ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

食べたい

「体調が悪い。」と言うほどでもないが…
年令を重ねると、どこか具合の悪いところが出てくるのが当たり前である。
なんせ65年も痛め続けてきた身体だ。

食道がんの手術をしてから快調である。
食道と胃を縫い合わせた分が狭まって、食べ物が通りにくくなり、痩せた。
やはり必要以上に蓄えていたのである。つまり体重が減ったのは大きな原因である。
快調と思ったときから、少ないながら不調が生まれてきた。
体重が減ったのは良いが、スタミナが無くなった。
体重が重かったときに、高血圧・高脂血症・尿酸と循環器系の病気はすべて持っていた。
それが正常な数値になった、と思ったらスタミナ切れである。
おまけに化膿性脊椎炎で40日も絶対安静の入院である。
60を過ぎて絶対安静の長期入院は自殺行為である。
筋肉はすっかりおち、みるみるうちに骨皮筋衛門になった。
おまけに食べ物が入っていかないというのでは、どうしようもない。
正常な体重で病気もなくスタミナも無い。と言う三重苦である(?)

そして今回は「腎臓の働きが悪い」と言う
痩せているが太ってきた。体重ではなく”むくみ”である。
このままいけば人工透析だという
人工透析だと、週に何日かベッドに縛り付けられる。
かなわん。歳をとっても、こんな忙しい仕事をしているのに…
しかし「軽度だから食事を気をつければ維持できる」とも腎臓リュウマチ科の医者は言う
「栄養指導うけますか?」と言う

”栄養指導!”そういえば栄養関係の本は読み漁っているが…
本物の栄養士の指導は受けたことがない
(いや以前、退院間際に「話を聞け」と言われて聞いたことが有るが、中身は忘れた。)
どんなことを言うのだろう
今の食生活に何かヒントをもらえるのだろうか…
そんなことで気軽に「栄養指導是非!うけます」と言った

 

たぶん塩分制限とカロリー制限と野菜の摂取を言うのだろう
通された小さな部屋は、先客だろうか老婦人が話をしていた

「わたしゃ甘いのが好きで、ご飯に砂糖をかけたような…食事を…」
「漬物も塩と砂糖をたっぷりとまぶした…」
ツッコミどころ満載の話を、だらだらとしていた。

小生の相手は、ベテランでもなく新入りでもなく中堅という感じの栄養士である
一生懸命にパソコンを打ちながら一日の食生活を聞いてくる

「え〜疲れやすので…夕食を食べるとすぐに寝て、
2時に起きて関口屋の駄菓子を二〜三個つまみながら砂糖を入れない珈琲を…
そのあとのどが渇いたらミルクティーを…
しらじらと夜が明けたら玄米のお握りと一個と昆布など海藻類や麸を入れたスープ、それでお腹が一杯になって…
店では、ゆっくりと食べる隙がないので漬物の味見や、玄米の残りご飯をつまみながら、菓子類は一切食べずに
夕食は缶ビールを350cc豆腐を半丁に塩とオリーブオイル、それから肉混じりの野菜の煮たのと…。そんなもんです」

一生懸命計算をして「塩は6g」「カロリーは1000キロカロリー」ですね
「最低でも、やはり1900カロリーは食べたいですね」と彼女は言う。

そして
「チーズが良いですね、甘いものもいいですよ。カロリーメートは何かどうですか?」
「チーズは一切れ夕食前に…甘いものは朝食べれば十分。市販のものは食べたくない」と言うと
「ナッツ類もいいですよ。油も取ってオリーブオイルは良いですね。ラードもいいです。」

と言って塩分とカロリーの成分表を渡された。
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結局、何を言いたかったのだろう?
カロリーが取れなくて困っているのだ
量が取れないから塩分も取れない
高脂肪高蛋白のものを食べろと消化器内科は言う
それとは逆だと腎臓内科は言う
東洋医学の針医は、今のままで十分だという
血糖を管理する総合診療科医は分食をしろという

色んな人にアドバイスを受けながら
ただただ自分の食生活の貧しさを確認しに言っただけだったのだろうか?

あ〜あ
口から溢れ出るほどラーメンライスを腹いっぱい食いたい。
たべた!たべた!と膨れ上がった腹を撫で回したい

とおに

義母が亡くなった。
義父は遠に亡くなった。
実父も遠に亡くなった。

子どもたちにとって祖父母と言われるのは実母だけになった。
小生も祖父母は、遠に亡くなったから、母だけになった。

順番とは言え、なんとなくそろそろか…という気になってしまう。

義母に最初に会ったのは、東京のはずれにある海辺の魔子様の実家だった。
覚えているのは、義父がちゃぶ台の前にすわり、シャコを剥いてくれた。それを義母は、勧めてくれた。
「ほげ、ほげ、たべな!」と言って…
魔子様が翻訳してくれた
「いっぱい食べてください」と言う意味らしい。
そうそう海苔も出てきた。
海苔は憧れの高級な食べ物だった。
それまでは焼き海苔しか、食べたことがなかった。
出された海苔は、生のりを煮たものだった。
三木のり平が宣伝をしていた「桃屋のえどむらさき」の薄味だった。
ご飯を何杯も食べることが出来た。
そしていつも行くと出前に寿司を取ってくれた。
この寿司が美味しかった。
さすがに下町とは言え海辺の町は魚が美味しかった。
今でも浅蜊が取れるという。
いつも料理は大皿で山盛り出てきた。
下町の家族が多い食卓の風景だった。

新婚生活をおくるのに東京駅から大阪まで新幹線で向かった。
一人で東京駅のホームで涙を拭いているのを思い出す。
長男が先に逝った。
大事に大事に残された株券を持っていた。
「早く売らないと紙くずになるよ」と言ったが、「思い出だ」と言って聞き入れなかった
JALの株券は、ゴミクズになった。
次男は、多忙な仕事で脳卒中に倒れた。
ずーっと仕事を続けながら援助をしていた。

家族思いの義母だった。
下町の両隣の家は、義父の兄弟だった。
両隣を親戚に囲まれ、さぞかし苦労が有っただろう

苦労をしながら働きづくめの人生だった。
大正から昭和一桁と言われる人の典型的な人生だったような気がする。
幸せとか…喜びとか…あったのだろうか…
そういえは怒った顔は見たことがない。

ただただ合掌

0-02

血の気が多い

ブドウ糖負荷検査を行った。
これはブドウ糖を飲んで、その後の30分の血糖値の変化を調べるものである。
前日の8時までに飲み食いは終了。
それ以降、食べても呑んでも駄目。
という酒飲みにとっては、辛い修行である
もっとも最近は…缶ビール350ccを一缶呑むのが精一杯だから…
”早めに呑んで、早めに寝て、早めに起きる”という「早め三原則」に則った健康的生活を営んでいる。
だから夜に出歩くことは一月に一度あるかないか?である。
最近は、ネオンの看板を見たことがない。

とりあえず”朝8時30に来い”という指示なので8時に家を出た
車で10分もかからないところだが、何が起こるかわからない。
それが起きた。渋滞である。

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よく考えたら、いつも街の中心部から遠くに出勤する。
街なかへ通勤時間帯に向かうことは無い。
当たり前のことであった。
しかし、街なかへ行くための渋滞を解消するために作ったトンネルが

信号待ちを4回しないと抜けられないと言うのは…
設計通りなのだろうか…
トンネルの中で、
火事が起きたら…
落盤があったら…
おしっこに行きたくなったら…
幽霊が出たら…とあらぬ妄想が最大にふくらんだ。
最近トンネル内の火災は、しょっちゅう起こる
以前、北海道のトンネル落盤でバスが埋まった事故もある
まして、このトンネルは地盤が悪く工事に長いことかかったトンネルである。
また、いつかの高速の渋滞で、トイレを積んで運んだという話を聞いた
(渋滞に巻き込まれた女性が、衆人環視の中でトラックの荷台に乗せられた仮設トイレでりきんだ!という話を直接聞いた)
そんなことを考えながら8時半に間に合わなかった。

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ブドウ糖負荷検査は、最初からつまずいた。
ブドウ糖の紙コップを「ぐいっとのめ」というので、どんな味か確かめるために二口程、口に入れた。
途端に看護婦が「ぜんをとっていない」と頭を抱えた?
そして周囲に「私うっかりして、”ぜん”を採らなかった」と言って回る。
”ぜん”とは何か
禅問答のような話だ。

よく聞いてみると「ぜん=前」で検査前の血液を採らなかったらしい。
ようするに、30分毎に血液の血糖値の変化を捉えるのに最初の基準値を採っていなかった。ということらしい。
頭を抱えて、あちこちの看護婦にどうしたら良いか?
先生に連絡してどのように処置したら良いのか?を問い合わせているらしい。
飲んで、まだ1分も立たない。
今のうちに採血してしまえば、まだ毒だって…酒だってまだ酔っ払わないし…ブドウ糖も回っていないだろうに…と思うのだが…
「すぐ採ったら…」と言っても頭が一杯なのだろうか…”無視”
ブドウ糖というのは即座に効くのだろうか…
今度、酒をブドウ糖で割って飲んでみよう!と強烈に思った。

15分ぐらい立ってから先生からお許しが出たようである。
それから長い負荷検査が始まった。
いや単に30分毎に二本採血をするだけなのだ。
それが30分毎に自分で処置室へ来るようにという指示である
それが”34分”の”04分”で一時間に二回を3時間である
概ね順調である。一回を除けば…
一回は、うたた寝をしてしまった。目が覚めたら3分ほど過ぎていた。
処置室の看護婦たちは大勢で待合室を叫んで探し歩いたという。
そんなに厳密な時間管理なのだが…

ところがもう一つ問題が有った。
鍼が刺さるが血液が出てこないのである
採血するのは動脈である。表面から見えているのは静脈である。
静脈に隠れて動脈が有る。
看護婦は「動脈は大事だから奥に隠れている」という
なるほど夫婦も一緒である
魔子様は大事だから奥から出てこない。表で石をぶつけられるのはいつも入道である。
逆転する夫婦もいる。表面に顔のでかい鼻の穴が上を向いた妻がいて、裏にこめかみに青筋の立った細面の夫が隠れているのも…
その動脈がなかなか見つからない。
見つかったと思って、鍼を挿すとくねくねと逃げるらしい。
「痛いですか、しびれたら教えて下さいね、」と言いながら
鍼を刺したまま、あちこちをこねくり回して動脈を当てようとしている。
まるで水脈を当てる井戸掘りのようなモノである。
ギブアップした看護婦が3名。
何回も刺してようやく探し当てたが血液が途中ででなくって辞めたのが2名。
これはベテランだ!という人は素直に二回掘り当てたが(?)
三回目は、「逃げる」と言って鍼をさしたままくねくね

裏から突き抜けるのではないか?と生きた心地がしない

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右手も左手も、手も腕も、針跡を隠すバンソウコだらけで終わった。

ブドウ糖負荷検査でわかったことは。

入道は血の気が多いようで、神経(血管)は細いのだ

主でなし2

国体の弁当を配達した最終日。
弁当の生ゴミを集荷に行った。
待ちかまえていたのは口論となった駐車場係の職員と、どうやら駐車場の責任者だった。
「問題にするぞ!」と脅したのが功を奏したのか…

駐車場係の職員が開口一番「この前はすいませんでした」という
しかし、三日間長い道を台車をころがし、段差を四苦八苦して登り降りし
一回は転倒してコンテナがころがり、周りの人から好奇な目でみられ
空いている駐車場を横目で見ながら、暇そうに旗を弄び雑談を交わしている係員たちのそばを歩く屈辱は火を噴く言葉としてぶつけられた。
「おまえら言われたことだけを言うのなら高校生のバイトで良いのだ」
「自分の目で見て判断するのが仕事じゃないか?」
「なにがおもてなしだ。」
「こちとら自慢じゃないが障害者だ!(自慢している)
障害者でも追い払えと指示をしているのか?」

そこへ駐車場の責任者がまた頭にくることを…
「各県それぞれに昼食に対応していると大変なことになりますので…」
「ばか!それが仕事だ!。大変になるから制限するならお上の言うとおりにしろということか」
「各県には連絡をしておりますが…」
「一方的な通達で仕事か?それが実行されているのか確認をとったのか?」
各県がどんな昼食の対応をしているのか?聞いたらいいだけのことである

そして責任者は最後に「措置は正しかったと思います」とのたもうた。
典型的な、お役所仕事である。
これが、おもてなし国体である。

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国体の主役は選手である。十分な体調で万全の能力を発揮してもらうのが基本ではないのか?

問題点1
そのための食べ物を十二分に検討すべきであり、他県のものを検証しないといけない
今アスリートの食事は科学的メニューで構成されている
他県で違う弁当を注文するのなら、その弁当の内容を検証することが今後の役に立つのではないか?

問題点2
そして、ちいさな選手団にも、ちいさな選択を与えるのが、本当のおもてなしではないのか?

問題点3
大手の業者は安全性に優れているという認識が有る
大手の業者は、問題があったらお金で責任が取れるということだけである
ちいさな業者は、問題があったらお金が払えないから、安全には十分に気をつける。
そしてロットが小さい分、相手の要望に応えることができる。

問題点4
障害者が配達に来るということを予測していない
障害者の雇用と建前は良いながら、本音はそんな前提を考えるとややこしいことになる

問題点5
運営がスムーズに行けば良いというのがみえみえ
そのためには、制限をするというお上視線
弁当搬入時には、駐車場がガラガラでも臨機応変の対応が取れない

 

4日間、朝5時に起きて昼に喧嘩して、
午後は岩泉への道が通行止めで交通量激減で売上も激減。
もう疲労困憊、怒る気力もない。

 

主でなし

昔、と言ってもそんな昔ではない。
まだ体力に任せてブイブイ言わせていた、20代前後の昔だ。
ラグビーをやっていた。
岩手が、ラグビー王国と言われていたころだ。
小生の高校のラグビー部は、県内で一番下のブロックを右往左往していた。
そこへ全国大会で優勝した先生が赴任してきた。
小生の後輩から、一気に強くなった。高校生と言うのは、監督次第である。
大学は、やはり自主性をを求められるが、やはり応援するOBや後援会の組織がしっかりとしていないと…

そんな当時のスポーツは、精神力で頑張るというスポーツだった。
今のような科学的練習システムでは無かった。
だから当時は、練習が終わった後、コカコーラのホームサイズ(500cc 今は見かけない)を一気飲みして、汗を大放出して腹一杯になったところへ、ラーメンライスと突っ込むというような乱暴な食事をしていた。
今では、高校生でも練習が終わった後、女子マネージャーが握ってくれたおにぎりを食べたり、プロティンを飲んだりするという。
ましてこの前奇跡を起こした日本ラグビーも、一日に5食か6食を食べるという。
身体づくりに食事が重要だと科学的に証明されてきたからであろう。

 

今、岩手国体の夏バージョンが開かれている。
おもてなし国体とか感謝国体とかいろいろと名づけているが…
その国体は、水泳から始まった。
ある県から選手の弁当の注文が入った。
「どうしても、ちいさな野菜畑に受けてほしい」という
5年前の高体連の時に注文をもらった県である。
覚えてくれたのか、それとも、なにか感じるものがあったのか…
img_5674 img_5677(5年前の納品)
4連続で毎日というのは、従来のお得意さんから注文が入ったら申し訳ないし…と思いながら
せっかく遠くからくるので、やはり岩手らしいおもてなしを…
と思って受けた。
ところが注文が細かい。
前回のように青物はいらない。オニギリは大きく、必ず梅を一種類。
そして果物を必ず入れてほしい、それもオレンジと、お腹がすいた人用にバナナ。
スパゲッティや焼きうどんのような麺類もメニューに…
肉は入れてもいいが、揚げ物はだめ等々
アスリートの試合直前の食べ物への神経の細かさが見えるようである
三ヶ月前の注文で、一ヶ月前から指示がいろいろとあり、
当日は朝5時から作って、10時半に、選手の控室である雑魚を洗うような体育館に持参した。

しかし、揉め事は帰りに起こった。
「今日はいいですが、明日は混みますので一般駐車場から配達してください」
「これは他県の選手の食事を依頼されたもので…」
「そうであっても駐車許可証が無いとダメです」
「それなら最初から言え」
「弁当業者は以前から打ち合わせをして許可証も渡しております」
「一般駐車場はどこだ?」
「ちょっと遠いですが…ずーっとあっちです」
「そんな弁当が傷むじゃないか?身体障害者なのだが?」
「これは本部で決めたことで、本部に言ってください」

初日はそれで済んだ。いや済ませた。
翌日、入り口は「弁当の配達です」というとガードマンは車で入れてくれた。
なんだ、通れるじゃないか?
途中の旗振り男は「案内通りに行ってください」「ムッ」
旗を振る男どものとおりに走ると、なんと外へ出てしまうではないか?
最後の男のところで止まって
「弁当の配達だが…」
「外へでて、安全な所で荷物をおろして中へ入れてください」
「安全な所?」
「会場内は許可証がないとダメです」
「先方の指定だ。」「業者は決まっており、駐車許可証を発行しております」
「入り口で弁当の配達で入れてくれたではないか?」
しかたがないので外へ出た道路へ路上駐車して荷物を降ろそうとした
「そこは道路ですよ」という
「ジャーどこへ下ろせば良いのだ」
「裏の方へ回って…」「裏も道路だ」
「安全なところへ…でなければ一般駐車場へ…」
そこは時間がかかる
5分ぐらい市役所職員と言い争いをしただろうか
しかたなく一般駐車場よりはマシだろうと知人の家の道路に駐車して暑い道を10分ほど掛けて配達した。
弁当が傷まないか?と心配しながら…

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駐車場は三日間ともにガラガラに空いていた。

玄関のそばには本部で指定されていた業者だろうか
選手に弁当を渡す長い列ができていた

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弁当の募集要項をみると大量生産業者しか採用されないシステムである。(1回200食)

これはおもてなしではない。
自分たちの運営がスムーズ行けばいい
そして問題さえ発生しなければ…という「主ではなし」

 

 

 

生データー

裁判に出頭した
いかめしい表題は
「口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」である。

前回のBlog「契約違反」に書いた

そのために答弁書を作成して提出し、出向いた

当然もう一回目で判決が出るだろうと言う読みであった・

早朝にシャワーを浴びて灸をすえ、心を強く持ってでかけた
少し大げさだが…大げさすぎるほど準備をしなければ…

これが片付かないと…
なんとなく憂鬱である。
ある人は、「そんなの払ってしまえ」という人がいる
しかし、そんな不条理を許しておいては社会のためにならない
という”わざとらしい正義感”だけである

と言いながらその日の朝読了した”さわやの覆面文庫”のように正義感が無視されたらどうしようと言う危惧も大きく抱えながら…

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事件は
放射能検査を申し込んだ。
生データーをくれるといったのに、商用利用だから渡さないと言った
それは契約違反だ
生データーがあれば出荷できて33000円の売上が上がった
その分を賠償せよ
という原告の主張である

こちらの主張は
放射能検査依頼は原告の依頼で取り消された。原本はない。
商用利用は金の絡む問題なので慎重に測定するという内部の取り決めである。実際にその”たらの芽”の試料は三回調べた。
3枚の生データーを提出したが、市民にはそれを説明して渡している
その生データーがあれば出荷できるということは無理がある
実際に原告の出荷先の社長は、「市民サービスとして行っているものを商売で補償という形で利用することはない」と言明している
よって損害賠償は発生しない

真っ向から反論して裁判長に委ねた
と思ったら、なんと30分で終わった。
要するに訴状と答弁書の認否の確認と次回の論点の整理だけである

しかし、裁判は笑ってしまった。
原告の対応にである

 

裁判長は、依頼書の原本はこれですか?と聞いたのに
「いえこちらにあります」とファイルを出してきた
こちらは検査依頼を取り消したから原本を渡したと主張しているのに原告は、”取り消ししなかった”と否認しながら、原本が手元にあると矛盾したことを言っているのに気がつかない

 

また生データーで出荷先の了解が得られると主張しているのに裁判官に「データーはこれでいいですか」と問われると「初めてみました。立派なデーターです」とボケたことを言っている
どんなデーターかも知らないで、そのデーターが出荷先に了承されるはずがないのだが…

 

そして裁判官は原告に、「その生データーで売上が上がるということを立証してください」といわれても原告はなぜ、どのように立証しなければならないか、がわからないようである。

 

そして最後に裁判官は原告に
「立証に時間がかかりますか?次回はいつにしますか?」
と聞かれると
「私は定年退職しているから良いが…こんな金額で、そちらさんは商売しているから忙しいだろうに…」とこちらに気遣いをしている

そんなら最初から裁判なんかするな!

 

訴状の文言は判例に則って立派であるが内容の組み立てはなっていない。多分、そんなことで相手を脅して生きてきたのだろう

 

入魂

夜中の2時から…時間を許す限り…
500ページの文庫本を読んで三日目で、ようやく読了した・

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今までこんな本の買い方をしなかった。
いや、こんな本の選び方もしなかった。

変わった装丁に魅入られたように買い求めた。
これがAmazonでは、買わなかっただろう
これは”さわや書店”だから買ったのだ

さわや入魂の一冊

カバーには

この本をどうしても読んで欲しい
という想いが溢れた言葉が羅列してあり厳重にラップが掛けられてた
昔のビニ本みたいである(買ったことはない。見たことはあるが…)
文庫本で810円である。
”もしお持ちの本であった場合返金いたします”と保険がかけてあった。そういえば、今までに何冊も同じ本を買っただろう…
それに比べれば…と躊躇した。
もし後悔したら…
しかし。さわやだ!と天峰山からパラグライダーで飛び降りたつもりで購入した。
店を出て、すぐにラップを破り手書きのカバーを剥がした。

「なんだ?推理小説か…しまった!」
しかし、カバーには「小説ではありません」と書いてある。
”とりあえず読んでみるか…”と読み始めた

止まらない。
朝、読んだら出勤時間までに50ページまでしか読み進めることが出来ない。
仕方がない。”8時に寝て2時に起きて読もう”と決め三日間
読了をした。

カバーのとおりである
度肝を抜かれる著者の生き様
感動させられる行動と人との関係
そして組織の不条理
知らないでは済まされない

そしてまさに読了のその日
口頭弁論の初日だった。
日本の司法は、正義を守れるのか…

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さわや書店が街にある人は、さわや書店に行ってみて買ってください

さわや書店が街にない人は、メールを下されば書名を教えます。
(街にないことの証明が必要です(笑)

盛岡が誇る「さわや書店」文庫本担当の長江さん
本当にありがとう。貴方の文章がなければ絶対に手に取らなかった本です。これに出会って、さまざまなものの見方が変わりました。
なんでも疑ってしつこく取り組まないと…

 

*追伸

これは「文庫X」と称されて、盛岡さわや書店発で全国展開しているという。それはさわや書店のBlogに書いてある
嘘ではないらしい

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想定外

元ハム屋のレポート第二弾

 

岩泉町役場の方と少しだけですが連絡とりました。
全国の方にお願いがあります。

昨日の自分の投稿をシェアしましたが、そこにも書いてある通り、役場の全職員が通常業務を中断して、災害対応をしています。未だ孤立している地区も多いですし、孤立してない地域でもインフラは崩壊したままです。そして役場職員の中には、自分自身が被災者の人がたくさんいます。それでも皆さん必死で働いています。

しかし残念なことに役場に、はっきり書いてしまいますが、全国からクレームが殺到しているそうです。グループホームや光ファイバー網の事でしょう。そして その対応がとても大変だそうです。私が昨日、役場に電話した際もなかなか繋がりませんでした。もしかしたら、そういう電話のせいだったかもしれません。

人間がやる事ですし、非常事態ですから、色々不備はあるでしょう。そして同じことを繰り返さないために、その不備について責任の所在をはっきりさせることも絶対に必要です。

でも、それはもう少し落ち着いてからにしましょう。
今、怒りをぶつけても何も変わりません。
小さな町ですから職員の数も限られています。今は被災している現場の事に集中してもらいましょう。

よろしくお願いします。

 

ここまで引用

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想定外という言葉がある

福島の原発事故のときに言い回された言葉である
しかし、あれは想定外という”想像力のなさ”と、”危険になることを想像しない”という逃げを露呈していた
人間が扱う人工的なものは危険物なら、さまざまな事を想定して行うことができる、そして最悪の場合は覚悟が必要である

今回の岩泉の件は自然災害であり、想定外という言葉が許される。なんと言ったって西日本で何回も台風に晒されながら同じ轍を踏んでいる。参考にしろと言っても一回も直撃したことのない土地での災害だから想像が貧困である。…だからこれは国が責任を取るべきであろうと思う。

たぶん

「たぶん」都市部に住んでいる多くの人が、道路が陥没して不通になる影響を想像出来ないだろうと思う
現代人は、そういう意味で便利さに慣れてアタリマエのことと思っていることが当たり前にならないのが自然災害です。
下記は、以前岩泉町有芸に住んでいた元ハム屋のレポートです

 

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岩泉町内では大水害から3日目の夜を迎えようとしていますが、未だに孤立している集落が多くあります。

有芸地区の一番奥にある水堀集落も道路が寸断され、徒歩でしか行き来出来ない状況です。養豚や酪農家を中心に6軒が住んでいますが、当然電気も止まったままです。水道はもともと山奥過ぎるので、上水道は無く各家ごとに井戸があります。但し井戸の水を汲み上げるポンプは当然電気で動きます。

岩泉の養豚農家や酪農家などは大震災などの経験もあり、ほとんどの家で発電機を持っています。電気が無いと仕事にならないだけではなく、最悪の場合牛や豚が死んでしまうので。

ところがその発電機も燃料となる軽油が無いと、動かないわけです。停電から3日目を迎え、そろそろ燃料も底が見え始め、農家さんの悲鳴が聞こえ始めていました。

そこに今日、軽油400Lが宮古市から 井田 裕基 (Yuki Ida)くんの手配と運転で、櫛桁 一則 (Kazunori Kushigeta)さん 古舘 裕三 (Youzoh Furudate)さんのご協力を頂き、運ばれてきました。本当にありがたいです。

有芸地区は岩泉町ですから、いつもであれば20分ほどで岩泉の街中へ降りていくのですが、そちらの県道は何か所も大規模に崩落していて通行できません。し かしお隣の宮古市に抜ける県道が幸いにも通れる状態になったので、宮古市には1時間以上かかりますが山を超えていく事が出来ます。

そのため宮古市からわざわざ有芸地区まで、燃料を運んできてくれました。有芸地区で地元の人に引き継ぎ、徒歩でみんなで運び、無事水堀集落の農家に軽油が渡りました。これで数日間はしのげると思います。その間に何とか道路が開通してくれればいいのですが。

ちなみに水堀の一番奥にある龍泉洞黒豚ファームで、大学の後輩が1名研修中でしたが、軽油を運んできた車に同乗して無事岩泉を離れることが出来ました。本 当はこちらがメインだったのですが、ついでに「少しでいいから軽油を」と言ったら井田君の手配であれよあれよと大きな話になり、400Lなんて話になりま した。

井田君を始め、ご協力頂いたみなさん、本当にありがとうございました!

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美味しい肉が食べられるのは、ライフラインが不安定な地方で生産している農業のたまものです。国内で作られる意味、地方で生産される意味を、もっともっと都会の人は考えてほしい。

準備万端

週の初め、月曜日。
27度の予報が急に真夏日の31度に変わった。

蒸し暑く外はカラカラに晴れている

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朝定食の客が一人。いつもの納豆定食である。

それから無音。

12時が過ぎた。
12時半も過ぎた。

えっ!今日はノーゲストか…?

そこに生産者が一人。
子どもであろうか…学生のような男の子が3人。
一人は外人である。

若者はボリュウムの生姜焼き定食を…
生産者は、長芋とろろ定食を…玄米で…

生姜焼きを焼いていると
ポツリと二人連れ
それからポツリと一人
それから親子が…

あっという間にテーブルが埋まった。
まるで不意打ちの嵐のようである
魔子様は準備万全、次から次へと注文をこなす

 

昔と言っても、小学生の頃か…
しょっちゅう不意の停電は有った。
しかし、台風には相当な準備をしていた。
家のガラス戸や雨戸には板を貼り付けて、ガラス戸にはテープを張り。家の道具は高いところに上げ、
そして”嵐だから”と言って、枕元に着替えと学校の道具だろうか…
一式を置いて寝た。
夜中に着替えランドセルを背負って行く事態は無かった。
しかし、当時は準備万端整えて対応した
いつからだろう、そんな対策をしなくなったのは…

今日は東北に上陸する台風は観測史上初めてであると言う
観測史上と言われるが、たった60年である

いまは、それほど台風対策はしていない。
行政の自然災害対策が功を奏しているのか
それとも安心しているのか…
家が頑丈になったのか?
ふとテレビで見ている災害が、
なんとなく劇場で起きていることと勘違いしているように思える
さて今日はきちんと対策をして…
と言うが対策の仕方を本を読まないと…(泣)

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