ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

へいがい

もうあちこちの病院を転々として
認知症もすすみ、食べられなくなって一ヶ月
排泄もできなくなって…
大勢の医者と看護婦が付き添って自宅に戻し
家族が介護して訪問の医者が言う
「もうそろそろだ。あと三日持たないだろう」

店の弁当の仕事を断って、90を過ぎた寝たきりの母と介護している姉夫婦が住む東京の実家に戻って三日目。
魔子様から「落ち着いてきた」とメールに有った

 

そんな時に実母のケアマネージャーが電話で言う
「一ヶ月に一回、母と息子さんとお会いすることになっているので…」
「危篤で実家に戻ったので人手が足りなくて、店を空けられる状況にない。」
「お約束ですから…日を決めてもらわないと…」
まるで義母が死ぬのを待っているような…

 

これで介護の仕事に携わっているのか…
単なる仕事をしているのか…
これが今の介護の実態なのか…
個人の資質なら替えてもらえば…
しかし。また別の担当になるのだろう

介護を行政のシステムとして、おこなう弊害なのだろう

哲学の森Ⅱ

内山節の話を聞いている。
今現在、聞いているという進行形だ。
岩手大学、演習林の”哲学の森”に出た
今日もやっているはずだが、残念ながら出席できない。
いや驚いた、
あの教室が目いっぱいになったのだ。
後ろの方は、机がな若者たちでいっぱいだ。

内山さんも最初の言葉は
「オリンピックだから、参加者は2〜3人だろう!と思ったが…」
と驚きの言葉で始まった。

岩手に内山哲学を浸透させたという想いが
ようやく、ここまで来たような気がする

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初日は

第一講 今世界で何が起こっているのか?
第二講 生きる世界の再創造
と言うテーマである。
彼は言う

今の社会は、いい成績を採り、いい学校に入り、いい役職につくという。いいポジションにつくためのシステムだという
だからいいポジションについた人は現状が変わることを恐れている
それは資本主義は普遍を求めており、普遍主義の限界に来ている
現状の世界は普遍主義を追い求めてきた先進国の富の独占のもとで作られたシステムであるが中国やブラジルなどの新興国の台頭によって、近代的世界が崩壊しつつ有る。
それを守ろうとする先進国のファシズムとのせめぎあいだ
それは日本だけでなく欧米も一緒である。
それに対して、大衆の間でさまざまな動きが出てきている。
反グローバルの運動が…
世界は多様である。ローカリズムの多様な動きの多層な動きが起きつつ有る

 

母の時代

「考える人」という新潮社の季刊誌が有る。
特集で昨年夏号は「ごはんが大事」と言う特集である。
どうもこの手の…というか季刊誌・月刊誌・週刊誌で農業や食糧の特集を組まれると、買わないといけない。と言う気持ちにさせられる。
「すぐ消えて無くなる」という気持ちになるからである。
と言って、そんなに大層なことが書いてあることはない

そのままトイレに”積読”が関の山である。
しかし、ついつい見てしまう。
隅々まで見るわけでないが、やはりその時々で目につく記事や広告が違ってくる。

こびる食堂の悩みは、「旬」である。
「旬」のメニューを美味しい御飯と味噌汁とともに提供をする。というのがテーマである。
それがなんだか「卵」「納豆」「とろろ」に凝縮されて旬の小鉢が、ないがしろにされているような気がする。
と言って自分が調理するわけではない。魔子さまである。
そんなことを考えているから、この新書版の広告が目についたのだろう。

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新潮文庫「小林カツ代と栗原はるみ」料理研究家とその時代。である

本屋の棚に有ったのでつい手にとってパラパラとめくった。
なんというか近現代の女性史である。
ついつい歴史ものは買い求めてしまう。
現代が作られた原因は、その歴史にある。
その歴史は権力者ではなく大衆に有るのではないか…
そんなことを想いながら、テレビやラジオが出てきてから大きく替わった女性の生き方をリードした料理研究家という職業の変遷を書いた本である。と言って著者は小生が高校三年の時に生また昭和43年の生まれである。
やはり研究者といえ自分の生まれ育った時代のことが詳しいがそれより一昔ふた昔の時代は、それなりである。
しかし、料理の世界も、テレビ・ラジオが家庭に入ってから急激な変化を遂げた。マスコミの影響は激しく大きい。

やはり料理よりも家の変化なのだろうと思う
おさない頃、台所は北側の薄暗い場所にあった。
井戸も家の外に有った。
そのうちに井戸は家の中に入ってきてカメに水を汲み置き、風呂も便所も外に有ったのが中へ入ってきた。
女性が家事をする場所が、北側の寒々しい薄暗い場所だった。
昭和ヒトケタの母などはその時代に調理をしていた。
戦後世代ではないだろうか
家の南向きの場所に台所を!という声が上がったのは

その母の時代に流れた番組が「きょうの料理」である
今でも流れているがあの

チャンチキチャンチャンチャンタッッタ〜

あのテーマ音楽は耳から離れない
そして、あのまん丸の江上トミである
我々の時代は、料理といえば「きょうの料理」と「給食」と「ライスカレー」だった。
東京の下町育ちの魔子さまは「ライスカレー」は子供の頃食卓に上らなかった。と言う
我々の母の時代は粗食の中で、家事と高度成長期の労働力としてフルに働いていた時代だった。
そんな時代に生きた人たちが、終わろうとしている今である。

借金漬け

青南蛮を糠漬けにした
辛味が抜けたような気がするが

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やはり少しは辛い。
糠漬けのナンバンをかじりながら酒を呑むのはどうだ!
多分、旨いだろう
岩手の人は、ナンバンを焼きながら酒を呑むという
だからナンバンを買うときに「これは辛いか?どれぐらい辛いか?」と問う。
しかし問われても、「こすっからい」とは言い難い
そこまで辛いもの好きではないが、糠漬けのナンバンはちょうどいい辛味かもしれない

酒がすすむ!と思うのだが名前どおりにいかない。(?)
なんせ空腹に呑むようなものだから、すぐ利く。

 

こちらはグロテスクだが、茄子の糠漬けである。
茄子は茄子でも、白ナスである。
紫の茄子以外は、みんな白ナスというらしい。
本来は緑の茄子である。
これが緑が茶色に変わるのである
高校の時に”みどり”と言う女の子がいた、
卒業して茶髪になったようなものである(?)

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味は茄子だ!(当たり前だ)
これがだんだん色が変わって真っ茶色になってしまう
やはりミョウバンを振りかけないと…
と言って掛けて漬けたが一緒である。
最初は斑でも、いつのまにか真っ茶色になってしまう。
見た目が食べられたものではない。気色が悪い

 

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これはセットにした
胡瓜と大根と人参、そして南瓜である
坊っちゃん南瓜である
坊っちゃん南瓜があるぐらいだから、おやじ南瓜もあるのか(?)
湯がいて糠漬けにしてみた。
これはこれで美味しい
甘味と塩味が微妙なバランスである。
これはいけると思うが、毎日食べたいというほどではない

 

そしてセロリである
セロリは嫌いだが、このセロリは酒の肴としてはいける
セロリ臭さがなんというか…

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馬鹿くさいというか…
アホくさいというか…

 

乾燥大豆も、漬けてみた
切干大根も、漬けてみた
さまざまな物を漬けてみた
二度漬けも、してみた
なかなか商品化できない
本当の糠漬けは、究極の生鮮食品だ。
だんだん借金漬けになってきた。

契約違反

裁判を抱えている
今まで訴えたことは、二回ほど有る
今回は、訴えられた方である

放射能の検査を当店で行っている
店とは別に「いわて食と農の情報室」という名前で…
2011年の3月の東日本大震災で福島原発が爆発し、関東地方や東北に多くの放射能が飛散した。
岩手は県南部が、結構濃度が高かった。
岩手の食の安心安全を言う当店としては、これにきちんと向き合わないと…
金はなかった。当初はウクライナ製とか中国製とかややこしいものが出回った。
秋ごろになってようやく日本製の信頼のできるものが完成したという
注文をした。330万である。
きちんとして部屋を作って冷暖房完備で400万かかって翌年の5月に納品になった。
友人たちから、金をかき集めた。
店に出てくる野菜や米を全部測ろうと思った。
生産者は嫌がった。しかし測った。
それでも当店の客は、岩手のものを選ばなかった。
他店で西日本のものを売っているのに、わざわざ岩手のものを買う必要はなかった。
また当時は農協もスクリーニング検査をしていた。
それで事足りた。とした。

放射能検査装置が遊んだ。
そこで多くの人に測定しながら放射能を正しく怖がってもらうことを目指した。
検査機関に頼むと10000円前後費用がかかる。
それを1000円測定とした。そして会員になれば500円でいい。
会員は勉強会の案内や他の人が取ったデーターを見ることができることとした。
チラシを作った。

情報室チラシ

市民を対象にしたチラシだった。
これをみた農家が測定を申し込んできた。
農家と知らずに受けて検査をした。
データーを取りに来た。

困った。
「農家の人は正規の料金を支払ってほしい」とお願いした
彼は
「1000円だせば生データーを受け取れると書いてある。契約違反だ。裁判をする」と言って帰った

そして調停が行われた。
「この1000円測定(会員500円)は、市民の不安を解消しようと呼びかけたもので農家の商用利用は対象にしていない。
たしかに「営業用の検査は不可」と書いていないが、チラシを作った当時農家を対象にしたさまざまな検査機関があって、市民を対象にして気軽にそして確かに検査できる機関がなかった。まして生データーを提出して了解する販売施設があるとは思えないから被害が被るとは考えにくい」と主張した。
先方は「契約違反だ。昨年の売上分の補償をしろ」と言う主張で調停不成立になった。

そして先方は本訴した。損害賠償33000円を…

もったいない

夜半から雨が降るという予報だ。
夜半だ!もう12時を過ぎた。
雨音がする。そろそろ窓を閉めるか…

ぽつりぽつりが…
ジャボジャボになって…
ピシャピシャという音に変わり…
土砂降りぶりに(?)なる前に…

久しぶりの深夜の雨音である。
定休日の夕方の楽しみは早めのビールである。
しかし、それを二つやっつけると、もう7時には眠くなる。
そういえは今日は昼寝もした。
昼寝の後、孫も遊びに来た。
この孫はYouTubeの「はたらくくるま」が大好きだ。
パソコンを占領されるので仕事にならない
しかたなくビールを呑みながら孫とあそぶ。
孫が帰ったらもう眠くなった。

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起きたら11時だ。
「えっ!いつの11時だ?」と寝ぼけ眼で携帯の時計をみた
頭がすっきりしているので、寝たりた11時だ。

 

仕方がない仕事をしようか…

ふと仕事とは何か?と考えた。
20代初めの会社勤めを始めた時は、週休二日ではなかった。
土曜日は半ドン、そしてすぐ交代制で土曜日休みになり、
そして土日の連休になった。
若い時は土曜日の半ドンは、なんだか中途半端な時間だった。
しかし、その週の整理をして、午後は仲間と会社付近の遊びまわった。
責任ある立場になった時は、土日連休だった。
仕事は間に合わなかった。というよりも
”仕事は見つけるものだ”と教わった。
”言われて、やるものではない。”
そうなると、どんどん見つかる。
仕事は、土日出てこないと、こなせないようになった。
結局、休むということは、仕事をしながら休むことだった(?)

 

農業の世界に入ったらもっと顕著である。
植物に…動物に…合わせて、仕事を…生活を…組み立てないといけない
そして天気である。
「産直奴隷」という言葉が昔はあった。いまはどうか知らない。
「雨が降ったら、畑仕事はやすみ」というのが農業のきまりである
なぜならフカフカに作った土を、足あとで踏み固めてしまうからである。
土は三相構造になっており、固相(土)・気相(空気)・水相(水分)と3分の1のバランスが一番いい。
それが身体の重量で、空気の部分を踏み固めてしまうのである。
ところが産直をやっていると売り場を埋めないといけないから、収穫をしないといけない。
雨だろうが日曜日だろうが、人間の都合で畑に入らないといけないのである。
産直という目先の利益のために土を壊し、身体を壊すのである。
農業(食糧生産)というのは、植物や動物に合わせた生活をしろということなのだ
採れなかった時に食べないということではなく
採れた時に先のことを考えて保存し、
採れなかった時に保存食料や山の恵、海の恵みを食べるという謙虚な生き方しろと言うことなのだ。
食糧を自由に流通するグローバル社会などという幻想は、有るはずがない。
(自国の民を見捨てて他国に食糧を供給することは絶対に無いのだ)

以前、農家は今年の新米を、来年取れるという見込みが立った時(つまり翌年の8月)に食べるという。
そんな農家は、もういないだろう
まして消費者も賞味期限が来たら捨てると言う
「もったいない」と思うのは団塊の世代までだろうか…

沈黙は金

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”一物が腫れる”というナンバンの種を播いた。
芽が出ない。

高温作物で25度以上にならないと発芽しないとあるが…
日々25度以上の温度を記録している
確かに夜間は20度を割る日もあるが…
この温度というのは最低気温と最高気温の平均温度を指す。
だから高温作物のナンバンにとっては、発芽は最適のはずである

それが芽が出ない
なんだか小生の人生のようである
ご幼少のみぎりは、隠れた存在だった。
人見知りが激しく、母親の影に隠れて歩いていた。
中高生の頃は、女の子と気軽に話ができなかった。
大学生や社会人では、人前で話すことが苦手だった。
そんな小生だったから大衆という土の中にどっぷりと埋まって目が出なかった。

ようやく開花したのが50ぐらいだろうか、それも短い
あっという間に大病でベッドに縛り付けられた。
そして目も、声も出ない。
これは二回めの開胸手術、胸部大動脈瘤のときの後遺症である。
まだ30代後半の病院の中を肩で風を切って歩いていた心臓外科医の主治医は
「肋骨を切り取って肺を持ち上げて、動脈を引っ張りだして人工心臓とつなぎ、慌てて人工血管と差替えする手術だ」と言い。
「声を使う?」と驚いたことを聞いてきた。
「声は生命線です。このバリトンで女をたらしこみ、客を騙して儲けたおして生きてきたのです。これからも、そのように生きて行きたい!」と懇願をした。
心臓の真裏の大動脈に声帯の神経が乗っているらしい。
それを傷つけないか心配しているらしい。
12時間の大手術後、ICUで眼を覚ましたときは声が出た。
主治医は安堵したような声で
「将来は保険会社から指名されるような医者になりたい」ということをICUのベッドで語った。
国民皆保険がアメリカ型保険社会になるような報道がされていた時だった。
それが、だんだん日が経つに連れて、声がかすれてきた。
「かせい」と言う症状らしい。口偏に夏と書く。「嗄声」である。
(たぶん夏の蝉の声のイメージではないか?と想像する。)
どうやら声帯の片方が、傷ついたらしい。
それが治るのか?治らないのか…
とんとわからないまま10年が過ぎた。結果治らないようだ。
道路を隔てて愛人に声をかけても届かない。
パチンコ屋で話しかけられても返事ができない。
トイレで「入ってます」と言ってもドアを開けられてしまう。
つんぼの魔子さまと会話が成立しない。(もともと会話がない)

というわけでオリンピックがあったら芽が出ない種目の沈黙は金メダルだ(意味不明)

ほぞん

”きゅう”をする。
”きゅう”というと、なんとなく古い感覚にとらわれる
よく昔というか、今話題の東京都知事だが…
青島幸男が一期やったことがある
かれは放送作家だったが、いじわるばあさんの役でも有名だった。
いじわるばあさんは、いつも灸の跡が首筋についていたような気がする
まわりには居なかったから、多分テレビが出てきてから「灸」という物を知ったのかもしれない.

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そういえば「鍼」というのもテレビで知った。
そうだ”丸坊主の盲のあんま藤枝梅安”だ。
池波正太郎の梅安は、小型犬がやっていた
なんで”おがたけん”と叩くと小型犬になるのだ!これも時代か…
本来は緒形拳と変換されるのだが…

あの首筋を鍼で刺して殺すという場面が何度も出てきて
鍼というのは怖い
と言うイメージが植え付けられていたのかも知れない

だから鍼はしたことがなかったが、
思い出してみると東京から一度、盛岡に戻ってきた時
会社で誘われラグビーをした。腰を痛めた。
当時の仲間に誘われていったのがいわしな治療院だった。
30代前半だった。
当時は、治ったのかどうか記憶にない
盛岡で30年も続いている鍼灸院は二軒しかない。
そのうちの一軒である。

昨年、体調が悪い時(全てが最悪だった)
化膿性脊椎炎で入院し、食道がんの後遺症で腸閉塞をおこし、下半身がむくんで象の足状態になった。
そのときに若い友人が紹介して一緒に連れて行ってくれたのが、移転したいわしな治療院だった。
”ここは昔来たことがあるよ”と言ったら、奥から
「ありました!昭和59年の10月に来ています」と若い息子がでてきてカルテを示した。
30年前のペンで書いたカルテが有ったのだ
鍼医は「それでは初診ではなくて再診でみましょう」と言う

3年保存とか5年保存とか書類の保存が法律で決められ、断捨離という捨てる技術がもてはやされている世の中で、30年前のカルテが保存されているのに”驚愕”である。
どうやらすべて時間が経ったら無くすという精神の習慣が身についてしまったらしい
本当に大事なものの区別ができなくなってしまったような気がする
本当に大事なもの!それは”生きた証”なのかもしれない。

最近、戦後71年と言われて様々な文書が発表される
ふとパソコンで叩いた文章も、気軽に再生されるのであろうか…
中学生の頃、家庭に入ってきたテープレコダーも消え、カセットになり、CDになり、DVDになり
、たった50年余りの変化に長いテープの再生機能をもっ装置は家庭にはない。
そういえば初めての給料で買ったのは、当時最新式のラジカセだった。
カセットはまだ引き出しの奥にあるが…デッキが無い。
カセットもテーブがくっついてデッキに掛けられるものかどうかもわからない
多分、科学技術はそれも解消するのであろうが…
また新しい問題が発生するのだろう

時代

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撒いても撒いても、すぐ乾く。
出しっぱなしにしても、止めるとあっという間に乾く
真夏本番である

熱いのでパンツ一丁で寝た。
おかげで下痢をした。

明け方は肌寒い、盛岡の真夏である。
さんさ踊りの太鼓が聞こえてくる。
そんな時は玉蜀黍のシーズンである。

農業に関心の無い頃
玉蜀黍は、秋が旬だと思っていた。
なんと言ったって石川啄木の
「しんとして幅広き街の秋の夜の玉蜀黍の焼くるにほいよ」
という短歌を覚えていたからである

それが夏の作物だと、農業を知って初めて知った。
しかし、それは作られた夏の作物かもしれない
ほんらい作物は「晩生(晩生)が美味しい。本来の味だ!」と言う
つまり玉蜀黍も秋の作物だったのが、夏祭りに売り出すようになって早生が主体になってきたような気がする
枝豆もそうである。枝豆も本来は、大豆の若いものであるから真夏に食べるものではなかった。
「秘伝」と言う晩生の品種が美味いというのも、本来の作柄(晩生)だからであろう
夏のビールのアテに枝豆という食文化(?)を誰が?何時頃から?考えたのだろう

20年前、店を開けた頃、産直と言ってももう一つ客の入りが悪かった。
そんなとき、玉蜀黍を「コーンフェステバル」と銘打って積み上げて売った。
テレビが放映してニュースになり、売上が安定してきた
そんな思い出があるが、当時というか、その前から
「玉蜀黍は朝取り」と言うイメージが大きく広がっていた。
冷気の朝に収穫して農協から冷蔵車で運搬して市場の冷蔵庫、街の八百屋に…
という長い流通経路ではどうしても糖度が落ちる
当時”収穫して6時間で糖度が半減する”と言っていた。
だから街の八百屋では美味しい玉蜀黍は並ばない。
そんな噂が広がって産直が広がっていった。
産直の隆盛は、玉蜀黍のせいだと言っても過言ではない

また都会の繁華街でテキ屋が売っている玉蜀黍にひどいのが多かった。
「馬歯種」という種類がある。読んで字のごとく馬の歯で食べるぐらい固い玉蜀黍である。
デントコーンとも言い、飼料用の玉蜀黍である。
農家の仲間が都会の祭りに出かけたら食べた焼きとうもろこしが馬歯種だった。と呆れていた
”固い馬歯種の玉蜀黍を湯がいて焼いて醤油で濃く味付け”して売っていたのである
なんと言ったって、一本10円もしないだろう、ひょっとしたら、ひと山10円かも知れない。

そんなことがあって朝取りの玉蜀黍を、お客に勧めた。
これがよく売れた。
朝6時頃農家に集荷に行き、8時に店に並べると行列を作っていた。
そして農家もまた
玉蜀黍は、別名「はたけふさぎ」ともいう
農家は作付しない余った畑に。玉蜀黍を作付するのである。
余った畑の草取りをする手間が大変になる。
そこで玉蜀黍は成長が早く、あっという間に日陰ができ、雑草の抑制につながるからである
出来た玉蜀黍は、食べられなかったら近くの畜産農家に餌として刈り入れしてもらえば良いのである。
それが産直で「カネになる」というので、どんどん面積を広げた

今度は種苗メーカーも他社よりも早く出荷できるものを…と早生の開発に手を染めていった
農業に入りたての頃はピーターコーン一色だったものが
ハニーバンタム・未来・サニーショコラ・ゴールドラッシュ・ゆめのコーン等々
後は中小メーカーの育種は、数え知らない
だんだん品種改良されると、本来の味とはかけ離れていく

たぶん本来の味は忘れられていると思うのだが…
昔、小さな頃食べた黒と白のブチ、かすかな甘味の「もちきび」
あれが懐かしい

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しかし、トウモコロシの6時間で糖度が半減するというマイナスは、
品種改良で今は、ほとんど解消した。

わざわざ産直で買う必要もなくなった。

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