ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

仕事の報酬

今、「働き方改革」などと言われている
電通の女子社員の問題など一緒にされて、労働時間の長さが問題となっている
違うのではないか?と思う
先日も若者が「家族との時間を犠牲にして働いている!」と言う

 

労働には二つ有る
「稼ぎ」と「仕事」である

稼ぎは、経済活動として金を稼ぐ労働である
仕事は、家事労働や地域の活動や、経済を伴わない労働である・

今、問題となっているのは
「稼ぎ」の部分であるが
これも二つ有る。「作業」と「仕事」である。

一般期には「作業」は人から指図されたことを身体を動かして成し遂げることである
「仕事」は、やることを決断したり、内容を検討したり、作業をするための段取りである。

作業は、効率的に動かないといけない
仕事は、多角的に検討し、英断しなければならない

通常は作業と仕事は交互に複層的に行われる。
自動車工場などの流れ作業も昔は効率的な作業オンリーだった。(フォードシステム)
しかし、それもかえって重労働で非効率だと言うことで考える工程を入れている。
ただ、効率的にやらされる作業には違いがない
そこには効率的に時間を使うと言う感覚である。

仕事は、やる仕事である。
さまざまな条件や先行きを判断し、決断することである。
そのための作業や確認や打ち合わせが絶え間なく続く。
正確な判断をするために…
そこには時間という感覚がない。

 

「働く」という意味は二つ有る。
多分、働き方改革というのは、やらされる作業のことだろう
それは長時間はつらい

仕事は、やっても、やっても終わることはない

「仕事の報酬は、仕事だ!」と教わった

そして
普通の人は。仕事を与えられる
優秀な人は、仕事が見えてくる

幸せとは朝起きてやるべき仕事があることだ。
朝起きたら机の上で寝ていたことも有る。(?

 

 

 

稲作考

宮沢賢治は唄う

雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク 決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシヅカニワラツテイル

一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ

 

一日に玄米四合は、多すぎる。
と言う話もある。

しかし、四合は=600gだから365日食べると220kg/年近くになる
江戸時代の侍の扶持米は、一人あたり5合(750g)=270kg/年と言う
明治の軍隊は、「一日6合の白米を食べさせる」と言って、330kg/年の食べもので釣った。

今現代人は、米の年間の消費量は60kgをも割った。
戦前は、ほとんど米でカロリーを摂取していたから、このような量を食べることが可能だったのだろう
また以前の農家の重労働をこなすには、玄米4合では少なすぎる。
ただ玄米であるから、完全食品である
白米だとビタミンや食物繊維をはじめ、不足するものが、玄米には多く含まれる。

米だけ食べていればいいということではないが、
「食料安保」という言葉がある
小麦が入ってこなかったら…
石油が入ってこなかったら…
中国やインドが、徐々に食糧輸入国になりつつ有る
牛肉が買い負けていると言う

我々が目指すのは、美味しさだけでなく「安定」ということが一番ではないか?
そんなことを、10年以上前に語ったことが有る。
今頃、再び、思っていたことに気付かされる。
それをBlogに書かれた人がいる

引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。

これまで通訳として、数百のシンポジウムに参加しています。ワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン氏を招いてのシンポジウムだけでも、数十回を数え ます。基調講演はともかくとして、本当によいパネルディスカションに出会う機会は、実はそれほど多くありません(それだけに出会えれば感動します)。

パネルに参加することで、レスターが新しい知見や見方が得られたか?これまで本にも講演にも出てきていない、レスターの新しい知見や見方を引き出せたか?これらがイエスだと私は「良いパネルだったなぁ」と思います。

5月25日の「エコ・フェスタ2000 in 盛岡:環境フォーラム」は、私の「レスター史」に残る、とてもよい会でした。

うかがうところによると、岩手県と盛岡市がお金は出しているが、口は一切出さずに、まったく実行委員会に任せてくれているとか。こういう、行政がお金を出しているときにありがちな「県や市の代表者の挨拶」も一切ナシ。

司会者が「本日は増田知事も聴いていらっしゃいます」と告げただけ。実行委員長の飾り気のないご挨拶だけで、開会して5分後には、get down to business:本論に入ったので、通訳ブースでも「やるねぇ」との声。

事前の打ち合わせも、形式的な打ち合わせではなく、実行委員の方々がどういう思いで、何を目的に、この会を開催されているかがレスターによく伝わったので、レスターは用意してきた講演内容を半分ほど入れ替えて、要望に応えようとしました。これも良かったと思います。

パネラーは、小岩井農政の野澤常務、宮沢賢治研究家で福祉バンク事務局長を勤める牧野さん、それから「小さな野菜畑の大きな百姓」こと小島さんでした。

小島さんはユニークなご経歴の持ち主で、拡大経済社会の先兵として20年近く営業マンと勤めたあと、農業に入られた方です。農業でも「効率生産、付加価値 販売」で利益が上がると思っていたのに、悪戦苦闘の連続で、その中で、農家直売所を立ち上げ、身土不二という会を作られました。

「身土不二」は、仏教では「しんどふに」、東洋の食哲学では「しんどふじ」と読むそうです。その心は文字通り、「身と土、二つにあらず」。

仏教では「地域の風土と共に人間の存在はあるのだ」ということ、食哲学では「地域のものを食べることが体にいいのだよ」と説いている言葉だそうです。

私は小島さんのお話に大変感動したので、かいつまんでご紹介したいと思います。(あの大きなお体から醸し出される、何ともいえない優しい温かい雰囲気はお伝えできないのが残念ですが)

小島さんは「環境問題は、拡大経済社会の産物である」とおっしゃています。多くの人が「大量生産、大量消費、大量廃棄の社会が環境問題を起こしたから、これからは循環型社会を」と説いている。が、循環型社会がどういう社会なのか、理解できていない人が多いのではないか。

小島さんは、内山節という哲学者に価値観を変えられた、とおっしゃっていますが、この哲学者は、「循環型社会とは、生産力が増大しない社会」とおっしゃっているそうです。

でも、生産が増大しない社会を皆さんは想像できるでしょうか?と小島さんは問いかけられました。売上も利益も給与も、税収も増えていかない社会ですから、今の企業や行政のシステムの全否定に繋がる、と。

企業は銀行から借金をして投資をして、利益の増大を図るという手法、行政は公共事業という投資で民間の活性化を行い、税収を増やすという手法はすべて否定されるのだ、と。

これまで拡大経済社会に生まれ育ってきた私たちが、そこから抜け出るには大きな価値観の変換が必要となります。

ところが、循環型の産業がひとつあります。それが農業です、と小島さん。単位面積当たりの収量は年を経ても増大しないし、20才の人間が作っても40年農業をやってきた人がつくっても、大した差はないという産業だ、と。

コメは理論的には10aあたり最高24俵取れるというそうですが、そうすると、翌年には地力の収奪のため収穫が皆無になるとか。つまり農業にとっては、安 定して一定した量を収穫できることが最高の技術なのです。まさに循環型社会を象徴する産業ではないでしょうか、と結ばれたのでした。

小島さんのグループ「身土不二いわて」は、食の安全や農業の将来を思い、地域自給や環境を考えて、市民と農家が交流する会だそうです。

これまでのプロジェクト、名前を聞くだけでもとても面白そうです。「賢治の米を作ろうという陸羽132号の稲作体験」「手前味噌のダイズを作ろうというダ イズ栽培から味噌造りまで」「林檎の花見」などなど。その他講演会など、農家と市民がいっしょに学び遊ぶ場を作ろうと一生懸命やっています、とのこと。

パネルディスカションの中で、小島さんに「が〜ん」と目を開かされた気持ちになった言葉がありました。

「有機農業は、消費者に安全な食物を届けるためではなくて、土地をどう持続可能にするか、ということなのです。ですから、輸入有機農産物は、日本のためにはなりません」。

「循環型社会」といったときに、資源やエネルギーの循環のみならず、「栄養素」の循環も非常に重要な側面であることは認識していましたが、さらに教えていただいた思いです。

岩手県には、町内あげて栄養素の循環に取り組んでいる(人や家畜の廃棄物を堆肥にして、土に戻し、その肥やしで育てた作物を、その町で食べるようにする)取り組みがいくつかあるそうです。

栄養の循環を考えると、各地で小さな循環を数多く作った方が、輸送などのエネルギーを考えても、望ましいのです。レスターもこのパネルで「顔の見える農業」という言葉を使いました(瞬時にそうだ!と思って訳したので、英語でなんて言ったのか覚えていませんが。

身土不二。良い言葉を教えていただきました。

 

 

 

小学生の僕は鬼のようなお母さんにナスビを売らされました

こびる食堂の本棚に絵本を置いている

以前は、「食と農」に関する本ばかり並べた。
だれも見ない。というか…
少しは見るが…
期待していたほどではない。

元ハム屋が「漫画ですよ!漫画」というので
昔、買いためた「美味しんぼ」を並べた。
しかし、連載がどんどん続いているようで…
足りない分は、石鳥谷の熊谷君が寄付してくれた。
結構、見ている人が、多くなった。
毎日、朝定食を食べに来て1時間ぐらい読んでいく人もいる。

なるほど!食べた後の時間に、ちょっと読むのは漫画かぁ〜!

食堂で、ちょっと読むのに長居は無用である。
漫画を1本読むくらいが良いのか…(1冊ではない。1本である)
と言いながら、元ハム屋は、西原理恵子の本を大量に持ってきた。
多分、引っ越しに不要になった漫画だと、思うが…
西原理恵子というのは、初めて知った漫画家だ。
(「三丁目の夕日」の西岸良平は知っているが…)
並べておいたが、同じ本が二冊有ったので一冊手にとって見た
なんだ?これは?
食と農に関係がないじゃないか…

やはり食堂は子供を連れてくるところだからと、絵本を置いた
「はなちゃんのみそ汁」は、
食事をしたおばあちゃんが「良い本だから大事にしてね」と言ったそばから
子供が味噌汁を、こぼしていった。

西原理恵子は、子供は見ないが、絵本は子供も見るし、大人も短時間で読める
これは絵本をおくべきだと、Amazonの中古絵本を漁った。

「世界で一番貧しい大統領」のウルグアイ大統領ムヒカの演説の絵本もあった。
それと並んで
「小学生の僕は鬼のようなお母さんにナスビを売らされました」

と言う絵本が有った。これが絵本か?と思いながら、
”実話で”
”最後のどんでん返しが…”と説明があったので取り寄せた

僕らが幼い頃は、
桃太郎とか…
金太郎とか…
花咲かじいさんとか…
忠臣蔵とか…
アルゼンチン(アンデルセンかもしれない)とか
グリーム(グリムかもしれない)とか
古典的な童話が多かったが、

親になって買い与えた絵本は
「ぐりとぐら」とか
「てんぐちゃんとらっきょ」とか
「サルカニ合戦」とか…
(仕事が忙しくて、ほとんど覚えていない。大体が母親の仕事だ!)

最近は教訓めいた絵本が多くなったのか…
色々と教えられる絵本が多くなった。
それだけ学校や親の教育を当てにしていないのか?


「小学生の僕は鬼のようなお母さんにナスビを売らされました」は、
読んでのお楽しみ。
「売るということの難しさと大切さ」が書いてあります

豊かさとは…

ようやく結審した。

EPSON MFP image

 

 

なんと長い裁判だった!
裁判が長くかかるというのを、身をもって実証した。
そして、それは”不毛の時間だった”と言うことも…

振り返ってみると
昨年のゴールディング前からであるから、
33000円の損害賠償請求事件が10ヶ月かかったということである。
金額の多寡ではないが、月に一度の何らかの動きが
自分の心に重くのしかかってきたことは事実である。

心の動きとしては
最初に調停の呼び出しを受けたときには、「丁寧に」と説明責任を果たそうと思った。
ところが相手は、嘘と無理を重ねた言いがかりで、こちらを罵倒した。
それに乗ったのではないが、強い口調の合理的反論で裁判所を味方につけた。
調停は、不成立に終わった。
このへんまでは、理性が勝っていた。
ところが、それが気に食わないということで簡易裁判所に持ち込み、和解も蹴って
判決を求めるという暴挙に出た。
呆れた。当然判決は、こちら側よりの2:8だった。
それで決まったかと思ったら、
被告から裁判所が騙されたと言う地方裁判所への控訴である。
呆れ果てた。いつまで時間を費やせば納得するのか…
この辺で疲れてきた。多分裁判所は、もっと疲れていただろう
”早く終わらせたい”と言う気持ちが、少し弱気にさせたのかもしれない。

なんというか先方は蛇のような狡猾かつ執拗、偏屈で剛腹な吝嗇の輩である
しかし、ふと振り返って落ち着いて考えると「無知」だったのかもしれ無い。
無知だから、なせることなのか…

「その人!ほんとうの農家じゃないのでは…」という人がいた
「農家=善」と言うイメージがあるが…
「農家で無知」と言うのは、愛嬌になる場合と、
呆れ果てて、憎たらしくなる場合がある。

自然とともに暮らしていると、どうしても社会よりも自然が優先である。
それは仕方がないことであるが…
社会のさまざまな関係や知識を謙虚に受け入れるということが望まれるが…
そこに介在する貨幣経済は、お金が優先だという農家もいる。

以前農家と話をしていて
「お返しや御礼は、農産物で良いから現金はあまり出ないでしょう」
「いや農家ほど様々なやりとりは、現金でしかない」と言う
多くの現金を必要とする農家は、豊かさとは違う生き方ではないか?

いろいろと考えさせられることだった。

辞めたら…

先日、若い子にあった。
若い子と言っても、自分の子供ぐらいだから20代後半か?
言い争いになった。
「仕事が進まない。」と言う愚痴だった。
そして「本来、望まなかった仕事だった。」と言う

「辞めたら…」とアドバイスした。
逆説的なアドバイスだ。
辞めたら、次のところへ行っても、また同じことだ。
そこで自分の存在意義を見出さなかったら、どこでも見出すことはできないだろう

 

30代中頃、誘われて転職した。
3社目、2回目の転職だ。
「営業が足りない。能力の有るやつがいない」と言う
ベンチャー企業だった。
”削れる”セラミックスのメーカーだった。
セラミックスとは陶器のことだ。陶器だから、電気を通さない!熱を通さない!
しかし、陶器だから精密部品には適さない。
成型したとおりに、精密には焼き上がらないからである。
それを削れるようにして精密な加工ができるセラミックスを開発した。
世界的な特許だ。
「営業が足りない」と言われていたが、
部材としての対応技術や生産力に問題が有り。特許権の闘いがあって、思ったよりも当初の営業規模は小さかった。
そこで切削技術や部材の知識のないのは、他の部門に回された。

それが「遠赤外線」だった。
今でこそ調理家電メーカーや暖房家電メーカーから、遠赤外線の商品が色々と出ている。
30年前当時は、魔法の遠赤外線プレートだった。
なんでも遠赤外線で解決した。
魔法のプレートを入れれば甘く美味しくなり、早く調理ができ、問題がすべて解決するというスグレモノだった。
しかし、基本的に数値に現れない再現性のないものを、あまり信用しない小生は、商品担当ながら否定的だった。
「新しい削れるセラミックスを営業するために来たのに、こんな商品を売らされて…」
当然、営業が力が入らない。売上は上がらなかった。
そこへ、ベンチャー企業を吸収する大メーカーが現れた。
社員の多くは有名国立大・私立大と言う大企業だった。
そこから出向してきた優秀と言われる社員は、遠赤外線のプレートを売り始めた。
冷ややかに眺めていたが、それでは元からいる請われてきた営業としては申し訳ない。
遠赤外線の量産型の家庭用ストーブ、遠赤外線の自動車補修用の業務用塗装乾燥機を得意先のメーカーと一緒に開発した。
本社の技術部門は、営業が主体的に動く商品開発に否定的で非協力だったが、営業としては何しろものが無いと売上につながらない。
それ以上に、相手から反応が聴けない。
否定にしても肯定にしても、こちらの思い込みで生産はできない。
たたき台を作って、さまざまな意見を集約して次の商品開発に勧めなければ…
そんな思いだったが、社内では孤軍奮闘だった。

しかし、それを動いている間に、精密メーカーの基盤の遠赤外線乾燥機を受注した。
クリーンルームでの基盤への樹脂塗装の最先端の遠赤外線の輻射熱を利用した連続乾燥炉だった。

本社の技術部門の応援をうけられないために、下請けを利用して取り組んだ
技術部門から、さまざまな反発をされた。それを意に介さず、勧めた。
半年ぐらいの納期で、なんとか納めた。
相手の担当者から「次も…」という話があったが
技術部門から孤立したままの状態で続けるのは、問題が有った。
というか「農業」から誘いがあったので、移った。

心ならずも、「削れるセラミックス」から「遠赤外線」へと望まなかった仕事をさせられる羽目になったが、基本的には「営業」なのである。
「技術」と「営業」と「管理」と言う部門があれば、営業はどんな仕事でもこなせなければならない。好きとか嫌いとかいうまえに
その仕事の本質を理解しないと続くのは難しいだろう。
しかし、今の組織は営業社員に本質を教える前に、「単なる短期的売上」を求めているのではないだろうか…
組織に入るということは、組織の一員として自分を犠牲にするのが求められる。
ただ上司に、人を活かすとか、育てる意識があれば…救われるが…

一口メモ
遠赤外線は輻射熱である。
多くの遠赤外線効果と言っているのは、殆どが嘘である。
熱源と対象物の間に空気の層が無かったら、それは対流熱や伝導熱であり輻射熱ではない。

遠赤外線は寒い冬に締め切った窓辺で、太陽から感じる暖かい熱である。
電磁波による分子の共振現象で、離れていても熱を感じるのである。

 

 

かんじめ

牡蠣と菠薐草「ほうれんそう」のバター炒めである。

牡蠣は、島香魚店から加熱用の牡蠣を買ってきた。
島香魚店は、午後二時から開店する宮古港直送の魚屋である。
魚の流通も複雑である。
以前、三陸の魚は一度築地へ行ってから戻ってきた。
盛岡市内にも「釜石直送」「大船渡より」とか三陸から来たものが特徴的商品と位置づけられている。
それだけ北上山地を超えて内陸に運んでくることが、距離的に中途半端であり、需要が中途半端だったのだろう、と思う
以前は、なんでも大量生産・大量消費が、もてはやされていた時代だった・
今はそういう意味では、小ロット流通が少しづつ力をつけてきたというか、ニッチ産業として生きる道となってきたのだろう

新鮮な生牡蠣が美味しいと言うが定番だが、
島香魚店は、違った。
「加熱用の牡蠣が濃厚で美味しい」と言う。
生牡蠣は、生で食べて大丈夫なように清浄(?)処理をしている。
だから本来の味も失ってしまうのだという。
本当の魚屋でないと、言えないことである。
その加熱用牡蠣に、ハマってしまった。

その加熱用牡蠣を美味しく食べるには…
魔子様は言う
「何と言っても”寒締め菠薐草と加熱用牡蠣のバター炒め”」と言う。
加熱用牡蠣と寒締め菠薐草のボリュームの有る甘さが、応えられない!と言う
娘が菠薐草が嫌いだった。
しかし、寒締め菠薐草と牡蠣のバター炒めを食べて、その菠薐草の甘さを初めて旨さを知った。
魔子様は言う。
「寒締め菠薐草を、もっと早く知っていれば…」

寒締め菠薐草は、最近の栽培方法である。
菠薐草の旬は、冬である。
国の政策により、野菜のリレー出荷が昭和30〜40年代に始まり、
南から北へと産地が移動した。
それが全国的に、特に東京に旬を失くした。
魔子様は東京の下町出身である。
一年中”菠薐草”があり、特に地域の葉物として”小松菜”が有った。
だから小松菜が主体で、菠薐草などは、あまり眼中になかったのだろう。
盛岡に来て、冬越しの根が太くて赤く葉っぱが広がった菠薐草を春に食べたときに「とても美味しかった。」と言う
「東京へ贈ってやろうとしたら、運賃のほうが高かった。」と言う
その春に食べる太く赤い根の甘い菠薐草を、真冬に作ろうという技術が「寒締め」である。
東北農業技術センター(盛岡市厨川 前国立東北農業試験場)の技術である。
ここ10年前ぐらいの技術である。と言っても難しいことではない。
菠薐草は、もともと冬が旬である。秋に種を蒔いて成長が止まる寒さになったらハウスを締め切る
ハウスであるから雪がかぶらない。そして葉っぱは地温の暖かさを求めて広がり、じっくりと伸びる。
広げた葉を活かして包装する技と、じっくり成長することによって糖度を溜め込むのである。
植物は葉っぱで光合成をしてブドウ糖を作る。
それを成長のエネルギとーとするが、余った分を糖として溜め込むのである。
夏だったら暖かいので、どんどん成長に使われ溜め込む余地がない。
岩手は、リレー出荷のために夏の菠薐草の産地と位置づけられた。
おかげで、細い伸びた菠薐草で、金のために美味しくないものを作っている役目なのである。

そういえば「寒卵」という言葉も有った。
大寒の日に生まれた卵だという。
今はケージ飼いで一年中温度コントロールされているからあまり意味ないが…
うたがき優命園の自然卵なら「かんたまご」は意味があるのだろう

年中食べられる菠薐草や、年中安定して供給される卵が「国民の安定食料供給」という大きな命題のためにできた
それを知って食べるのと、知らないで食べるでは、将来にどういう禍根を残すのか…

誰も知らない・

テレビジャック

店から家に戻って、魔子様は”雪はき”をする
(本人は重い”雪かき”だと想っている。こちらの人は”雪を掃く”という軽い感覚なのだろう)
入道は、暖房をつけ、熱燗をつけながら、湯豆腐を作る。
そして認知症の母親と魔子様の鍋の下準備だ。
テレビを付けてニュースを見ながら作業をしていると
岩泉のにゃんこの話が出てきた。
みると”もとこ”だ。
そういえば今、にゃんこ展をやっている
ポスターをチラシを置かせてくれと言って来たのは1月だっただろうか…
去年だったような気がする

悩みながら色々と企画している
バイタリティあふれる30代か…40代か…の”おばさん”だ(?)
頑張ってるね
応援してあげたいが、こちらが応援されそうだ(泣)

熱燗がついた

平盃で一杯やりながら、某国営放送のニュースを眺めていると
眺めるのである。見るのではない。
その程度で十分だ。どうせマスコミのヤラセだ。

終わって風呂に入ろうとした。なんだか見覚えのある場所が出てきた
そういえは金曜日の夜に、もてぎ店長のドキュメントが有るとフェイスブックで聞いた
座り直して、じっと見ると(眺めるのではない。見るのだ)
なんと出てくる。出てくる。知った人ばかり
合砂さん、嘉村のあけみ、きしおかくん、そしてもてぎ店長と…

ついつい、思い出しながら懐かしく、見てしまった。
伝え聞いていたが、こんなにひどいとは想っていなかった。
大変だっただろう。
と思いながら平盃を傾けた。

番組が終わった後、」魔子様が言った
「今日は茂木夫妻の日だね。」
素子のイベントも紹介され、旦那の店長もクローズアップをされた」
どうなっているのだ!岩泉は、人がいないのか?

そういえば一人、東京で出稼ぎに行ったやつがいるが…
まだ!戻ってこないのか…

流通不全

値上げを言ってきた。
仕入先からである。
「こんどから値上げをするので見積書を持参する」
もう一軒な
「家族経営的なものから、企業経営に大きく変更するのでこれを機会に採算を見直したい」
そんな話だ

「値段を上げる」というのは、なかなか難しい。
積み上げて値段が合わないから値段を上げる
というのでは、積み上げたものが妥当なのか…という問題が有る
それ以上に、なぜ上がるのか?という説明が必要である。
そして、徹底して無駄を省いた合理化を実行しているのか?

生産者が直接に消費者に販売しているのなら、双方が駄目ならやめる、了解なら上げる。
ということで良いのだろう
しかし、仲介の労を取る者(野菜畑)にとっては、双方(仕入先とお客)の納得を得なければ子供の使いである

仕入先が、”そんなのめんどくさい、嫌ならやめたら”というのも一つの方法である
大きなメーカーや流通は、そのように彼らのシステムを押し付けてきた。
ちいさなメーカーや流通は、その間隙をついて商売を広げてきた。

「産直」もそうである
ちいさなときは、それぞれのお客にきちんと対応してきた。
値段は感覚である。(相対のおまけがあった)
大きくなると、大量の商品を並べてお客が選ぶという対応になった。
値段も、あくまでも相場である。(一方的な値付けである)
当店のような”中途半端な流通”は、値上げに対して対応を間違えると、その存在価値が疑われる。

農家のために…生産者のために…
ということで始まった産直も、これだけ地方経済が悪化していると
農家ほど…生産者ほど…安定しているものも、ないのではないか
何と言っても働く場所があり、食べ物があるのだから…

 

朝、店に通う道で、乳母車にゴミの袋を積んでゴミ出しをしている一人暮らしだろう老婆がいる。
だれも面倒を見てくれないのか…
弁当屋からいつも二食の弁当をかかえて変える老人がいる、朝昼兼用と夜の分だろうか…
市場からでる残り物を販売している店に、群がる客がいる。
標準年収以下といわれる貧困率が16%だという。
ひょっとして、それ以上にいるかもしれないと言う。

農家は、長い付き合いだから、その暮らしぶりは、ある程度予測がつく
しかし都会の人は、壁一枚隔てて隣は何をする人ぞ?だれも知らない。

政府や日銀は2%の物価上昇というが、それが貧困の解消にどんな意味を持つのか…
一つ一つの値上げに何故?という強い疑問を持たないと、野放しになってしまうのではないか…
農家の生活と…お客の生活と…お互いの理解がないと…
それを取り持つ(?)のが流通なのか…

流通不全

と言いながら、消費税アップの納豆の値上げがなかなかできない。
毎日食べるものだから…(泣)

 

うめはる

「昔、繊維業界に勤めていた。」と言うと、人はある程度納得する。
ところが「ファッション業界に勤めていた」と言うと、驚く。
ジッと、上から下まで見て…
”そのセンスで…”と心のなかで、つぶやいているのが聞こえる

最初に勤めたところが「商社」なのである
「商社」と言っても”総合商社化”に乗り遅れた「老舗の繊維専門商社」である。
多くの新入社員が、繊維に配属された。
英語ができそうなやつは、繊維貿易へ
まるっきり英語が話せなさそうな顔をしているやつは、国内繊維へ

国内繊維でも、身体や、声の大きな体育会系は、大阪へ
ちょっと神経質なおぼっちゃん風は、東京へ配属された

何と言っても大阪の繊維業界は、ヤクザである
「繊維で一人前になったら商売は一流だ!」と言われていたが
今にして思えば。「山口組」で若頭になるようなものだ
そういえば先輩たちもヤクザのような人ばかりだ。(Blogを読んでいないと思うから言うが…)
女子社員は、すべてヤクザの情婦のような感じだ(感じだ!たぶん!)
最初は東京へ配属されたが、やはり間違えたのか?すぐ大阪に転勤になった。
大阪は、水を得た魚のように動き回った。

あるとき「横縞のボーダーが曲がった」というクレームが付いた
丸編であるから螺旋上にボーダーができあがる。それを切り開いて糊ではっつけて伸ばすのである。
反物のときは真っ直ぐである。縫製している最中に、徐々にもとに戻ってくる。
今はなくなったが、昔、わきで縞模様がずれているシャツをきていたやつが多い。
だから大きな縞模様はできなかった。というよりもメーカーは嫌がった。
「縞が曲がった」とクレームがついて販売員が一緒に行ってくれ!と言われた
一緒に行った。
担当の人が出てきて、ネチネチと嫌味を言った。
すぐ言った「当たり前や!こんなんは曲がるもんや!」と言うと
相手は驚いて黙った。
すこし大声だったかもしれない。
すこし声が低かったかもしれない。
すこし語気が荒かったかもしれない。
顔が歪んでいたかもしれない。
眉毛が逆だっていたかもしれない。
右手が内ポケットのピストルを触っていたかもしれない。
交渉は、最初が肝心である。

無事にクレームは解決した。(相手が黙ったので…)
あとから販売員が言った
「あの人もう連れてきていらん」とトランプ(?)のようなことを云われたらしい。

そんな大阪の繊維業界から東京へ転勤になった。
東京は「ファッション業界」と言う。場違いのところへ来てしまった。
なんと言ったって、キンキラキンの女の子ばかりである
と思ったら、当時は黒と白のファッションだった。
マンションメーカーと言われるマンション一室で、デザインをおこし、
縫製業者に委託し、ちいさなブティックに卸すところが一杯あった。
そんなところのデザイナーと商売するのに、自身の服にセンスが無いので困ったが
当時は白黒だったので、これ幸いとヤクザルックにした。
ダークスーツにピンストライブである。
しかし、商売はカラーコォーデネートである(?)
「流行色協会の色を参考に…」と言っても、ちんぷんかんぷんである
そんななか記憶に残っているのは「うめはる」という言葉である。
「うめはる」と言うのは「梅春」と書く。
春よりも早い季節、真冬が終わった頃である。
ようするに1月2月に店頭に並べる商品群や、その色である。
年末セールが終わり、消費が冷え込む1〜2月、
暖かくなって出歩くようになって購買力も回復する3月から4月の春。

そんな1月2月の梅春は、商売も停滞する。
毎日食わないとやっていけない人間も、冷蔵庫にある買いだめ他正月の残りを漁って過ごす日々である
岩手の八百屋も新鮮なものは無い。下りものばかりである。
あるのは沢庵、それさえも昨年の秋は不作で早々に終わった。

次にでてくる山菜まで、じっと我慢の梅春が続く。

 

 

たんじょうび

「誕生日おめでとう」
玄関にボール持って出てきた男の子に声をかけた
「いくつ?」と聞くと
指を四本出して突き出してきた。
「もうすぐ幼稚園?」と言うと、嬉しそうに顔をほころばせた

誕生日会の弁当をである
親せきが集まるのか…
仲良し友達が集まるのか

一つだけ子供用で、後は大人だと言う

 

なかなか違いが出せない
そこでメニューを…

しかし、ひらがな読めるかな?

1 / 21412345...102030...最後 »