嘴テル先生と出会って話をお聞きした

先生は「講演会が終わって質問の時間になったときに
有る女性が”先生!それでは私たちは何を食べたら良いのですか…?”」

聞かれて先生は、答えられなかった。
「”これは食べて駄目”とばかり言っていたのである」
その後先生は色々と考えた。行き着いた答えは

「体の栄養と、心の栄養」である。

体の栄養ばかり訴えても、心がついてこない
満足感や食欲など、ある程度心を充足させることが必要だと、気がついたのである
先生は、それを文字に書き表したいと言って「筆記をしてくれ」と頼まれたが、当時もめちゃくちゃ忙しい時代だった。
ついつい「いつか…」「いつか…」と思って疎かになっている間に、亡くなってしまった。
もったいないことをした

 

今の時代は、ちぐはぐである
「柔らかい」「甘い」「旨い」というのが優先して身体の栄養がついてこない
そして、その対応は、身体を優先して、心をみていない

やはり東洋医学のバランスが重要なのである。

栄養指導してみろ!

「栄養指導を受けろ」と新しい主治医は言う

循環器や消化器外科・内科、乳腺外科、整形外科、眼科、産婦人科、総合診療科と、さまざまな科を受診してきたが、
これにまた新しく加わった。腎臓・リュウマチ科と言う。

「腎臓の機能が悪くなっている」と言う
なんでも数値から言うと腎臓の機能が四割り程度しか働かないという
そして、一割を割ったら「透析」だという

 

ラグビーをやっていた農家仲間が、透析をしている。
帰りに店によって、雑談をしながらリンゴを買って帰る
べつに大変そうではない。ラグビーもしている。と言う
鍼医は、「ラグビーでもなんでも良い、汗を出せ!汗を!」と言う
風呂に入っても、運動しても良い
”汗を出す体質が、腎臓の機能を回復させる”と言う
そういえば、痩せてから汗をかかなくなった
昔は脂ぎって、汗をダラダラかいていた体質だったのが
満員電車は若い娘は近寄ってこなかった。露骨に嫌な顔をされた。(泣)
準高齢者となった今は、性格と一緒で、さっぱりとしている(?)
そんなこんなで三月に一回、腎臓リュウマチ科を受診する羽目になった。

昨年末に急に体重が増えた。
70kgを割っていたのが一挙に78kgまで増えた
その増えた分は、左足に来た。
脚が象の足になった。むくんだのである。
「ひょっとしたら胸水も溜まっているかもしれない」
「すぐ入院!」と言われた

大事な年末年始である。
喪中とは言え、正月しか呑めないお屠蘇代わりの朝酒はやめられない。
そんな時期に、ベッドで酒が切れて、うつらうつらしていられるか?
というわけで入院は断った。

「じゃ〜年明けに数値を確認して…」ということになったが

そのまえに栄養指導を…と言う
栄養指導?
ワシに栄養指導ができるのか!

だれや責任者は!
と怒鳴ったが、可愛い栄養管理士が出てきたので許す

しかし、ワシの栄養指導は大変である。
そんじょそこらのおっさんと違って、知識だけ豊富である。
そして本体は、食道が狭まっているから、食べ物が入っていかない。
つまり、カロリーが不足なのである。
おまけに味見と称して、店のものをのべつ幕なし口に入れる
一日五食などと言う、生半可なものではない
要するに、細かに分けて少量づつ食べているから、何をどう食べているのかわからんというのが実態である。

早朝に起きて、コーヒーを淹れる。駄菓子を一個つまむ。(目覚めの一発)
一段落すると昨日の魔子さまの残りの鍋物の汁をリメイクしてすする。(もったいない)
店に行って玄米を炊き、残った玄米を口に入れる(味見だ)
赤飯も残るからそれも口に放り込む。(これまた味見だ)
ついでに味噌汁の味見を小皿でする(これが美味しい!)
弁当の残りのだし巻き卵の切れ端をつまむ。(タンパク質の補給だ)
お漬物や、ぬか漬けの味見をする。(塩分の加減を見る)
そうこうしている間にお茶を飲む。(喉が渇くが飲むと食べ物が入るスペースが無くなる)
それから昼飯はとらない(取ると眠くなる)
配達や集荷で外に出るとコンビニで珈琲を買う(小分けに水分供給)
コンビニで、何か目新しいものがあれば口に入れる(市場調査)
店を閉めて家に戻ると、豆腐を半丁、湯豆腐にする。(良質タンパク質の補給)
たいこばん納豆と、ギバサ(アカモクを細かく刻んだ海藻)を混ぜ合わせたものを、ちょっとつまむ。(酒の肴)
松前漬けや、煮物をちょっとつまむ。(栄養補給)
お酒は一合、風呂に入ればビールが一つ。(カロリー摂取)

そんなものだ
だから計算しても1500カロリーは、いかない
そして塩分も6グラムが基準だと言うが、そんなもんだ。
どうだ!これで栄養指導してみろ!

複合汚染

コンビニでおにぎりを買った。
いつも買う

別に好きではないが…

売れているものがどういうものか…
どんな味付けなのか…

当店のものと比較する
また商品開発も兼ねて買うのである

食道を切除したから、余り量は入らない
食道を切除して縫合した部分が狭まって量が入らないのである
や量が入らないのではなく、食べ物が通っていかない
いったん溜まる、そして少しづつ落ちていく、
だから溜まる量(オニギリ1個分)ぐらいしか入らない?
まして、購入して食べるほどうまいものが有るバズはない
のだが…

たまたま入ったコンビニで

「ふわとろ玉子のオムライスおむすび」とあった
見た目は美味しそうだった。
食べてみたが、冷えてぼろぼろしていた。
それよりも裏を見てびっくりした
原材料表示のラベルが、オニギリ全体に貼り付けてあるのである

書ききれないのである

多分一つ一つは、法的に問題はないのだろう
いや問題は無いはずだ

しかし、一つ一つが混じり合って、胃酸と絡んだら…

問題は無いのだろうか…

有吉佐和子の「複合汚染」と言う言葉を思い出した。
放射能は10歳までは放射能の感受性が強いという
調味料や保存料などの口から入れるものが…
幼い子供たちには、どんな影響があるのか…
しらべた事はあるのだろうか…

どんどん疑問が膨らんで、腹も膨れた

そういえば今、我々世代は、どんどんガンで亡くなる
我々世代は、核実験の放射能だけでなく、公害問題や食品添加物、輸入食品等々、規制がない状態で食べるだけ食べた。
あとから規制が、どんどんできてきた世代だ。

その結果がガンの多発かもしれない
しかし、その原因はだれもわからない

わからないまま進行する。
子どもたちに何を食べさせるのか…

 

当店の玄米オニギリは

玄米と味噌と秘伝豆と…
至ってシンプルである

新春の夢

年末に弁当の注文の問い合わせがあった。
年明け早々に40食だという。

当店は、消費者ニーズに懐疑的である
しかし、お客様のワガママには、できるだけ対応している(?)
魔子様は「40食は多いね…」と言って無言である。
こういうときは、あとでなんと言われようと押し切る
「注文!受けたよ!!」と言って…
「なんだかんだと言って…受けるのね」と言いながらブツブツ言う魔子様に注文書を渡す。

昨年から最低単価を上げた。
500円から700円である。
最低500円だと「配達付きのほか弁」と勘違いして注文をくれる。
注文はありがたいのだが、「配達」がメインになって弁当の評価があまりされない。
ようするに弁当担当が「焼肉弁当を選んだのか?」「焼き魚弁当なのか?」「幕の内なのか?「のり弁なのか?」
「まぜあわせで注文をしたのか…」それで頭を悩ます。

当店は「800円の弁当」と言うとそれなりに作る。
そして魔子様は、それなり以上に作ってしまう。
「原価が合わないよ!」ときつく叱っても
「手は抜けない!」と言い張る

 

若かりし頃、会社で電話がかかってくると
「三回ベルが鳴る前に電話を取れ!」と言われた。そして
「”こちらから掛けます”などと言うな!どこから電話だ!
遠方は電話賃がいくら掛かると思うのだ!すぐ出ろ!」と怒られた。
しかし「来客中は出るな!」と教わった。
わざわざ尋ねてきた人と向き合っているのに、割り込んできた電話に出るのは、来ている人に失礼だ。と言うのである。

それと一緒で、「朝定食」や「ランチ」で、わざわざ来店している客をそっちのけで、配達弁当を作っているのは申し訳ない。
だから弁当を、どんどん広げると、来店している人に申し訳ない
じゃ〜別会社で弁当事業を大きくして、人を雇って…、
規模拡大で… 原価を安く上げて…
と言うのが資本主義経済の拡大思考の発想である。
そうすると、資金が必要となり…、人件費がかかって…、経費が増えて…、競争が激化して…それに立ち向かうためにコンサルに相談して…
金融機関の餌食になり…と言う悪循環に陥る。

こちとらが狙っているのは、縮小経済の循環型の仕組みである。
その発想方法の原点が農業である。いや「農」か…
ようするに暮らしとしての…
営みとしての農である。
そして三ちゃん農業である。

もう若い人は知らないだろうが
昔の兼業農家は、オヤジが金を稼ぎに行って、残された爺ちゃん婆ちゃん、かぁちゃんで農業をやるという仕組みである。
ようするに、家で食べるもの、使うものは、すべて家族で作り、ほんの少しの現金収入でも一家が元気で仲良く暮らせると言う仕組みである。
そこには「原価計算」という仕組みがないのである。
働けば働くだけ、自然がお返しをしてくれると言う仕組みである。

そんな仕組みが、今の家族という単位で出来ないか?
という馬鹿みたいな、夢のような試みである。
新春に、ふさわしい試みである(?)

そんな試みは、新春に形として現れた。

配達をした某国立大学の芸術系の集まりの担当者がメールをくれた

「本日はありがとうございました。
参会者の皆から好評をいただきました。
毎年この時期に研究会を行なっていますが、弁当で感謝をされたのは初めてです。
私も嬉しくなりました。
お品書きなども添えられていて、真心が伝わるお弁当でした。
大変ありがとうございました」

お金ではない、感謝の気持ちが嬉しい。

一日一本

昨年Blogを186本書いた。
2日に1本である。
その前年は261本書いた
3日に2本である。

本来の目標は一日一本なのだが、朝の時間がなくて、ついつい疎かになる。
早く起きているのだが、ネットサーフィンで時間を取られる
別にネットを、あちこち見ているわけでなく、捜し物をしているのだ

つまり前日に疑問に思ったことを調べていると、次から次へと疑問が湧いてくる
そのそばにあるコラムを、ついつい読んでしまい、それからまた新たな疑問が湧き調べ物が続くのである。
ようするに検索技術の向上で時間を減らせるのかと思うのだが…
そんなことを勉強している暇があったら、ネットサーフィンをしたほうが良いのか…

そもそもパソコンの勉強などしたことがない
というか自己流である。だから基本的なことも余り知らない
文章を書く、簡単な表計算をする、ネット検索、そんなものである。

しかし、携帯にせよ、パソコンにせよ、その機能の10%も使いこなしていないだろう
携帯は、必要なときに電話をかけるだけ、後はマナーモードだ。
携帯メールは、太い人差し指であちこち間違えながら一本指で打つので絶対に必要なときにしか打たない
先日、古いガラケー携帯でも「Suicaカード」が使えることを初めて聞いた。しかし、やるつもりはない。
その携帯は、20年近くAuで、替えたことがない。
昔の人は、一つのものをとことん使い込んで自家薬籠中の物としていた。
今の人は、新しい物が出るとすぐ乗り換えてしまう。経済のためにはそのほうが良いのだろうが…
”モノを大切にする”という心は、どうなるのだろう

どんどん科学技術が発達し、すべてのもののスピードが早くなる
しかし、そのスピードに「マナー」や「こころ」が追いついていくのだろうか…

先日、携帯に電話があった。
見知らぬ電話番号だった。出なかった。
後で取引先の若い女の子から「電話かけても出なかった」と言って責められた。
以前は、電話を掛けるのは失礼なことだった。
用事があるなら出向いてお話をしなさい。と教わった。
そして電話よりも、わざわざ出向いて来てくれた人を優先しなさいと

新しいBlogという情報発信も私信ではないから、マナーに欠ける部分もあるだろう
気に障る部分も色々とあるが、何とか「一日一本」を目標に地道に続けたいものだ

効率的老化

先日テレビで見た。外山滋比古である。
30年を掛けて200万部売れた!という文庫本のニュースである

100万部売れたらミリオンセラー(大ヒット)だと言うのに、
その2倍200万部を30年もかかったと言う。
しかし、30年でも売れればいい。売れないで消えていく本がいかに多いか…

この本は、確か買ってある。と思って手を出さなかった。
多分、買ってある。
今までに買っていないと思って家に持ち帰ると有った。
それが、二回や三回どころではない
同じ本を、三冊買ったことも有る。(魔子様には内緒だ!シッ)
三冊目を本棚を整理して見つけたときには、あまりにも記憶力の悪さに泣けた。

この本は、絶対に買ってある。
だから30年間買わなかった。買わない訳がない。
そして読まなかった。読まない訳がない。
しかし、気になっていた。
なんと言ったて、「さわや書店の松本大介」

もっと若いときに読んでいれば…

と言う言葉が帯に書いてある。

覚悟した。
多分、本棚を整理すれば2~3冊出てくるかもしれない。
しかし、読まなければならない。
なんとしても今、読まなければ…

本を開くのが恐ろしかったが…
最初のページで引き込まれた

 

グライダーの話だ。
機械工学でも、流体力学でもない
教育の話である。学びの本質である。
飛行機は自力で飛ぶことができる
グライダーは自力で飛ぶことが出来ない
つまり、日本の教育は(学びは…)
学校と言う人間養成所でグライダーと言う、
自分で考える力を持たない人間を量産している
自分で考える飛行機型人間を、作ることができない
人間は本来、両面の機能を持っているのに…
これからグライダー型人間にエンジンを搭載して飛行機型人間を作るにはどうしたらいいのか…
グライダー人間では、コンピュターに取って代わられる。

と第一章から手厳しい。
しかし、これは30年前の文章であるが、
30年経って今のコンピューターは将棋界・囲碁界の名人をなぎ倒し、飛行機型に近づいてきている。恐ろしいことである。

 

そして今朝は、第三章「朝飯前」を読んだ。
ようするに「朝飯前」と言う言葉は、「簡単だ」という意味に取られるが

朝のほうが頭脳が明晰であり事柄がよくはかどる。
と言う意味だという。
それは作者も体験して実感していると言う
だから朝飯前の時間を長く取ることが有意義な時間活用方法であると説く。

早朝に起きて一区切り着いたら朝飯を食って寝る、
目が覚めたら、本を開いてまた朝めしを食う
ようするに二度朝飯を食っている間に時間は夜になるという
朝飯前の時間を、いかに取るかが工夫のしどころである。

なんだか自分の生活と一緒だ
朝2~3時に起きる。
ネットサーフィンや、本を読んだりしていると、
いつの間にか腹が空き4〜5時ごろ朝めしを食う
食べると必然的に眠くなる。軽く睡眠をして6時に起きて店に行く。
店で怒涛のような午前中の時間を過ごし、午後になると眠くなる。
ちょっと一休みすると、もう閉店時間である。
それから翌日の段取りをすると、もう夕食の時間である。
気がついたら、テレビの前で盃を抱えて、ニュースを見ていた。
それが終わると朝飯前の熟睡に入る

これが、ここ5年ぐらいのスタイルである、
それ以前は、朝型であるが、ここまで徹底しなかった。
しかし、このスタイルは時間が早く過ぎる
あっという間に60代も後半に突入である。

効率的に時間を過ごすことが効率的に老化すると言う実践的体感である。
しかし、もう一冊本棚の片隅に有るだろうという想いは消えない

 

遍歴

もう10年以上になるだろうか…
パソコンをウィンドゥズからマックに変えた

友人の強い勧めである。
彼は「絶対にマック」と言って譲らなかった
ウィンドウズで使用していたソフトも色々とあった
一番大切だったのは、FAXのソフトだった。
パソコンでFAXを書くと、ボタンさえ押せば飛んでいく(?)
だんだん不精になってきて、プリントアウトして、またFAXまで行くのが面倒だった
それがMACによって、できなくなった。当時MACのソフトは少なかったのである。
その次に大切だったのは、「筆まめ」と言うウインドウズの年賀状ソフトである
これは重宝していた。はがきが来るたびに個人情報をこまめに更新していた
誰がいつ亡くなったのか?転勤の年や移転の年、奥さんの名前、子供の名前、さまざまま情報を打ち込んでいた
それが使えないようになった(当時筆まめはMAC版はなかった)

MACの住所録ソフトは使えなかった。いや使いづらかった。
慣れた筆まめから替わるのは難しいものが有った。
それでも、なんとか使用していた。
何と言っても「ワープロ」を購入するまで。手書きの年賀状は魔子様の担当だった。

 

3つめに移ったセラミックスメーカの会社で
カシオ計算機からクリーンルーム用の遠赤外線乾燥炉の注文を取った。
その縁で、カシオのワープロを買う羽目になった。
30年前の30代後半である。
ディスプレーが、3行のワープロである。
それでブラインドタッチを一生懸命練習した。
最初に就職した商社では海外部門の同期生は、みなタイピングが出来ていた。
そういえば和文タイプや英文タイプと言うタイピストの職種があった。
毎日、日記を書き、新聞記事を写し、手紙を書いて、練習をした。
ようやくブラインドタッチができるようになったころ、ワープロからパソコンに替えた
最初は東芝のダイナブックである。全然使えなかった。
当時ワープロ専用機のほうが、使い勝手が数段上だった。
どんどんパソコンが追いついてきて、そしてソフトの多さでウィンドウズ派が多数を占めた。

MACを勧めた友人は、理科系だった。
こりかたまった理科系である。
理科系は合理的に考えると思っていたが、彼は違った
多分オウム真理教にも理系の頭がいいやつが入っているのは、このようなやつがいるからか…と思っうほどである
なんせ自分が信じている宗教を「科学的な宗教だ」と言ってはばからないやつだった。
いろいろと世話になったので、彼の顔も建てないと…と変なところへ気を使ってMACに変えた
前述のFAXが賀状ソフトの件で使いづらかったが、なんとかMACも追いついてきた

 

今年は、9月に義母が亡くなった。
「喪中欠礼」葉書を出さないと…と思いながら、いつでもできると思って延ばし延ばしにしてきた
年末になり切羽詰まって、慌ててMACの住所録ソフト「宛名職人」を立ち上げた
一年ぶりに使用するので、使い勝手がわからない
ようやくなんとかプリントアウトまで漕ぎ告げた

今年入手したプリンターは、無線ランで動くプリンターで安く入手した
これに葉書を大量につぎ込んでプリントアウトした

葉書が曲がった。曲がっても良い。裏面が印刷できれば…
曲がった葉書は、プリンターに吸い込まれていかない。
慌てた、一生懸命に曲がったハガキを逆にしたが、戻らない。
どうやら葉書を乾燥させて曲げているので、湿らせないと戻らないという
そうするとインクが滲む可能性がある
しかたがない、厚いカタログに挟んで、30kgの米俵を2袋のせて、一晩。
びくともしない。
こんなバナナ

二日目も椅子を載せて水を入れたやかんを乗せて押しつぶした。
びくともしない

三日目に葉書の先端を曲げて吸い込みやすようにするというアドバイスを見つけた
ようやく入った。
その瞬間「イエローのトナーを交換してください」と言う表示が出た
イエローのトナーは、熊谷文房具(店のそば)では売っていない。

ネットで取り寄せる羽目になった。

お陰でスタートしてから1週間近くかかってしまった。
出来上がった「喪中欠礼」は曲がっていた。

そして賀状が元日に着くという締切の日に「喪中欠礼」葉書が完成した。(泣)

最後に…
その賀状を出し忘れて、車の中に放り込んである。

一つだけ置いてください

ようやく売れてきた。秘伝豆の塩豆である。

以前から列車の社内販売で売れているというのは聞いた。
しかし、それはビールのつまみであり。狭い密閉空間で、それしかない状況での販売である
ようするに購入目的と販売意識がイコールである。

一般に店を持った小売業の場合は、何を求めてきているのか?わからない
夕食の原材料なのか…
一品惣菜なのだ…
いや明日のもてなしの肉なのか…

小売業の売り方は、
多くのお客様が求めているものを提供すると言う手法が一つとしてある。消費者ニーズと言うやつである。
そして、もう一つは店としての提案である。

店としての提案がなければ、多くの客の求め(消費者ニーズ)に従って、いたずらに品数が増えて行く
おおきなショッピングモールが、それである。

ちいさな小売店は、狭い顧客のニーズに応えるか
それとも店独自の提案で、その提案が好きな人が集まる
という風に仕組んでいくか…

いづれにせよ、拡大経済のシステムが基本に有って、外れた販売手法をしていかないと生き残れない
その外れた販売手法が曲者で、それによっては先行き怪しくなるのである。
当店は提案型の小売業である

当初は安心の地産地消を提案し、地産地消が蔓延したなか食と農の一体化を提案し、そして今、農業と福祉で共生の地域を提案している。
その根底にあるのは、先人が食べ続けてきた食文化である。

「豆と雑穀」の南部の国と言われる
豆は、米が不作のときは飢餓を救い、根っこは田んぼのあぜ道をささえ、枝葉は牛馬の餌となり、たんに食べるだけでなく、発酵させて、さまざまに利用してきた。
そして豆と小魚で、日本人はカルシュウムを補ってきたのである。

秘伝の塩豆は、大量の熱湯に泳がせ、塩と煮干しを粉にして、ふりかけた古来の食べ方の原点である。

若い背広を着た青年が買っていったら、先輩から「もっと買ってこい」と言われた
主人にビールのつまみと買ったら”大好評”だった
子どものそばに置いたら、いつの間にか「空」になっていた

意識して食べるものではなく、置いてあるとポリポリ食べるものです。
そばに、一つだけ置いてください。

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